そして長男カイくんの「日本の高校に進学したい」という希望を受け、2021年に悠子さんと3人の子どもたちは日本へ引っ越す決断をします。高校受験の結果、カイくんは第一志望の高校に進学。そして今年コビくんも同じ高校に合格しています。
アメリカの会社に勤めているビルさんは数ヶ月に一度しか日本に滞在できないため、現在は、悠子さんと、高校3年生のカイくん、高校1年生のコビくん、小学校5年生のライアンくんの4人で支え合って暮らしています。
最初の頃、子どもたちは日本語の読み書きにとても苦労したのだそう。なぜ、困難を押しても日本の学校教育を受けさせたかったのか。また海外にいたからこそ感じる、日本の教育や生活環境の特徴について、悠子さんに聞きました。
「ありえない」と感じたアメリカの教師の言動

悠子さん(以下、悠子):私が日本で小学校教諭をしていたことが大きいかもしれません。3年ほど教諭をした後、ビルと結婚しドイツで長男と次男を出産。その後ビルが韓国に単身赴任になり、私は日本の実家の近くで小学校の講師として3年ほど働きながら、子どもたちを幼稚園に通わせていました。そのため、当時は子どもたちは英語が話せなかったんです。単身赴任が終わってアメリカへ引っ越し、長男のカイは現地の小学校に入学しました。
その時、アメリカの教師に対して「ありえない」と感じることが多かったので「子どもたちを任せるわけにはいかない」と考えるようになったんです。
――どんなことがあったのですか?
悠子:入学前に「まだ英語が話せないので、授業についていくのは難しいと思います」と伝えたところ、「OK、任せて!」という返事でした。ところがしばらくして、教師から電話があり「あんたの子ども、耳が聞こえてないんじゃないの? 病院に行きなさいよ」と言われたんです。また、「授業に全然ついてこれないし、発達障害じゃないの?」という発言もありました。もう少し親身になって話してくれていたら、少しは前向きに捉えられたのかもしれません。ですがこのときの言い方では、子どものためを思ったアドバイスだと受け取ることはできませんでした。
また、私のほうからカイのことを教師に相談すると、「私だって大変なんだから、自分で解決して!」と言われました。教師が保護者に対して、仕事の忙しさや、英語を話せない子どもに対する苛立ちをぶつけてくる。プロフェッショナル性に欠ける発言と態度には、正直愕然としました。
もちろん日本の教員も完璧ではない部分があると思います。でも、担任の先生は保護者と学校の架け橋なので、その関係性を断たれてしまうと途方に暮れてしまいます。どうすればいいのかわからず、悩む日々が続きました。
「日本の先生がこんな言い方をしたら大問題になるだろうな」と感じることがとても多かったです。その後、子どもが英語を覚えて手がかからなくなると教師の態度はコロッと変わりました。
授業は「映像を流すだけ」の教師も

悠子:勉強は丸投げという感じで、低学年のうちは採点される機会がほとんどなかったと思います。今は日本も低学年は成績をつけない自治体も出てきたと聞きますが。高学年では映像授業を流すだけでした。「わからないところがあったら手を挙げて質問して」と言われるのですが、コビが質問をすると、「こんなこともわからないの?」と叱られて教えてもらえなかったそうです。
そのため、家に持ち帰って私と復習するしかありませんでした。図画工作の授業ではルーズリーフのような紙を配られ、「好きな絵を描いて」と言われるだけ、ということもありました。
私は「日本の学校ならもっと手厚く教えてもらえるのに」と感じましたが、「勉強に対するプレッシャーがなくて、なんて自由な教育なんだろう」と好意的に捉える方もいるかもしれません。
本来の「学校に行く意味」とはズレがあると感じた

悠子:教員の給料が安いので、「余計なことまでやってられない」という考えになるのだと思います。副業がOKなため、子どもの担当だった教師は授業が終わるとさっさとブライダル関係の仕事に行っていました。
もちろん人によりますが、アメリカで教師になる理由の多くは、「夏休みは仕事が無いので、自分の子どもと一緒に過ごせるから」だと思います。日本のように夏休み中に研修会に参加したりしないので、仕事が完全にゼロなんです。
――学校に対して、保護者は不満を感じていないのでしょうか。
悠子:教育現場に不満がある人は、子どもにホームスクール(学校に通わずに家庭を拠点として学習を行う教育方法)をさせています。でも、親が家で子どもに勉強をさせるのはすごく大変だと思います。ホームスクールをさせているお母さんたちはよく、「ガールズナイト」といって、お母さん同士で誘い合って夜飲みに行く人が多かったような気がします。子どもと離れる時間がある程度必要なのかもしれません。
地域にもよると思いますが、「学校は友達と付き合うための場所」という意識の人が多いとコビはよくいっていました。私たちが暮らしていた住宅地はお金持ちが多く、保護者は、子どもに高価な服や靴、サングラスなどを身につけさせて、「うちの子が1番人気者なのよ」と自慢することを競い合っています。表立っては言いませんが、勉強やスポーツに一生懸命な子よりも、「プロム(学年末のパーティ)でクィーンやキングになる子が一番クール」という暗黙の了解があると感じます。本来の「学校に行く意味」とはズレがあるなと思いました。
音楽祭に銃を持った高校生が侵入したことも
――アメリカの学校では、安全面に関しても不安があったそうですね。
悠子:一番恐ろしかったのは子どもが通っていた中学で、高校との合同音楽祭があったときに、銃を持った高校生が来たことでした。学校に常駐している警察官が取り押さえたところ、「学校で自殺しようとした」と言ったそうです。聞いたときは胸が凍りつくような思いで、すぐにでも子どもを日本に連れ帰りたくなりました。
また、性的な問題やドラッグ、アルコールの問題もあります。高校では、ドラッグが蔓延している状況が当たり前になっていました。
――悠子さんたちが暮らしていたのは、治安がとても良い地域だったそうですが、それでもドラッグの問題があったのでしょうか。
悠子:治安が良い地域は裕福な家が多いからこそ、ドラッグを買うお金があるので蔓延しやすいんです。だからといって貧困層は大丈夫というわけではなく、数年前に貧しい地域の高校生の子がドラッグを買うお金欲しさに老夫婦に強盗をした事件が近所で発生しました。お金があっても無くても、ドラッグの問題は避けられないんです。
日本の教育の魅力「他人へのリスペクトが育まれる」

悠子:アメリカの学校にはあまり行きたがりませんでしたが、「日本の先生は教え方がわかりやすい」とすごく楽しそうにしていました。「もっと長く日本にいたい」と言っていましたね。でも、あまり長くいるとアメリカに帰ったときにギャップが大きくなってしまうので、2か月間の滞在が可能であっても、敢えて1か月間に期間を短くしていました。
――日本に引っ越しをして本格的に学校に通うようになってから、どんな影響がありましたか?
悠子:給食当番や掃除を経験させてもらい、家でもやってくれるようになりました。掃除は、「自分の学校を自分で綺麗にする」という責任感が備わりますし、掃除をしてくれる人に対するリスペクトが育まれていると感じます。
アメリカのように、子どもの頃から「片付けは清掃員がするもの」という考えになるのはよくないと思います。
また、コビは日本で初めて家庭科の授業で裁縫を習って、自分でゼッケンを縫い付けられるようになりました。ライアンは「総合的な学習の時間」で自分たちで稲を育ててお米を収穫してカレーを作って食べたりするらしいので、本人は凄く楽しみにしています。本当に素晴らしい経験をさせてもらっています。
日本の先生は厳し過ぎる?

悠子:コビは最初の頃、日本の先生が怒鳴るのを聞いて「映画に出てくるヤクザみたい」と驚いていました(笑)。でも今は、「厳しさがないとダメだと思う」と言っています。怒ることには2タイプあって、自分の機嫌で怒る先生もいるけど、大抵の先生は「おれのことを思っての行動だと思う」といっています。
アメリカの音楽祭では、ポケットに手を突っ込んで歌わないのが当たり前。一生懸命やってる子が馬鹿らしくなってしまうんです。体育でも、ほとんどの子が座り込んでお喋りしているから、頑張っている子は逆に「クールじゃない」と言われてしまう。
――日本の教師のどんなところに、プロ意識を感じますか?
悠子:先生が、授業の進度に遅れている子どもたちを全員把握していることです。私が教諭をしていた頃もそうでした。担任だけではなく学年全体で課題を共有し、どう指導していくか検討しているので、組織としてサポートする体制があると思います。
子どもたちが日本語の読み書きを教わる中でも、先生たちの凄さを感じました。少しでもわからないことがあったら丁寧に教えてくださいます。
日本に引っ越したばかりの頃は子どもたちも不安を感じていて、担任の先生が週に1、2回必ずお電話をくれました。「最近どうですか」「何かあったらいつでも言ってくださいね」と気遣ってくださって。アメリカでは絶対にあり得なかったことです。
だからこそ、日本の先生がやってくれることを当たり前だと思ってはいけないと思います。保護者対応や子どもへのきめ細かい配慮、放課後の見守りまで、あまりにも先生たちの負担が大きいんじゃないかな。アメリカにいたからこそ、一層そう感じるようになりました。
<取材・文/都田ミツコ>
【都田ミツコ】
ライター、編集者。1982年生まれ。編集プロダクション勤務を経てフリーランスに。主に子育て、教育、女性のキャリア、などをテーマに企業や専門家、著名人インタビューを行う。「日経xwoman」「女子SPA!」「東洋経済オンライン」などで執筆。