連続テレビ小説『あんぱん』(NHK総合・毎週月~土あさ8時~ほか)は、6月9日から第11週「軍隊は大きらい、だけど」が始まった。

「『あんぱん』観るのやめようかな」の声も。“視聴が辛い根本理...の画像はこちら >>
 勇猛果敢として知られる小倉連隊に高知連隊から配置換えされ、過酷な軍生活を送ることになった嵩(北村匠海)。
9日に放送された第51回では、夕食で配膳したカレーライスのジャガイモの数が違うと難癖をつけられたりなど、さまざまな理由で嵩が隊員から理不尽な暴力を受けるシーンが続いた。

メンタルゲージがすごい勢いで減っていく

 わずか15分の放送ながら、ヤンキー映画並みに拳が飛び交う展開に驚きを隠せない。先輩隊員・馬場力(板橋駿谷)に目をつけられ、「軍帽を盗んだ」と言いがかりをつけられた後、殴られてしまう嵩。直接的な暴力に加えて、陰湿ないじめの描写も続き、視聴中はメンタルゲージがすごい勢いで減っていく。10日に放送された第52回では、暴力シーンは見られなかったが、相変わらず怒鳴られる場面は多く、やはり気が滅入る。

 嵩が入隊したことで作品の雰囲気は一気に重くなり、凄惨な暴力ばかりを見せられる。そのため、視聴を継続するか迷っている人も少なくないようだ。実際、SNSでは今後の視聴を続ける自信を喪失している人の声が一定数見られる。

視聴を続ける自信がなくなる一番の理由

 4月から2か月以上にわたり、嵩の成長を幼少期から見守ってきた視聴者にとって、彼が理不尽な暴力にさらされている状況は見るに堪えない。視聴離脱を考える人の気持ちも理解できるが、嵩が“かわいがられている”からではなく、視聴継続を躊躇(ちゅうちょ)させている一番の要因は、「これだけ恐ろしいことが、この日本という国で、数十年前に実際に起きていた」という不都合な真実から目を背けたいからではないか

 もし海外を舞台にした内容であれば、どれだけ新兵が不当な暴言や暴力を受けていても、言ってしまえば対岸の火事、他人事として静観できてしまうのが人間だ。視聴を断念するという選択肢が浮かぶ余地は少ない。ただ、日本を舞台にした実話をベースに制作されている本作は話が別だ。数十年前に嵩のような人が多くいたことを想像させられ、胸が締めつけられる


いったい誰を責めればいいのか

 また、日本を舞台にした“戦争もの”の作品は多いが、基本的には“敵国”が登場するため、怒りの矛先をそこに向けることができる。しかし、第11週現在の嵩の敵役は日本だ。厳密に言えば、愛国心にあふれ、お国のために命を捧げようとしている日本男児たちである。

「『あんぱん』観るのやめようかな」の声も。“視聴が辛い根本理由”は暴力じゃなかった
やなせたかし氏が、自らの戦争体験を綴った『ぼくは戦争は大きらい:やなせたかしの平和への思い』(小学館クリエイティブ単行本)
 そんな勇ましい日本人を敵視できれば多少は楽に視聴できるかもしれない。しかし、いじめという異常行動を取ることでしか平静を保てないほど、彼ら自身が置かれている環境が異常であることがうかがえる。

 実際、第52回で馬場は嵩らに「だいぶ殴ってすまんやったな」と謝罪、続けて「わしは、下ば殴って憂さ晴らしするんはやめるばい」と語っている。許される暴力はこの世にないが、馬場としても殴る以外に気を紛らわせる手段を持ち合わせていなかったのだろう。だからこそ、先輩隊員を責める気にはなれない。

 結局のところ、戦争に踏み切った“お国”、つまり政府こそが、ヘイトを向けるべき対象ではないかと思わされる。

恐ろしく、愚かで、目を背けたくなる行い

 昨年放送の朝ドラ『虎に翼』では、星航一(岡田将生)がかつて総力戦研究所に所属していた際、政府・統帥部関係者を説得できず、日米戦争の開戦を止められなかったことを悔いるシーンがあった。このシーンでは政府関係者の判断の愚かさが伝わった。

 第52回では、航海中の夫・次郎(中島歩)からの手紙をのぶ(今田美桜)が目を通すシーンがあるが、その手紙には「ここにいるとわかることがある。残念ながら君の言っていた通りにはならないと」と記されていた。「君の言っていた通り」とは、かつて航海に出る前に戦争に勝ち目がないことを次郎が口にした際に、のぶが言った「この戦争が終わるがは日本が勝つ時です」を指している。


 この言葉からも、勝ち筋のない戦争に踏み切った政府の失策が見え隠れする。とはいえ『あんぱん』では、今のところ政府の影すら見られず、政府を責める道筋は示されていない。

 今はただ、日本で実際に起きた、恐ろしく、愚かで、目を背けたくなる行いを見続けるしかない。嵩が殴られる姿はもちろん、その現実と向き合うには視聴者にも相当の胆力が求められる。

唯一の癒しスポット、健ちゃんの存在

 しんどい展開が続く中で、嵩の親友・辛島健太郎(高橋文哉)が登場した時の安心感といったらなかった。第51回のラストで、「新兵、たるんどるぞ」と嵩を叱責した瞬間、「健ちゃんも軍国主義に染まってしまったのか?」と不安で仕方なかったが、翌日の第52回ではいつも通りの健ちゃんでひと安心。

 ただ、「(軍隊は)頑張れば、それなりによかとこばい」と口にし、第53回では「いざ出陣の命令が下ったら、大和魂で戦うだけばい」と猛々しい発言を見せ、着実に軍隊へ順応している様子には寂しさを覚えた。それでも、健太郎の存在が唯一の癒しスポットであり、なんとか嵩と健太郎のやり取りを見ながら、見るに堪えない日本の過去を目に焼き付けたい。

<文/望月悠木>

【望月悠木】
フリーライター。社会問題やエンタメ、グルメなど幅広い記事の執筆を手がける。今、知るべき情報を多くの人に届けるため、日々活動を続けている。X(旧Twitter):@mochizukiyuuki
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