見た人が誰もが戦争について考えたくなるドラマとなっているが、本作を制作するうえで心掛けていることなど、本作のチーフ演出を務める柳川強(やながわ・つよし)氏に制作の裏側を聞いた。(※本インタビューは2025年6月に実施されました)
戦争描写の空気感はどう作られたのか
戦争の激化に伴い、のぶ(今田美桜)をはじめとした残された人たちが抑圧された生活を送っている姿に生々しさを覚えた。この重々しい空気感はどのように作り出したのか。「戦時中を描いたドラマでは、映像のルック(画面の色味や質感)を暗めにして時代感を出すケースが多々あります。ただ、本作ではそうした形で戦時中を描くことはせず、画調はあえて明るいままです。例えば登場人物がはく“もんぺ”(女性用の作業着)の色合いを、戦前は明るかったのを戦争が進むにつれて徐々に薄くするなどして、当時の空気感を表現してはいますが……。
ただ、80年以上も前の話ですので明確な正解はわかりません。当然、想像力を駆使する必要がありますが、その中で“今の感覚”が入らないように『当時を忠実に再現しよう』と心がけています」

お涙頂戴にはしない、ニュースと地続きのドラマ
空気感だけではなく、登場人物の心理描写にもリアリティを覚える。登場人物の心情を表現するうえで意識したことについて、柳川氏は「演出には私を含め5人の人間が携わっているため一概には言えませんが」と前置きし、「“お涙頂戴”だけにはならないよう注意しました」と話す。「映画もそうですが、テレビドラマはニュース番組と地続きだと思っています。今まさに、ロシアのウクライナ侵攻、イスラエルのガザ地区侵攻など、連日のようにニュースで流れています。だからこそ、できるだけ“生のもの”として提出したい。そのためにも、感動的なシーンであっても、あくまでさりげなく描くようにしています」

「『今の時代とは違う』ということを意識している気がします。やなせたかしさんの人生を描くうえで、戦争は避けて通れないものだと理解して演じてくださっているのでしょう。実際、今世界で起きている戦争のニュースを見て、戦争は地続きであることを意識して撮影に臨まなければいけない、という思いを役者さんたちも口にしていました」
“逆転する正義”を体現した、新たなヒロイン像
本作で特筆すべきは、のぶが“ヒロインらしからぬ”存在であることだ。軍国主義に染まるなど、朝ドラのヒロインにしては珍しく、応援しにくい性格をしている。独自のヒロイン像を見せるのぶは、どのようにして生まれたのか。「本作の構成を考える際に、脚本家の中園ミホさんと話したのですが、『正義は逆転する』というテーマはどうしても描きたい、となりました。それをヒロインに体現させたかったのですが、やはり軍国主義に染まり、空気に流されるヒロインでは共感されにくい。むしろ蘭子(河合優実)のほうが従来の朝ドラのヒロイン像には合っています。
ただ、当時を生きる人にとっては、お国のために戦争をすることが“正義”だったわけです。その正義が逆転することを、ヒロインに体現させたかったため、のぶの方向性を決めていきました」

そんなのぶ役はオーディションを経て、今田が選ばれた。柳川氏は「すごく純粋な精神を持っている人だと思ったんです」と選考理由を話す。
「だからこそ、当時の“正義”に順応できるし、8月15日を境に価値観を変えることもできる。そんなのぶを今田さんなら上手く演じられると考えました。また、のぶは共感されにくいヒロイン像ではありますが、『今田さんが演じることで、“100%の嫌悪感”を持たれることはないだろう』とも思いました」
蘭子と豪の回想シーン、演出の背景は
ちなみに、“従来のヒロイン像”に近い蘭子といえば、想い人・豪(細田佳央太)の戦死を知らされる第38回のインパクトが強すぎた。多くの視聴者の心を震わせたエピソードだが、「もともと豪の回想シーンは決まっていたのですが、ふと『蘭子が豪を好きになる瞬間の回想にすれば、より悲しくなるのでは』と考えました」と明かす。「蘭子の下駄の鼻緒が切れて、豪が蘭子の手を自分の肩に引き寄せ、手拭いを破って鼻緒を作って結び直す。これは明治や大正といった時代における男女の惹かれ方の一つのパターンですが、それをイメージしました。そして、その記憶を思い起こしたあとに1人で佇んでいれば、孤独や悲しみは倍増しますよね。河合さんは見事に演じてくれました」

柳川氏をはじめとする制作陣の「当時を描く」という意識が、本作の魅力と重厚さにつながっている。当時を生きた人々の等身大の姿をこれからも見届けていきたい。
<取材・文/望月悠木>
【望月悠木】
フリーライター。