2025年4月からNHK Eテレでレギュラー放送化された『超越ハピネス』である。
岩田剛典にとってMC初挑戦となる本番組パイロット盤収録を見学した様子などをまじえ、LDHアーティストをこよなく愛するコラムニスト・加賀谷健が独自視点で解説する。
初MC番組収録を見学
2024年夏、ある番組で初めてMCに挑戦するアーティストを取材してほしいと事務所から電話をもらった。「そりゃもちろんです!」と、ぼくがすぐに引き受けたのはその取材対象者がもっとも敬愛するアーティストであり、ライフワークとしてコラムをたくさん書いてきた人だったから。
と、ついもったいぶりたくなってしまうその人とは、岩田剛典である。取材場所は渋谷のNHK放送センター。真夏の日差しの中、宇田川町を歩くのはキツイキツイ。でも岩田さんの初MC番組となった『超越ハピネス』を収録するスタジオに入り、あふれる汗もピタリとおさまるこの不思議な清涼感。
その年、岩田剛典を取材するのはすでに3度目だった。でもさすがに初MCという未知の領域ではどんな躍動の瞬間があるのか検討もつかない。レギュラー放送前に試作する、いわゆるパイロット版収録を取材前に見学させてもらうと、これがもう一瞬で釘付けになってしまう、この不思議なハピネス(!)。
パイロット版からレギュラー放送へ
何がそんなにってスタジオに組まれたセットに置かれたソファに座り、時折カメラの方を確認したり、“超ハピメイト”と呼ばれるゲストが座る上手側中央席へ熱心な眼差しを注ぐMC岩田剛典の瞬発力ある。カメラから超ハピメイトへ、超ハピメイトからカメラへと何往復もする。スタジオ空間をあのあざやかな視線移動だけでなめらかにコントロール。
三代目 J SOUL BROTHERSのパフォーマーとして、2021年から始動したソロアーティストとして、あらゆる大舞台に立ってきたとはいえ、MC空間での采配は大変な緊張感だったと想像する。
なのにトークは軽妙そのもの。ほんとに器用な人。岩田剛典という新たなMCバリューとNHKが贈る人間愛がピタリと噛み合う。「カップル・親子・友人…一緒に人生を歩む“超ハピメイト”が見つけ出した いろんな幸せのカタチについて おしゃべりする」番組コンセプトが風通しよく、パイロット版からレギュラー放送へ、ハピネスな展開力がめざましい。
最新放送回で思わずジワる「なるほど」
多様性などという一言では決してくくれない超ハピメイトたちの実存的人生観をそっと開示する本番組だが、最新放送回(2025年7月4日放送)トークがひときわ滋味深かった。今回の超ハピメイトのテーマは「トランスジェンダーの息子と聞こえない母 互いを知り見えたモノ」。両親がろう者で自身はトランスジェンダー男性である木本奏太さんが、女性として生まれてきたことに強い違和感を抱いた頃の葛藤について「気持ちの整合性がつかなくなった」と説明する。画面下手側で耳を傾けるMC岩田がそれを聞いて「なるほど」と発する。
この「なるほど」を聞き逃してはいけない。他者の発言に対するほんの相槌程度ではないからだ。岩田剛典にとっての「なるほど」とは、しめやかな感嘆と深い余韻を醸しながら相手へのリスペクトを表明する合図。ぼくが岩田さんに初めてインタビューしたとき(2021年)にもこの「なるほど」から話が弾んだことを原体験のように記憶している。
これまでの放送回にも幾度となく「なるほど」は発せられていたかもしれない。でもこの最新放送回での「なるほど」は、番組MCとして板についてきたことを感じさせる滋味深い余韻でもある。同回以降きっとさらにハピネスなトークは弾むんだろうな。みたいに思わずジワる。
岩田剛典というフィルターから得られる学び
普段はアーティストや俳優として、多くのメディアからインタビューされる立場である岩田が、超ハピメイト相手に聞き手に回るということがそもそも興味深い。パイロット版収録見学後のインタビューでは、聞き手(インタビュアー)が聞き手(MC)に質問するという愉快な二重性を感じたり。
番組エンディングでは、カメラ前に立つ岩田が超ハピメイトとのトークをまとめて一言コメントするというMCスタイルがある。「みなさんお幸せに」と言って優しい微笑みを持続させる締めくくりを含めすべてがさらりと粋なんだよなぁ。さらに感心すべきは、この番組が人間のあり方や存在そのものについての学びを得る大いなるきっかけになるということ。
同じNHKで放送された特別番組『岩田剛典が見つめた戦争』(NHK BS、2024年2月15日放送)では、慶應義塾大学OBとして出演した岩田が、番組タイトルにあるように過去の戦争を見つめ、歴史に軸足を置いて言葉をつむいだ。ぼくを含めた視聴者が、岩田剛典というフィルターから過去をアクチュアルに見つめ直すきっかけになった。
同様に実にさまざまな人生観が紹介される『超越ハピネス』でもそれぞれのパーソナルな喜怒哀楽の歴史を自分に照らしながら思いをめぐらすことができる画期的な番組だとぼくは思う。
<文/加賀谷健>
【加賀谷健】
コラムニスト/アジア映画配給・宣伝プロデューサー/クラシック音楽監修
俳優の演技を独自視点で分析する“イケメン・サーチャー”として「イケメン研究」をテーマにコラムを多数執筆。 CMや映画のクラシック音楽監修、 ドラマ脚本のプロットライター他、2025年からアジア映画配給と宣伝プロデュース。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業 X:@1895cu