今回はそんな危険な局面で、勇気ある女性の行動力に救われたエピソードをご紹介しましょう。
友人宅から帰宅する始発電車で、眠ってしまった
神谷瞳さん(仮名・29歳/契約社員)はある日、仲の良い同僚・香奈さん(仮名・30歳)の部屋でピザパーティーをしました。「香奈さんと『たまには人目を気にせず、ピザを思いっきり食べたいね』という話になり、勢いで香奈さん宅になだれ込んでピザをデリバリーして……それをビールで流し込んで最高でしたね」
そして金曜の夜だったこともあり、楽しかった上に酔って帰るのが面倒になってしまった瞳さんは、そのまま香奈さん宅へ泊まることに。ですが、夜中に瞳さんは目を覚ましてしまいました。
「香奈さんのエアコンの設定温度が低くて眠れなくなってしまって。借りたタオルケットにくるまってもどうしても寒くて、仕方がないので始発で帰ることにしたんです」
そして始発のガラガラな電車に乗り込んだ瞳さん。端っこの席に腰掛けると、寝不足だったこともありいつの間にか眠り込んでしまったそう。
舌打ちの音で目を覚ますと……
「“チッ”という舌打ちの音と人の気配がして、ふと目を覚ましたんです。すると、40代くらいでしょうか、隣に座っていた無精髭で大きな身体の見知らぬ男性が、立ち上がって降りていくところだったんですよ」
「そしたら目の前の席に座っていた、スラッとしたスポーツウェア姿の30代前半くらいの女性が、私の元に涙目で駆け寄ってきたんです。一瞬、『何ごと?』と思いギョッとしました」
するとその女性は、真剣な眼差しで話し始めました。「実は誰もいない車両で眠っているあなたを見て、後から乗ってきたあの男がぴったり隣に座るのを目撃してしまって。危ないと思ったので、咄嗟(とっさ)に2人の真正面の席に座ったんです」と聞き、思わず瞳さんは息を呑んだそう。
知らぬ間に起きていた攻防戦
さらにその女性は、トナラー男に対して“私は見ているからな、何かしたらすぐに通報するぞ”という威嚇(いかく)オーラを出しながら、とにかく男性から目を離さないことで瞳さんを守り、静かに戦い続けていたのです。
そしてトナラー男はその女性を睨みつけ、貧乏ゆすりをしてイライラを撒き散らしたりと応戦してきましたが、結局根負けして舌打ちしながら電車を降りていったそう。
「ごめんなさい」恩人の女性が謝ってきた理由
するとその女性に「ごめんなさい、もしあのトナラー男があなたを触ったりしていたら明らかな痴漢行為だし思いきって通報できたのだけど。隣に座って匂いを嗅いだりしているだけだし、何とでも言い訳できてしまうと思ったから見ていることしかできなくて」とすごく申し訳なさそうに謝られてしまいました。「『謝るなんてそんな! 私のためにリスクを背負わせてしまって……お詫びと、救ってくださったお礼をさせてください』と必死に伝えましたが、ちょうど彼女の降りる駅に着いてしまい、結局何もできずに別れてしまったんですよ」
瞳さんは、ホームでにこやかに手を振ってくれた彼女にせめてもの思いで深々としたお辞儀をしたそう。
「もしあの女性が見張ってくれていなかったかと思うと……想像するだけで身の毛のよだつ思いでゾッとしますね」
あの日以来、絶対に電車で眠らなくなった
そして瞳さんは今でも電車の中でスポーツウェアの女性を見かける度にハッとしてしまいます。「あの勇敢な彼女には感謝しても感謝しきれません。またどこかで偶然会うことができたらいいのですが」
それ以来瞳さんは、一度も電車内で眠ったことはないそう。
「この出来事がきっかけで、今までの私は平和ボケしていたなと反省しましたし、自己防衛について考えるようになったんですよね」
日常にも危険はいっぱい潜んでいると気を引き締め、日々を過ごすことの大事さを感じました。
「電車の中でスマホばっかり見るのもやめましたし、これからも彼女への感謝を忘れずに自分の身を守る行動をとっていきたいですね」と微笑む瞳さんなのでした。
<文・イラスト/鈴木詩子>
【鈴木詩子】
漫画家。『アックス』や奥様向け実話漫画誌を中心に活動中。好きなプロレスラーは棚橋弘至。著書『女ヒエラルキー底辺少女』(青林工藝舎)が映画化。