2025年は終戦80年である。終戦記念日後の8月16日と17日、二夜連続で石井裕也監督によるスペシャルドラマ『シミュレーション~昭和16年夏の敗戦~』(NHK総合)が放送された。


 池松壮亮を主演に、戦中の「総力戦研究所」を描く本作メインキャストとして、岩田剛典が海軍の軍人役を演じた。想像以上に精悍な演技にビビる……。過去作の名演を名演で更新する画面上、岩田に関する大発見があった。

 LDHアーティストをこよなく愛するコラムニスト・加賀谷健が、NHK作品で際立つ岩田剛典を解説する。

『虎に翼』から踏み込んで描く「総力戦研究所」

 伊藤沙莉主演の朝ドラ『虎に翼』(NHK総合、2024年)後半部に、「総力戦研究所」というワードがでてきた。第18週第90回で、主人公・佐田寅子(伊藤沙莉)の同僚判事・星航一(岡田将生)が、心の奥にしまいこんでいた重大な秘密を告白する場面である。

 戦時中、内閣総理大臣直属の組織として設置された総力戦研究所は、対アメリカ戦の勝敗を正確に予想した。官軍民から若手のエリートを集め、模擬内閣を作る。机上演習に参加した面々の一人に航一がいた。

 研究所がだした結論は圧倒的敗戦。それを日本政府側に進言したにもかかわらず、日本は太平洋戦争になだれ込んだ。

 敗戦がわかっていながら開戦を阻止できなかった責任。航一は戦後になってもずっと苦しんでいた。
同回放送で総力戦研究所の存在を知った視聴者は多いと思う。

 終戦80年を迎えた今年8月16日と17日に二夜放送された本作『シミュレーション~昭和16年夏の敗戦~』(以下、『シミュレーション』)は、『虎に翼』からさらに踏み込んで、研究所メンバーたちが議論する苦闘を真っ向から描いている。

一際背筋がピンとした軍服姿

 16日放送の前編は、産業組合中央金庫の調査課長である主人公・宇治田洋一(池松壮亮)の元に内閣総理大臣から招集命令がくるところから始まる。これは面倒なことに巻き込まれたなと内心思いながら、模擬内閣を作る同世代のエリートたちと一堂にかいする。

 総勢35名。キリッと着席する者から少々不安げな様子の者までずらり。俯瞰のカメラが彼らの頭上を捉える。その中に一際背筋がピンとした軍服姿がある。2列目の通路側席に座るその人は、明らかに軍人。海軍少佐・村井和正である。

 精鋭たちを集めた総力戦研究所所長・板倉大道(國村隼)から研究所の目的を告げられる。不安げな様子だった若者を中心に動揺を隠さない。隣同士で顔を見合わせて、ざわざわざわざわ。


 でもただ一人(実はもう一人、中村蒼演じる陸軍少佐・高城源一も)、村井は微動だにせず着席姿勢を崩さない。黒い軍服が弛緩する隙も見せず、精悍極まる軍人姿に息をのむ。演じるのは、我らが岩田剛典だ。

名演を名演で上書きする佇まい

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『虎に翼』では寅子と恋仲になりかけた学友にして同僚判事・花岡悟を演じた。岩田はどうも昭和の時代の人物が似合うらしい。本人は1989年生まれの平成世代だが、同作では特に黄金期の古典的ハリウッド映画俳優にも通じるクラシカルな佇まいすら感じた。

 平成2年(1990年)生まれの池松壮亮を主演俳優として、平成元年生まれの岩田もまたメインキャストにすえられる。昭和の若手エリートたちがひしめく『シミュレーション』は、平成の才能が見事に結集したキャスティング力に支えられている。

 キャスティング上でも精鋭が揃ったところで、昭和のキャラクターを演じる岩田が画面上で存分に気を吐く。『虎に翼』のクラシカルな名演を記憶する視聴者ならなおさらのこと、精悍な佇まいの海軍人姿に名演を名演で上書きする深い感動を覚える。

岩田剛典が上手に位置する大発見

 2021年から始動したソロ活動のツアーオフィシャル関係まで担当してきたぼくからしても、岩田剛典が演じるこの海軍人役は恐ろしいほどの名演だと明言できる。名演を名演で軽やかに上書きする才人は、ほんと慎ましい出番中にこそ、最大瞬間風速的な名演を見せてくれる。

 陸軍中佐・瀬古明(佐藤隆太)が研究期間に言明する場面。サッとスッと挙手した村井が「総力戦を研究するには、武力、経済力、外交、あらゆる方面の正確なデータ、情報が必須です」と意見を述べる。


 このとき、画面上の岩田の立ち位置に注目。微動だにしなかった座席から着席してキリッと起立する彼は、画面上手(かみて)にいる(だから何だではない!)。下手(しもて)はなぜか画面の半分以上が空いている。

 うーむ、これは……。と、つい考え込んでしまったのは、『虎に翼』を含め、ソロシングル「Phone Number」のミュージックビデオだろうと主演ドラマだろうと、岩田の演技がもっとも際立つ画面ポジションはもっぱら下手と相場が決まっているから。もっとピンポイントでいうと、画面下手で右横顔が写るワンショットだということ。これは本人にも何度か伝えているくらいだ。

 それがどうだろう、本作では完全なる上手。しかも下手ははっきりエンプティ。17日放送の後編にいたっては、模擬内閣の議論を聞いて激昂した瀬古に肩をぶつけられ、村井の身体の向きが機械的に変わる瞬間まである。

 その身体の向きに合わせて、退室した瀬古の方へ振り返る村井がまたも上手、なおかつ左横顔をカメラに向ける。上手に位置する岩田剛典が名演を繰り出すという、新たな大発見が本作にはある。
下手の法則を快く前言撤回!

NHK作品で際立つ岩田剛典

 マニアック過ぎる視点はこれくらいに。上述したように、『虎に翼』でのクラシカルな名演が、本作へのキャスティングに繋がったことは確かだ。慶應義塾大学OBとして出演した『岩田剛典が見つめた戦争』(NHK BS、2024年)放送も呼水になっただろう。

 さらに、昭和100年目の2025年、岩田にとって初のMC番組『超越ハピネス』(NHK Eテレ)がレギュラー番組化するなど、岩田剛典がNHK作品で際立っている。俳優仕事もまた爆竹の勢い。その中で出演する本作では、上手でのポジショニングを足場にしながら、上手から下手へ自在に行き来する演技の飛躍が画面から見て取れる。

 模擬内閣で総理大臣役の宇治田を最前列中央にして記念撮影をする場面を見てみる。白い軍服を着た村井が今度は画面下手でちらちら動いている。宇治田と板倉が会話するすぐ後ろ、帽子を直すのが見える。このさりげない直し方は、ほんの粋なアドリブなのか。

 いずれにしろ、岩田剛典という俳優の器は広い。こちらは大船に乗った気分で、今度もまた大発見を楽しみたい。


<文/加賀谷健>

【加賀谷健】
コラムニスト/アジア映画配給・宣伝プロデューサー/クラシック音楽監修
俳優の演技を独自視点で分析する“イケメン・サーチャー”として「イケメン研究」をテーマにコラムを多数執筆。 CMや映画のクラシック音楽監修、 ドラマ脚本のプロットライター他、2025年からアジア映画配給と宣伝プロデュース。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業 X:@1895cu
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