戦前場面の微動もいちいち気になるが、戦後を描く本作後半部では、特にキャラクターの葛藤や逡巡を経た、腕組みが基本姿勢となる。
北村匠海演じる柳井嵩が、百貨店を退社する前後で変化する、この腕組み。男性俳優の演技を独自視点で分析する“イケメン・サーチャー”こと、コラムニスト・加賀谷健が解説する。
漫画家として独立してみたけれど……
今田美桜主演の朝ドラ『あんぱん』で、北村匠海演じる漫画家・柳井嵩は、国民的漫画『アンパンマン』の作者であるやなせたかしをモデルにしている。第18週第88回では、主人公・柳井のぶ(今田美桜)に感動的なプロポーズ。二人はめでたく結婚した。家計面でのぶに心配をかけ柳井嵩は三星百貨店の宣伝部で画才を発揮して懸命に働く。社内での評価は高まる一方で、漫画家の夢に対して焦りを感じる。そこで漫画仕事の副業収入がサラリーを上回ったところで、百貨店を退社。
でもいざ漫画家として独立してみたけれど、仕事がない。嵩は打ち合わせという口実で、馴染みの喫茶店に入り浸り、独創漫画派という仲間たちとああだこうだとあてもない会話でやり過ごす日々……。
百貨店を退社する前後での変化

第20週第96回で嵩はしょげる。
徐々に軌道にのってくると、ホールドする姿勢も力強く変わってくる。それが百貨店を退社する前後でのはっきりした変化なのだが、どう力強くなっているのか。退社前の場面まで少し遡ってみる。
力強い腕組みが基本姿勢
第19週第92回、のぶの妹・朝田蘭子(河合優実)が上京して、柳井夫婦に会いに来る場面。出迎えたのぶと嵩に蘭子が、高知から持ってきたさつまいもの包みを渡す。受けとるのはのぶで、嵩は腕を組んでいる。蘭子が上京してきた時点ではまだ勤め人である嵩は、漫画家の夢に悶々としてはいるが、倹(つま)しいながら夫婦生活と家計は安定している。何とかやり過ごす程には幾分か精神的バランスも保たれている。この場面での腕組みは、その絶妙な均衡状態をあらわす構えだと理解できる。
それが退社後に一度崩れ、弱々しい腕のホールドになる。
視聴者も思わずつられる場面

気鋭の作曲家・いせたくや(大森元貴)からの依頼で作詞した「手のひらを太陽に」が、紅白歌合戦でも披露する大ヒットとなり、のぶの妹・辛島メイコ(原菜乃華)と姪っ子たちが口ずさむ団らんの場面(第21週第101回)。側で立って見ている嵩とメイコの夫でNHKのディレクターである辛島健太郎(高橋文哉)が、揃って腕を組む。
あるいは同回、戦中に世話になった八木信之介(妻夫木聡)が立ち上げた会社のオフィスで挨拶する場面でも、嵩は腕組みを崩さない。
第22週第108回で八木の会社で出版してくれた嵩の詩集サイン会が大盛況の場面など見ていると、ほほぉと感心する視聴者もまたつられて腕組みをしてしまう。
<文/加賀谷健>
【加賀谷健】
コラムニスト/アジア映画配給・宣伝プロデューサー/クラシック音楽監修
俳優の演技を独自視点で分析する“イケメン・サーチャー”として「イケメン研究」をテーマにコラムを多数執筆。 CMや映画のクラシック音楽監修、 ドラマ脚本のプロットライター他、2025年からアジア映画配給と宣伝プロデュース。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業 X:@1895cu