9月26日の最終回を前に、制作陣としては今どのような心境なのか。『あんぱん』の制作統括・チーフプロデューサーを務める倉崎憲氏に、本作で描きたかったこと、クランクアップを迎えた今の心境などを聞いた。
妻夫木聡の印象的な言葉
改めて本作を制作するうえでの心持ちを聞くと、倉崎氏は軍隊時代の柳井嵩(北村匠海)の上官・八木信之介を演じた妻夫木聡が口にした「『あんぱん』を観て『面白かったね』で終わらせたくない」という言葉から振り返る。
のぶが軍国主義に染まった背景
『あんぱん』というタイトルではあるが、嵩ばかりがメインの作品ではない。のぶの軌跡も映し出されているが、本作で描きたかったことについて、「柳井夫婦の物語ではありますが、本作の主人公はのぶです。やなせたかしさんの妻ということだけではなく、戦争を経験した1人の女性として、その葛藤や悩みなども描きたかったんです」と答える。「『お国のために』ということが戦時中は絶対的な正義とされていましたが、敗戦後にはその正義は逆転しました。実際のところはわかりませんが『暢さんも戦時中は周囲の人と同じようにその正義を信用していたのでは? だからこそ価値観が変わった後は新聞社に入って記者として自分でちゃんと見聞きしないといけないと思うようになったのでは』という仮説を立て、のぶを軍国少女として描きました。
そして、一度軍国主義に染まった少女が周囲に惑わされることなく、嵩と一緒に“逆転しない正義”をいかにして見つけていくのか、という物語にしました」

のぶと嵩の幸せを象徴する「重要シーン」
また、本作でとりわけ気合いを入れたシーンはどこなのか。倉崎氏は「戦争パートはもちろん、色々なシーンがありますが、アパートでのキスシーンもです」と話す。「天井に穴が開いているオンボロアパートに住み、そこから晴れた日には綺麗な星空が見える、ということは史実通りです。やなせさんの自伝を読んだ時、『アパートから星空を見るシーンは絶対描きたい』と思い、中園さんのアイデアでそのシチュエーションを初めてのキスシーンの舞台になりました。
自伝などの中には『お風呂はなく、トイレは共同。トイレの天井には穴があき、雨の日は傘をさして入らなければいけないが、晴れた夜には星が見える。そんな暮らしがおもしろく、オンボロアパートから星空を見ていたあの頃が一番幸せだったかもしれない』という趣旨のことが書かれていて、“物理的な豊かさ”よりも“2人で寄り添いながら綺麗な星空を見ること”に幸せを感じている、というのは2人らしいなと。実際にキスをしていたのかは不明ですが、2人の幸せを象徴するような重要なシーンになるように描きました」

『あんぱん』は「ドリームチームだった」
いよいよクライマックスを迎えようとしている『あんぱん』。注目ポイントとして「逆転しない正義の象徴である『アンパンマン』にどのようにしてたどり着くのかを見てほしいです」という。「『アンパンマン』が生まれる過程以外にも、各登場人物がどういう終わり方、どういう節目を迎えるのかも楽しみにしてもらえると嬉しいです。また、26週は最終週ではありますが、戦争を経験した“ある登場人物”の葛藤も描いているので、最後まで戦争についても考えてもらえればと思います」

「朝ドラを制作する場合、メインキャストは1年間、朝ドラの撮影をしなければいけないため、他の作品にはなかなか出演できません。また、準備や撮影のために2年近く『あんぱん』に携わっているスタッフもいます。本当にみなさんの人生の貴重な1年、2年を『あんぱん』という作品にかけてくれたことには感謝しかありません」
感謝を口にした倉崎氏は「キャスト、スタッフ一同、強い気持ちを持って制作に臨んでおり、その熱量が視聴者のみなさんに届いてくれたら、これ以上ない幸せです」と締めた。
『アンパンマン』誕生の背景に込められた願いがどのように描かれるのか、最後まで目が離せない。最後まで「正義とは何か」を問い直させてくれる内容になるはずだ。
<取材・文/望月悠木>
【望月悠木】
フリーライター。社会問題やエンタメ、グルメなど幅広い記事の執筆を手がける。今、知るべき情報を多くの人に届けるため、日々活動を続けている。X(旧Twitter):@mochizukiyuuki