朝ドラ『あんぱん』(NHK総合)後半部では、漫画家・柳井嵩(北村匠海)の創作に深く関係する重要人物が新登場する。

 その一人が、手塚治虫をモデルとする手嶌治虫。
第19週第95回の初登場で、嵩は手嶌に対して嫉妬の眼差しを向けていた。手嶌を演じる眞栄田郷敦は、初登場と再登場でうまくコントラストを付けている。

 男性俳優の演技を独自視点で分析する“イケメン・サーチャー”こと、コラムニスト・加賀谷健が、手嶌治虫役の眞栄田郷敦を解説する。

初登場場面を描く馴染みの喫茶店

朝ドラ『あんぱん』25歳俳優の“大胆さと存在感”。きらっと輝...の画像はこちら >>
 今田美桜主演の朝ドラ『あんぱん』で、重要人物が初登場するのは喫茶店と相場が決まっているのだろうか? 第92回から主人公・柳井のぶの妹・メイコ(原菜乃華)がウェイトレスとして働き、のぶの夫・柳井嵩(北村匠海)が常連客になる喫茶店。

 嵩にとってこの喫茶店は最初、東京芸術高等学校時代の同級生でメイコと結婚した辛島健太郎(高橋文哉)と昼食をともにしたり、まだ売れていなかった漫画家仲間たち(独創漫画派)と暇をもてあます場所でしかなかった。

 一方で少なからず打ち合わせの場所でもある。第91回では三星百貨店の宣伝部に勤務する嵩と劇団座長・大根(青柳翔)が公演ポスターについて話し合う。すると画面奥のカウンター席に座っていた、のちの有名作曲家・いせたくや(大森元貴)が割り込む。聞き耳を立てていたたくやの印象的な初登場が、後ろ姿だったことを記憶する視聴者は多いかもしれない。

手塚治虫をモデルとする重要人物

 第95回ではもう一人の重要人物が初登場する。三星百貨店を退社する決意を固めたことを健太郎に話す嵩の後ろの席、ベレー帽とメガネがトレードマークの男性が座っている。嵩が思わず言う。「テジマオサムシ」と。

「オサムシ」という昆虫が好きで本名「手塚治」に「虫」を付けてペンネームにした漫画家といえば……。
“マンガの神様”と賞された手塚治虫だが、「オサム」ではなく「オサムシ」とよく間違えられていた。

 手塚治虫をモデルとする本作の手嶌治虫も例にもれず読み違えられたりする。演じるのは眞栄田郷敦。朝ドラは初出演だ。「手のひらを太陽に」を作曲したいずみたくをモデルとするいせたくや役の大森と合わせ、初登場は喫茶店で後ろ姿というのが同じで面白い。

嵩が圧倒される場面

朝ドラ『あんぱん』25歳俳優の“大胆さと存在感”。きらっと輝く寝落ちシーンに注目
NHK『あんぱん』© NHK
 手嶌は編集者と打ち合わせ中(編集者役を味わい深く演じるのが斉藤陽一郎!)。今をときめく偉大な漫画家の会話に聞き耳を立てる嵩は複雑な気持ちになる。まだ漫画家として独立していなければ、代表作もない。

 場面は前後して第18週第89回。三星百貨店の自席でデザイン画を描き終えた嵩が引き出しから一冊の漫画を取り出す。漫画のタイトルは『新宝島』。同場面が描く時代は1948年だが、前年に19歳の手塚治虫が発表して大評判だった。

 勤め人の自分に対して、大阪大学で医学を学ぶ漫画家の才能に強い嫉妬を抱いてきた。
そんな嵩の前に天才が涼しい顔している。第95回で先に店を出ようとした嵩を手嶌が呼び止める。嵩の元まできて、ほどけた靴紐を二重結びにしてくれる。行動までエレガント。嵩はさらに圧倒されるばかり。

初登場と再登場のコントラスト

朝ドラ『あんぱん』25歳俳優の“大胆さと存在感”。きらっと輝く寝落ちシーンに注目
NHK『あんぱん』© NHK
 嵩にとって激しい嫉妬の対象であり、また同時に深く私淑する相手でもある手嶌は、その存在自体がカリスマ的だ。靴紐を結んでやる相手が嵩かどうか知っていたかはわからないが、カリスマの初登場場面にしてはささやか過ぎる気がする。

 この場面での手嶌はすでに『鉄腕アトム』の作者としても知られている。ならもっと派手に登場してもいいはずなのに。いやあくまでささやかな初登場でこそ、(第22週第110回で嵩が書いたラジオドラマを手嶌が仕事部屋で聴く2カットを経て)そのあとの再登場がもっときらっと輝く。

 第23週第114回、嵩が描いた『週刊漫画』の表紙画に感動した手嶌が、仕事を依頼しようとアパートを訪ねてくる。嵩に代わり、のぶが茶室で応対する中、寝不足の手嶌が寝落ちする。


 ちょうど畳一畳分のスペースで大きな身体を横たえる手嶌の大胆さ。畳の上の眞栄田郷敦が魅力的な物体と化すような。ささやかな初登場とこの再登場とのあざやかな対比(コントラスト)をうまく演じているなと思う。

<文/加賀谷健>

【加賀谷健】
コラムニスト/アジア映画配給・宣伝プロデューサー/クラシック音楽監修
俳優の演技を独自視点で分析する“イケメン・サーチャー”として「イケメン研究」をテーマにコラムを多数執筆。 CMや映画のクラシック音楽監修、 ドラマ脚本のプロットライター他、2025年からアジア映画配給と宣伝プロデュース。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業 X:@1895cu
編集部おすすめ