主人公・柳井のぶ(今田美桜)の妹・朝田蘭子(河合優実)と、八木信之介(妻夫木聡)との恋仲である。ネット上では八木信之介役のモデルの一人がサンリオ創業者と考えられているが、蘭子との恋仲はどうも史実ではないらしい。でも夢がある創作だ。
男性俳優の演技を独自視点で分析する“イケメン・サーチャー”こと、コラムニスト・加賀谷健が、二人の恋仲を温める愛の名場面を解説する。
ピリッと意志疎通する出会いの場面
今田美桜主演の朝ドラ『あんぱん』の主人公・柳井のぶ は、漫画家として独立した夫・柳井嵩(北村匠海)との家計を、少しでも支えるために掛け持ちで働いていた。雇ってくれたのは、嵩にとっては戦中の恩人・八木信之介(妻夫木聡)だった。戦後すぐは闇酒を製造していた八木だが、雑貨屋の店主を任されていた。第20週第100回、のぶの妹・朝田蘭子(河合優実)が店にやってくる。ぶっきらぼうを絵に描いたような性格の八木は、のぶから蘭子を紹介されてもあぁそうかいといった感じ。
漫画家の夢と葛藤する嵩の話題になると、八木は「あいつの書く言葉は全部、俺には詩に聞こえるけどな」と言う。微笑んだ蘭子が「そんな風にお感じになるあなたも詩人ですね」と八木に言う。
すかさずのぶが蘭子は映画の記事を書いていると説明すると、八木は少し蘭子に興味を持ったのがわかる。八木と蘭子の間には何かピリッとするものを感じるが、不思議と意志疎通する出会いの場面だ。
蘭子の映画評を酷評するが……

「逆境が人に及ぼすものこそ輝かしい」。誰の名言からの引用か。一間置いて蘭子が「あっ、シェイクスピア」とぼそり答える(引用はシェイクスピアの喜劇『お気に召すまま』)。
文学好き同士の会話が噛み合ってきた。兼業で書き物仕事をしていた蘭子だが、第21週では物書きとして独立する。第101回からは八木が設立した「九州コットンセンター」に出入りするようになる。
同社ヒット商品であるサンダルの宣伝文を持参する蘭子に対して、八木は「ありきたりだな」と突き返す。第102回では、最近どうもうがった目線で対象作品をこき下ろしてばかりいる蘭子の映画評を酷評するのだが……。
八木信之介役のモデルはサンリオ創業者?
さらに八木は嵩に詩の才能を見いだし、詩集『愛する歌』を出版する。嵩のために出版部まで設立するのだが、この詩集は九州コットンセンターにとっても初の出版物だった。実際の出版元が「山梨シルクセンター」。九州コットンセンターと社名が似ている。同社は、ハローキティなどの看板キャラクターで有名なサンリオの前身となった会社である。サンリオのホームページに掲載されている「サンリオのあゆみ」という年表を見ると、創業年代の1966年に「詩集『愛する歌』発行」と記されている。
このことからサンリオ創業者である辻信太郎が、八木信之介役のモデルの一人だと考えられている。蘭子の文章にダメ出しをして助言したり、嵩の才能を見抜く八木がプロデュース力に長けた人物として描かれている一方で、史実とは関連しない豊かな創作要素もある。
愛を確かめ合う場所と愛を温める傘の名場面

八木にとって蘭子は、本音をぶつけてくる相手であり、蘭子が書く宣伝文も会社の発展を手伝ってくれる。でもお互いに心を引かれていることを自認すると、何だかぎこちない関係性になる。
八木が部屋を出ると外は雨。蘭子が傘を持ってくる。階段下、二人は同じ傘に入り、見つめ合う。ぎこちないが、互いの眼差しは熱い。この階段はのぶの妹・メイコ(原菜乃華)が夫になる辛島健太郎(高橋文哉)と愛を確かめ合った場所でもある。
見つめ合う八木と蘭子を写すカメラが俯瞰の位置に置かれ、二人が入る赤い傘を真上から捉える。その時間、約8秒もの持続。愛を育み、温めるこの名場面。夢のある創作場面だなと思った。
<文/加賀谷健>
【加賀谷健】
コラムニスト/アジア映画配給・宣伝プロデューサー/クラシック音楽監修
俳優の演技を独自視点で分析する“イケメン・サーチャー”として「イケメン研究」をテーマにコラムを多数執筆。 CMや映画のクラシック音楽監修、 ドラマ脚本のプロットライター他、2025年からアジア映画配給と宣伝プロデュース。