2025年9月12日から始まった那覇市議会の一般質問で、7月の市議選でトップ当選を果たした参政党の和田圭子那覇市議の発言が波紋を呼んでいます。

トランスジェンダーが「伝染する」?参政党市議の発言が子どもた...の画像はこちら >>
 和田市議は、那覇市内の学校の授業でのLGBT教育の実施状況や、小中学校に通うトランスジェンダーの児童生徒数などについて質問。
さらにその中でトランスジェンダーの性自認について「伝染する」「子どもたちに必要なのは支援ではなく治療」といった趣旨の発言をしました。

 トランスジェンダーとは、生まれたときに法的に登録された性別とは異なる性別を生きている人のことです。和田市議の発言を受けて、すでに市民グループは抗議の声をあげています。では、いったいどのような質問をし、そのどこに問題があったのでしょうか。レズビアン当事者でありLGBTQ+に関する発信を続けているライター・山﨑穂花が解説します。

波紋を呼んだ問題発言、その内容は?

 那覇市議会定例会において和田圭子市議は、2023年に施行された「性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律」(通称・LGBT理解増進法)が未成年の子どもたちに及ぼす影響について懸念を示し、市内の小中学校でのLGBTに関する教育の実施状況を問う中で、このように述べました。

「学校でLGBT教育を行うこと自体が、トランスジェンダーを増やすことにつながる可能性があるということ。トランスジェンダーの生徒に対しては、必要な対応は心の性別に基づく配慮よりも、心の傷を治療できる心理士を紹介したり、配置して対応してもらうことではないかということです」

 この発言はすぐに拡散され、性的少数者支援団体や当事者、教育関係者などからは、「差別的」「無理解」「科学的根拠がない」といった批判の声が相次ぎました。和田市議自身は取材に対し「差別をした覚えは全くない」と釈明しています。

 自分では気づいていない悪意のない偏見や差別のことを「アンコンシャスバイアス」と呼びますが、たとえ本人に自覚がなかったとしても、当事者を深く傷つける結果となり、議会という公の場での発言である以上、その影響は一層大きなものになるでしょう。

性自認や性的指向は「伝染しない」

トランスジェンダーが「伝染する」?参政党市議の発言が子どもたち悪影響だと言い切れるワケ。10代LGBTの半数が自殺を考える社会で
和田市議と参政党代表・神谷宗幣氏(和田圭子市議Instagramより)
 もっとも強く批判されているのは、「伝染する」という発言です。和田市議の発言は、トランスジェンダーという個人の性自認がまるで病原体のように感染し、広がるかのような誤った認識に基づいていると考えられます。

 トランスジェンダーであることは、社会的に自身が望む性で生きたいという、個人の内面に基づく性自認であり、教育や外部からの影響によって「増えたり」「伝染したり」するものではありません。そのため、これらの発言は科学的根拠のないものであり、トランスジェンダー当事者の尊厳を著しく傷つける、極めて差別的な言動といえます。


 こうした誤解は、他のLGBTQ+に関する言説にも共通しています。たとえば「同性婚が認められたら同性愛者が増える」「少子化が加速する」といった主張です。しかし、異性愛者が同性愛者になれないのと同様に、性的指向や性自認は教育や制度によって「増える」ものではなく、その人のあり方を「矯正」できるものでもないのです。

 さらに、和田市議が事前通告書でトランスジェンダーの児童生徒数やその推移について質問したことも、「伝染」という誤解に基づいたものと見受けられます。これまでの発言からも、和田市議がトランスジェンダー当事者を「特殊な存在」として捉えていることは明らかです。そのうえで人数や増減に注目する姿勢は、「伝染する」「LGBT教育によって増えている」といった誤った認識を補強しかねません。

 教育委員会がプライバシー保護の観点から調査を行っていないと回答したのは、性自認に関する情報が極めて配慮を要する個人情報であることを踏まえた適切な判断だったといえるでしょう。

「必要なのは治療」に医学的根拠なし

 次に「トランスジェンダーの生徒に必要な対応は、心の性別に基づく配慮よりも心の傷を治療できる心理士を紹介すること」という発言について、本当に当事者は「支援」ではなく「治療」が必要なのか、について考えたいと思います。

 かつて、米国精神医学会の診断マニュアルDSM-III(1980年)やDSM-IV(1994年)では、「性同一性障害(Gender Identity Disorder)」として精神疾患に分類されていた時期がありました。しかし、時代は大きく変化しています。2013年のDSM-5ではこの診断名は「性別違和(Gender Dysphoria)」という新しい診断名に置き換えられました。これは、性自認そのものを病気とみなすのではなく、性自認と出生時の性別との不一致に伴う苦痛に焦点を当てる方向への転換を意味します。

 さらに、WHO(世界保健機関)の国際疾病分類(ICD)においても、1990年に採択されたICD-10では「精神および行動の障害」の章に「性同一性障害」として分類されていましたが、2019年に採択され2022年1月に発効したICD-11では、「性同一性障害」という言葉は廃止され、「性別不一致(Gender incongruence)」に改められました。
この新しい分類は、精神疾患の章から「性の健康に関連する状態」の章に移され、精神疾患としては扱われなくなっているのです。

 つまり、現在の国際的な医学界の公式見解は、「トランスジェンダーであることは精神疾患ではない」というものです。診断名を用いて医学的介入をすることは、本人の強い苦痛や生活上の支障があり、その支援が必要な場合に限られるのであって、トランスジェンダーであること自体を「治療」の対象とすべきではないのです。

10代のLGBTQのうち約半数が「自殺を考えた」

トランスジェンダーが「伝染する」?参政党市議の発言が子どもたち悪影響だと言い切れるワケ。10代LGBTの半数が自殺を考える社会で
※イメージです
 和田市議はLGBT理解増進法に対し、「未成年の子どもたちに及ぼす影響について心配がある」と述べています。しかし、この法律の本来の目的は、性的指向やジェンダーアイデンティティの多様性への理解を深め、差別をなくし、誰もが尊重される社会を築くことにあります。決して「トランスジェンダーを増やす」ためのものではありません。

 むしろ、現実に私たちが直視すべきは、LGBTQの子どもや若者が置かれている厳しい状況です。

 NPO法人ReBitの調査「LGBTQ子ども・若者調査2025」によれば、過去1年において10代のLGBTQのうち約半数が自殺を考えたことがあり、約2割が自殺未遂を経験し、約4割が自傷行為を行ったことがあると報告されています。また「安心してセクシュアリティについて話せる相手や場所がない」と答えた若者は、10代で4割、20代でも4分の1にのぼります。

 これらのデータは、彼らが深刻な孤立や生きづらさを抱えていて、教育や家庭のなかに相談できる環境がいかに不足しているか示しています。

「スカートを履きたくない」「男の子(女の子)として見られたくない」「親から求められる“らしさ”に違和感がある」ーー日々こうした苦痛を抱え、本人にとっては生きる意味を揺るがすほど切実な悩みとなっても誰にも相談できず、追い詰められている子どもたちが確かにいるのです。

 だからこそ、学校でのLGBT教育は、子どもたちが性の多様性について正しい知識を得て互いを認め合い、他者を尊重する心を育むために欠かせません。
むしろ、今回の和田市議のような差別的な発言こそが、子どもたちに悪影響を及ぼすものであり、私たち大人はその危うさを真剣に懸念すべきなのです。

 和田市議の一連の発言は、一地方議員の個人的な見解に留まらない、社会に根強く残る性的少数者への偏見や無理解を浮き彫りにしました。公の場でこうした言葉が発せられること自体が、当事者に大きな苦痛を与えるだけでなく、社会全体の差別意識を再生産してしまう危うさをはらんでいます。

 SNS上でもトランスジェンダーに向けられた強い言葉が飛び交っていますが、私たちに求められているのは、それを鵜呑みにすることではなく、人にはそれぞれ違いがあるという事実を認め、その違いを理解し受け入れていく姿勢ではないでしょうか。

 今回の件を「対岸の火事」として済ませるのではなく、私たち自身の足元を見つめ直すきっかけとしたいものです。

<文/山﨑穂花>

【山﨑穂花】
レズビアン当事者の視点からライターとしてジェンダーやLGBTQ+に関する発信をする傍ら、レズビアンGOGOダンサーとして活動。自身の連載には、レズビアン関連書籍を紹介するnewTOKYOの「私とアナタのための、エンパワ本」、過去の連載にはタイムアウト東京「SEX:私の場合」、manmam「二丁目の性態図鑑」、IRIS「トランスジェンダーとして生きてきた軌跡」がある。また、レズビアンをはじめとしたセクマイ女性に向けた共感型SNS「PIAMY」の広報に携わり、レズビアンコミュニティーに向けた活動を行っている。
Instagram :@honoka_yamasaki
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