昔、来日して間もない頃のオスマン・サンコンさんが葬儀に参列したとき、日本の文化がよくわからずに「ご愁傷さまでした」を「ごちそうさまでした」と聞き間違え、誤ってお焼香を食べてしまった話は有名ですが、他人事じゃないかもしれません。葬儀に関するルールについて、われわれは知っているようであまりよく知らないかもしれないので……。


 それを再認識したのは、神奈川県の葬儀社「杉浦本店」が2025年3月から発信している公式TikTok(@sugiurahonten)でした。同社は葬儀のマナーやNG行為について、ドラマ仕立ての動画でわかりやすく解説してくれています。

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 たとえば、「~葬儀社が教える~葬儀中の写真撮影はOK?」という動画を見たときはハッとしました。参列者が故人との思い出を残すべくご遺体との写真を撮影しようとした瞬間、スタッフがやって来て参列者を制止します。

スタッフ:葬儀中の撮影はご法度だよ。

参列者:え、そうなんですか? でも、どうしても思い出に残したいんです。

スタッフ:故人との思い出を残したい人もいるけど、葬儀中の写真撮影は控えるべきなんだよね。

「葬儀中の写真撮影はOK?」「遺族への禁句は?」お葬式のマナーをSNSで発信する葬儀社の“想い”とは
スゴい角度で撮ってる……
 最近はスマホが普及しているので、故人との思い出を残すべく写真撮影をする人をたまに見ますが、これはご法度。どうしても撮りたい場合は事前に遺族の方に許可を得ることが必要ですが、だとしても撮影する場面は配慮が必要。納棺や出棺の場面は撮影を控えたほうがいいそうです。

 これ以外にも、「喪主の挨拶のNGワード」「葬儀へのギリギリの到着はNG!」「身内の訃報LINE この言葉はNG?」といったTikTok動画を制作している同社。なぜ、このような発信するようになったのか? そのきっかけなどについて、同社の動画担当者である中村優作さんから話を聞きました。


葬儀業界に対する悪いイメージを払拭したかった

――葬儀のマナーなどを解説するTikTokを発信するようになったきっかけを教えてください。

中村:目的は葬儀業界全体のイメージアップです。実は、以前から一般の方々が葬儀業界に悪いイメージを抱いていることが多いと感じていました。特に、テレビや雑誌が葬儀について取り上げる際、「料金が不透明」「ボッタクリだ」と指摘しているケースは多いです。そういう意味でイメージアップを図りたいと考えたのがきっかけでした。

――葬儀を行うとき「この料金の根拠はなんだろう?」と考えた経験は、私にもあります。そういった料金体系の根拠を説明する動画は、いつか発信されますか?

中村:ああ、料金の根拠や明瞭さを動画で訴えていくのはいいですね! ただ、まずは「葬儀屋さんも意外と普通の人なんだな」と親しみやすくなる動画を優先して発信し、フォロワー数が増えた時点で改めて弊社の意見をお伝えする動画を作成したいと考えています。

 また、最近は葬儀に価値を感じない方が年々増えています。でも、葬儀とは人生の総決算です。故人への感謝を再認識し、残された人たちで伝え合うという大事な側面を決して忘れてほしくありません。葬儀には大事な意味があるのに、葬儀社への嫌悪感や不信感を理由に失われてしまうのは不幸です。

 葬儀社への悪いイメージは、「知らない」ことから生まれる部分も大きいと感じていました。だからこそTikTokを使って葬儀の知識を発信し、まずは関心を持ってもらいたい。
その結果、「葬儀ってこういう意味があるのか」「葬儀社に悪い印象を抱いていたけれど、働いている人は普通の人じゃん!」とイメージがポジティブに刷新され、ご自身や身の周りの人の葬儀について考える機会につながれば……と思い、当企画を始めました。

――「葬儀に価値を感じない」という問題以外に、若年層の貧困が原因で「葬儀はやらなくていい」と判断するケースも増えている気がします。

中村:それは大きいと思います。経済的な問題があるから、葬儀にお金をかけていられない。ただ、お金をかけないなかでも丁寧に送ってあげる方法はいろいろあるんですね。今後はそういった情報も発信していきたいと思っています。

――それはすごくいいですね!

死亡届を出したら銀行口座は凍結されるのか?

 ちなみに、動画に出演している演者は計5名で、全員が同社のスタッフ(杉浦正佳社長+従業員4名)。撮影に関しては外部の動画作成会社の協力を仰ぎ、脚本は“葬儀のプロ”中村さんと“動画マーケティングのプロ”である動画制作会社がアイデアを持ち寄って練り上げていく……という流れをとっているそうです。

――今までにいろいろな動画を発信されていますが、特に御社が一般の人に知ってもらいたかったマナーはなんですか?

中村:以下の二つの動画で、特に知っていただきたい情報を発信しました。

①「ご遺族への禁句 かけてはいけない言葉」

(2025年6月25日投稿)

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ご遺族に「がんばってください」と声をかけるスタッフ
「がんばって」「元気出して」「泣かないで」など、遺族の自然な感情を否定する言葉遣いは控えましょうという内容です。“家族との死別”という状況はもちろんですが、それ以外の喪失体験(病気、失恋、挫折など)にも共通するメッセージだと思い、動画を作成しました。

【動画内のやり取りを抜粋】
従業員A:(ご遺族に言葉をかける)おつらいとは思いますけど、がんばってください。
従業員B:ちょっと待って。お葬式では「がんばって」はNGだよ。

従業員A:え!? 励ましになると思って……。
従業員B:ご遺族の方に「がんばれ」って言ってしまうと、「これ以上、なにをがんばるんだ」って追い詰められた気持ちになることもあるからね。
従業員A:そうだったんですね。ほかにもダメな言葉ってあるんですか?

②「死亡届提出 口座が凍結される?」

(2025年5月7日投稿)

 死亡届を出しただけでは、銀行の口座は凍結されないという内容です。葬儀の現場ではご遺族などから数多くいただく質問でして、誤解されている人が多いと感じたため作成しました。

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てっきり、死亡届を出した時点で口座は凍結されるものと思っていたが……
【動画内のやり取りを抜粋】
従業員A:死亡届を出しただけで口座って凍結されるんですか?
従業員B:いや、死亡届を出しただけでは口座は凍結されないよ。
従業員A:じゃあ、口座ってどういうときに凍結されるんですか?



――銀行の口座凍結の動画を見て、自分の認識も改まりました。死亡届を出しても銀行が死亡の事実を把握するまでは、口座は凍結されない。いざ凍結されたとしても、銀行に戸籍謄本を出せば2~3週間で解除される可能性が高い。つまり、「凍結されたらもう終わり!」というわけではないんですね。


中村:実際、葬儀の打ち合わせ中に「死亡届を葬儀屋さんに出してもらったら、口座はすぐ止まっちゃうんですか? 葬儀屋さんに払う手持ちのお金がないんですけど……」と、お客様から何度も質問されました。葬儀社と一般の方とでは認識に差があると気づき、作成した動画です。

 法律的な観点で考えると、人が亡くなった瞬間に口座の預金は遺産になるので「勝手にお金をおろしちゃいけないんじゃないか?」という捉え方もあると思います。
ただ、遺族間でトラブルにならなければ勝手におろしたからといって問題になることはないし、もしトラブルになった場合も亡くなった時点まで遡った残高で遺産の話し合いを始めるだけなので、問題はありません。

自分の葬儀で流してほしい曲を教えて

――今までで特に反響の大きかった動画はどれですか?

中村:以下の二つの動画になります。

①「お悔やみの言葉で適切なのは?」(2025年3月26日投稿/視聴回数:約326万回、いいね数:約3300)

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お悔やみの言葉にもいろいろ種類があります
【動画内のやり取りを抜粋】
従業員A:このたびは……。(スタッフがご遺族にお悔やみの言葉を伝えるも、語尾の言葉を濁している)
従業員B:その濁す感じ、よくないよ。(視聴者に向かって)実は、お悔やみの言葉っていろいろ種類があるって知っていますか? 誰に言うとか、関係性で変わるんです。一つ目は「ご愁傷様です」。「ご愁傷様です」は、ご遺族に口頭で言うとき。ちなみに「お悔やみ申し上げます」は、ご遺族に文章で伝えるときの言葉です。二つ目は~

②「自分の葬儀で流してほしい曲を教えてください」(2025年5月23日投稿/コメント数:724)

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これを考えるのは意外と楽しいです
【動画の内容】

 各スタッフが“自分の葬儀で流してほしい曲”をそれぞれ紹介。具体的な曲名は以下。

・安室奈美恵「ありがとう」
・山下達郎「素敵な午後は」(“よく運転しているときに聴いているから”という理由で選出)
・DREAMS COME TRUE「何度でも」(“つらいときにこの曲を聴いて立ち上がってきたから”という理由で選出)
・Hump Back「拝啓、少年よ」(“「遠回りくらいがちょうどいい」という歌詞が好き”という理由で選出)

中村:体感としては「自分の葬儀で流してほしい曲~」の動画で、もっとも大きな反響を感じました。自分が流してほしい曲ということで、コメントしやすかったのかなと思います。

遺影写真にプリクラを使う人もいるらしい

――こうした葬儀マナーを啓蒙する場合、YouTubeで発信する選択肢もあったかと思います。御社がTikTokを選んだ理由を教えてください。


中村:葬儀への興味がない人にも触れやすいという理由で、TikTokを選択しました。

――TikTokを流し見していて、ふと「自分の葬儀で流してほしい曲は?」という動画が“ポンッ”と出てきたら「おっ?」って手が止まりますもんね。

中村:自分に興味のないテーマでも自然とリール動画で上がってくるところが、TikTokの一番の良さかなと思います。ただ、メインであるTikTok以外にYoutubeとInstagramでも同内容の動画は投稿しています。それぞれの登録者数(9月9日現在)は以下です。

・TikTok:およそ10,800人
・Instagram:1783人
・YouTube:613人

――TikTok動画を見た人たちからは、具体的にどのような反響が寄せられていますか?

中村:「勉強になる」「プリクラで遺影をつくれるって知れてうれしい」という声が寄せられました。

「葬儀中の写真撮影はOK?」「遺族への禁句は?」お葬式のマナーをSNSで発信する葬儀社の“想い”とは
状況によってはプリクラを遺影写真に使うのもアリです
――今年5月に「遺影写真 プリクラでも使用可能!?」というTikTokが上がっていましたね。この動画の内容には驚きました(笑)。

中村:それぞれの動画に付随して興味深いのは、下部に設けられているコメント欄です。葬儀は個人の価値観、地域、宗派などでさまざまなやり方があるので、個々の体験をもとにコメント欄で議論が起こっているケースが多いんですね。

 当初、私どものほうでこのような現象が起こると想定はしていませんでした。ただ、今では「うちの地域だと~」「私は~」など動画をきっかけにご自身の考えやご経験を気軽にコメントし、葬儀についてフランクに意見が交わせる場になればよいと思っています。


――TikTok動画を発信するようになってから、お客様の葬儀に対する知識が上がってきている印象はありますか?

中村:現場の感覚では、まだ変化は感じていません。日常生活を送るうえで葬儀の知識は不要ですので、知識というよりも葬儀社への親しみが増していけばいいと考えています。その結果、「なにか心配なことがあったら葬儀社に気軽に相談してみよう」という雰囲気になれば、なによりです。

本人が亡くなった後、サブスクの課金はどうなるのか

――「今後、こんな葬儀マナーを周知するTikTokをつくりたい」と想定している動画があれば教えてください。

中村:ちょうど先日、次の撮影の企画出しを行ったのですが、そこで「デジタル遺産」についての案が出ました。

 たとえば、亡くなった方がネットのサブスクのサービスを契約していたけれど、遺族の方々がそれを知らず、本人が亡くなった後も課金が継続されるというトラブルは実際に多発しています。サービスによっては死亡時点に遡って解約扱いにできるケースもありますが、正式に「解約します」と申し入れしないかぎり課金が続いてしまうサービスも少なくありません。

「葬儀中の写真撮影はOK?」「遺族への禁句は?」お葬式のマナーをSNSで発信する葬儀社の“想い”とは
※画像はイメージです
 あと、本人が亡くなったあとにSNSアカウントはどうなってしまうのか? 貯まっていたクレジットカードのポイントやマイルを引き継ぐことはできるのか? などを解説する動画も考えています。

 それ以外には、死後、自分のパソコンやスマホに入っているデータを見られたくない人のために亡くなった時点でデータを消去できるソフトウェアを紹介するなど、大きいくくりで「デジタル遺産」に関わる情報を発信する台本づくりを進めているところです。

――それは見たいですね!

中村:そうですか! では、次回ぐらいで(笑)。

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 ほかにも「御香典の相場 間柄による金額の目安」「持っているのがマナー 数珠がないと参列不可?」「私服でOK?『平服でお越しください』」など、知っていそうで知らない情報を次々に教えてくれる杉浦本店の公式TikTok。

 演者のみなさん(同社の従業員たち)も必死に演技しており、それを確認するだけでも楽しいので、軽い気持ちでチェックするのもいいと思います。

<取材・文/寺西ジャジューカ>
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