9月26日に最終回を迎えたNHK連続テレビ小説『あんぱん』(NHK総合・毎週月~土あさ8時~ほか)。国民的作品『アンパンマン』の作者・やなせたかしさんと、妻の暢さんの半生をモデルにした本作。
『アンパンマン』がこの世に生を受けた過程だけではなく、戦時中の空気感も丁寧に描かれるなど、見どころ満載だった。

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 ただ、主人公・のぶ(今田美桜)の言動には良くも悪くも注目が集まっていた印象がある。最終回直後に放送された『あさイチ』でも、今田はクランクアップ時のコメントで「正直、本当に私でよかったのかな?って考える瞬間もありました」と葛藤を明かしていた。その背景には、朝ドラヒロインとしては異色とも言える立ち位置があったのかもしれない。のぶの歩みを振り返りながら、彼女が“朝ドラヒロイン”として示したものを考察したい。

「お国のために」没個性化していた時期も

 のぶは幼少期から“ハチキンおのぶ”というニックネームがつけられるなど活発な性格をしており、常に走っていた。その走る姿に嵩(北村匠海)が背中を押される場面も度々あったが、どこか向こう見ずに突っ走る性格が仇となることもしばしば。

朝ドラ『あんぱん』最終回──のぶは本当に「何者にもなれんかった」のか。迷い続けた半年が私たちに残したものは
NHK連続テレビ小説『あんぱん』勇気みなぎる名言ブック(ぴあ)
 戦時中は“愛国の鑑(かがみ)”ともてはやされ、友人らと共に軍国主義に染まったのぶは、嵩から赤いハンドバッグをプレゼントされるも「こんな贅沢なものに使うお金があったら、嵩も戦地の兵隊さんのために献金するべきや」と突き返す。さらには、妹の蘭子(河合優実)が想い人である原豪(細田佳央太)を戦争で亡くした際に「豪ちゃんの戦死を誰よりも蘭子が誇りに思わんと」と励ますなど、“お国のために”奔走した。

 現代を生きる視聴者たちにとって、戦時中のパートはのぶが理解できないと感じた瞬間は少なくなかった。さらには、多くの国民と同じように「お国のため」という価値観を信じるあまり没個性化して、“モブキャラ”のような印象さえ受け、朝ドラヒロインらしくない姿を幾度となく見せた。

コンプレックスを抱き、迷い続ける姿を見せた

 朝ドラヒロインらしくない、と言えば仕事についても言える。基本的に朝ドラヒロインは1つの仕事を生涯全うするケースが目立つ中、のぶは作中、教師、新聞記者、議員秘書などさまざまな仕事に就いている。自分なりの信念や考えを持っていずれの職にも取り組んでおり、決して我慢ができないタイプではない。


 しかしながら結果的に仕事を転々としていると視聴者としても感情移入しにくい。また、朝ドラは毎日観ている人だけではなく、たまに視聴して何となく全体像を把握する層も珍しくない。「のぶが何をしたい人なのか」ということをぼやけさせ、のぶをどのように捉えながら見て良いのか悩ませるリスクが生じる。

 ただ、仕事の道筋が一定せず困惑しているのは視聴者だけではなく、のぶ自身も例外ではない。「うちは何者にもなれんかった」「教師も、代議士の秘書も、会社勤めも、何一つ、やり遂げれんかった」「嵩さんの赤ちゃんを産むこともできんかった」と嵩に吐露したことがある。職歴に加え、朝ドラヒロインが年を重ねてもなお「何者にもなれない」というコンプレックスを抱いて人生に迷い続けていることも、かなり稀ではないか。

特別ではないのぶは、視聴者の姿でもあった

 朝ドラのヒロインは、その生き様で視聴者に勇気や笑顔を与えることが多い。だが、軍国主義に染まり、一つの仕事を全うできなかったのぶは、その典型から外れていた。

 とはいえ、戦時中に同じように軍国主義を信じた人、さらには「何者にもなれない」と悔やむ人は、のぶ以外にも大勢いたはずだ。そう考えると、のぶは“特別な存在”ではなく、むしろ視聴者に近い等身大の人物だったと言える。

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『あんぱん』ではのぶの軌跡が描かれていたが、“覚醒イベント”が起きて急に“主人公にふさわしい”超パワーが備わるようなことはなかった。地道に、壁にぶち当たりながらも、それでも懸命に前に進もうと走り続ける姿が描かれたのみだ。だからこそ、戦争それ自体の恐ろしさ、戦争が作り出す全体主義的な空気感、さらには「何者にもなれないこと」に対する葛藤をより実感でき、自分事として考えることができた。


 言い換えれば、のぶを“朝ドラヒロイン”と捉え続けていると、本作の面白さやメッセージを見落としてしまいそうな気もする。

何者にもなれなくても大丈夫

 また、何者にもなれないことについて触れたが、「何者にもなれなくて良い」というメッセージも勝手に受け取った。

朝ドラ『あんぱん』最終回──のぶは本当に「何者にもなれんかった」のか。迷い続けた半年が私たちに残したものは
『あんぱんまん (やなせたかしのあんぱんまん1973)』(フレーベル館)
『アンパンマン』の布教活動として子どもたちに読み聞かせをする際には教師時代の経験が、ミュージカル『怪傑アンパンマン』の練習中には元夫・次郎(中島歩)から託された速記のスキルが活かされていた。のぶはたしかに、何者にもなれなかったのかもしれない。だが、のぶが懸命に走り続けることで培われた技術や経験は、本人の思いもよらないところで誰かの役に立っている。何者にもなれなくても、何もできないわけではない。そう思いたくなるのは、のぶが何者にもなれない主人公だったからだろう。

 のぶは“自己投影型の主人公”であり、同調圧力に流されやすい性格や何者にもなれないことによる葛藤など、自分自身が有している目を背けたくなる嫌な部分を突きつける瞬間が多い。だからなのか、のぶに嫌悪感を示す声もSNSでちょくちょく見かけたが、それでも『あんぱん』の主人公がのぶで良かったと間違いなく言いきれる。

<文/望月悠木>

【望月悠木】
フリーライター。社会問題やエンタメ、グルメなど幅広い記事の執筆を手がける。今、知るべき情報を多くの人に届けるため、日々活動を続けている。
X(旧Twitter):@mochizukiyuuki
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