第30回の初登場場面から何度も執拗に動かす眉間。皺が寄る分だけ、定信役の野心と井上による熱心な演技の気概が伝わるようだ。
男性俳優の演技を独自視点で分析する“イケメン・サーチャー”こと、コラムニスト・加賀谷健が、本作で眉間の動きが気になる井上祐貴の魅力を解説する。
満を持してパキパキ動かす眉間
横浜流星主演の大河ドラマ『べらぼう』第30回冒頭のワンショット目が美しい。松平定信(井上祐貴)が読み物を熟読している。カメラはその手元と顔を寄りで捉える。フレームの外からは川のせせらぎの音、鳥の鳴き声が心地よく聞こえる。カメラは流麗な動きで引いていく。定信が第一声を発する瞬間、眉間がパキッと動く。すぐにもう一度動く。立ち上がった定信をカメラがフォローして、さらにパキッ……。
寺田心が演じた田安賢丸から成長した姿で初登場する定信は、どうして再三眉間をパキパキ動かすのか? 的確なカメラワークにコミットして調和する井上祐貴にとっても初登場の瞬間であるこの場面。満を持してパキパキ動かすかのような眉間の魅力が場面全体を流動する。
精魂込める気合いの微動
他の場面でも何度も確認できる。田沼意次(渡辺謙)を失脚させようと幕政に参加するようになる定信が、溜間で顔を合わせて今度は一度だけ力を込めて眉間をパキッ。さらに反田沼派との食事場面で他の面々の意見を興味深く聞く定信が、ここでも眉間に力を入れる。
執拗なまでに繰り返される、この眉間の動き。気になるなぁ。初登場場面から井上祐貴が端正な微動の演技で表現している。眉間に皺が寄る分だけ定信の野心が伝わる。自分が老中に取って代わるために、着実に準備する身震いともいえるだろうか。
あるいは、定信の野心に比例するかのように、井上もまた演じる役に精魂込めようとする気合いの微動とも読める。いずれにしろ、朝ドラ初出演作『虎に翼』(NHK総合、2024年)での判事役も忘れがたい井上は、NHKドラマ作品で自らの演技を手堅いものにしている。
完璧に画面に収まるワンショット
同作で演じた若き判事・星朋一は、主人公である佐田寅子(伊藤沙莉)と内縁の関係になる同僚判事・星航一(岡田将生)の長男役だった。正義感に溢れ、仕事熱心だが、少し他者を見下すところもあり、挫折も味わう(同様な役柄だと北村匠海主演映画『明け方の若者たち』(2021年)でのパーマヘアーのできる同期社員役もよかった)。井上はそうした二面性を極めて精悍な佇まいと視線の微動や一瞥などの節々で表現していた。演技としてはシンプルだが、芸は細やかだ。どんな役にもひた向きで熱心な俳優であることがよくわかる。
『べらぼう』第33回では、ほとんど完璧に画面に収まってみせた。
脱力した姿勢にもかかわらず、画面の均衡を保ち、画面構図を支えるだけの強度を井上の演技から感じた。
明確で明快な芝居を心得た俳優
さらに第34回。老中首座に任命された定信が、江戸市中や城内の自分の噂が記された文書を読む。書面から視線を上げるのだが、ここでは眉間は動かず、皺は寄らない。余裕の表情だけで場面は成立するとばかり。老中首座になる前となった後で、演技に明確な変化をつけているのだ。
ワンショットの画面に対する収まり方も演技のコントラストも完璧といっていい。何と明確で明快な芝居を心得た俳優なのだろう。
「ヤンチャ系と無気力系のハイブリッドイケメン」とドラマ内で命名された『イケメン共よ メシを喰え』(テレビ大阪・BSテレビ東京、2022年)で、井上祐貴にビビッとときめき、『べらぼう』ですっかりファンになった。
一方で彼の完璧な演技は、均整と均衡を保つばかりが魅力ではない。
あるいはまた、紀行番組『チョイ住み』(NHK BSプレミアム、2025年7月23日放送回)でメルボルンに短期滞在した井上が、カフェの窓際の席でコーヒーを飲むとき。
YOUのナレーションが「どこか不安げな表情」と代弁するワンショットにも井上祐貴という俳優の魅力的な一面が垣間見えた。有り体にいって、演技も内面もほどよいギャップでキュンとさせてくれる。
<文/加賀谷健>
【加賀谷健】
コラムニスト/アジア映画配給・宣伝プロデューサー/クラシック音楽監修
俳優の演技を独自視点で分析する“イケメン・サーチャー”として「イケメン研究」をテーマにコラムを多数執筆。 CMや映画のクラシック音楽監修、 ドラマ脚本のプロットライター他、2025年からアジア映画配給と宣伝プロデュース。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業 X:@1895cu