伊藤沙莉主演の朝ドラ『虎に翼』(NHK総合、2024年)でも父役だったが、『ばけばけ』でも少しなさけないお父さんの味わいを醸している。
男性俳優の演技を独自視点で分析する“イケメン・サーチャー”こと、コラムニスト・加賀谷健が、本作の岡部たかしを解説する。
夜な夜な恨み節を込める家長
随分と物騒な始まり方である……。髙石あかり主演の朝ドラ『ばけばけ』第1週第1回は、主人公・松野トキが小泉八雲をモデルとするレフカダ・ヘブン(トミー・バストウ)に怪談噺を聞かせる冒頭場面が置かれる。そこからトキの幼少時代に入る。この幼少時代のワンカット目、上手から下手へ移動するカメラが捉える薄闇。カン、カン、カン。鈍い音。トキの父・松野司之介(岡部たかし)がおどろおどろしい様子で、わら人形を打ち付けている。ひぇ~!
江戸時代から明治時代に変わった。世の中も変わった。没落武家の松野家はそれでも武士のプライドだけを保っている。時代が変わったことがすべて悪い。
朝ドラのレギュラーお父さん役
司之介の後ろには松野家の面々が勢揃い。その中でトキだけ寝落ちしてしまう。振り返った司之介が「おトキ」と娘の名前を呼ぶ。岡部は、伊藤沙莉主演の朝ドラ『虎に翼』でも主人公の父を演じていた。『ばけばけ』と『虎に翼』で主人公のお父さん役を演じていることになる。そろそろ朝ドラのレギュラーお父さん役とでもいったところだろうか。『虎に翼』では、「寅!」と愛娘の名前を口にする快活で人間味あふれる発声がよかった。
「おトキ?」とさらに疑問形で繰り返す『ばけばけ』でも基本的なトーンは似ている。少しおどろおどろしい始まり方の本作は、この呼び声によってスイートな怪談ドラマに仕上がる。
「しぃじぃみぃ」キャラの味わい

「しぃじぃみぃ」キャラの味わいとでもいったらいいのか。この発音を聞くと、もう世の中の「しじみ」はすべて「しぃじぃみぃ」と発音すべきではないかと思う。
トキはこの「しぃじぃみぃ」汁を飲んで、「あぁ」と感嘆する。いぶし銀の飲みっぷりを聞いた司之介は毎回、それは武家の娘としてあるまじきだと注意する。同場面では奥の部屋からわざわざどかどかやってきて指摘する。晩御飯場面でも司之介は、トキの「あぁ」を自分でも真似てみせて念入りに注意する。
司之介はうるさいお父さんなのだ。うるさいが、面白い。ほんと岡部たかしという俳優は、朝ドラで面白いお父さんをコミカルに演じるために生まれてきたんじゃないかとすら思ってしまう。
父子揃って嬉しい出演

自分の演技にとって重要なことは「おもろい」こと。「おもろい」が常に念頭にあるから岡部の演技は面白いという一本筋。
また同番組出演では、息子である岡部ひろきとの関係性も面白かった。単に父子というより、俳優仲間同士の雰囲気。
『虎に翼』新潟篇で徐に櫛を取りだして髪をなでつけてばかりいる判事役もよかった岡部ひろきだが、『ばけばけ』では教師役を演じている。
第1週第3回までの放送時点で岡部たかしとの直接的な共演場面はない。武士が時代遅れであることを学校で言われたトキに対して、司之介が「教師ごときがそげなことを」と激昂する間接的な場面がある。
本作撮影期間中の岡部たかしはきっと息子相手に「お前の役、生意気だぞ!」なんてフリートークを繰り広げているんじゃないかと想像する。父子揃って嬉しい出演だ。
<文/加賀谷健>
【加賀谷健】
コラムニスト/アジア映画配給・宣伝プロデューサー/クラシック音楽監修
俳優の演技を独自視点で分析する“イケメン・サーチャー”として「イケメン研究」をテーマにコラムを多数執筆。 CMや映画のクラシック音楽監修、 ドラマ脚本のプロットライター他、2025年からアジア映画配給と宣伝プロデュース。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業 X:@1895cu