個人宅を狙った強盗などの犯罪が増えている昨今、手口はますます巧妙になり、個々人の防犯意識の強化が求められています。そんな中「こんな手口もあるのだと驚きました」と振り返るのは、一人暮らしをしながら都内で働く29歳の女性・田端美奈代さん(仮名)。


 日常の中のごく当たり前の時間が、一瞬にして恐怖へ変わったといいます。誰もが直面し得る危険なシナリオとは……。

警察官の服を着た男性に声をかけられて

29歳女性の自宅に来た“警察官を名乗る男”。「何かがおかしい...の画像はこちら >>
 ある日、美奈代さんはマンションのエントランスを出たところで、警察官の制服を着た男性に声をかけられました。

「笑顔で『すみません、今この辺りで聞き込みをしていまして』と近づいてきて、柔らかな口調で威圧感もなかったため、特に警戒することもなく質問に応じました。

 最近近所で不審な人物が目撃されたニュースも目にしていたため、協力しなくてはという気持ちでできる限り丁寧に答えたんですよね

 そのやり取りの中で、名前こそ尋ねられなかったものの「ちなみにお姉さんは何号室?」と部屋番号を聞かれ、その馴れ馴れしい聞き方に一瞬引っかかったといいます。ですがその場では「不審がられたくない」という心理が働き、思わず答えてしまったそう。

数日後の夜、インターホンが鳴った

「その数日後、仕事から帰ってきてリビングでくつろいでいたら、突然インターホンが鳴ったんですよ。夜8時を過ぎていて、誰か来る予定もありません。恐る恐るモニターをチェックしてみたら、先日の制服姿の“警察官”でした

 その瞬間、美奈代さんは「もしかしてこのマンション内で何か重大な事件が起こったのかもしれない」と考え、慌ててモニター越しに返事をします。彼は「こんばんは。前に少しお話を伺った者です。もうちょっとだけ確認したいことがありまして。すぐに終わりますから、ドアを開けてもらえますか?」と微笑みながら話しかけてきました。

何かがおかしい……違和感の正体は

「なんとなくですが、その声と笑顔に違和感を覚え、とっさに『すみません、失礼ですが念のため警察手帳を見せてもらってもいいですか? こんな時代ですので……』と私は答えたんです」

29歳女性の自宅に来た“警察官を名乗る男”。「何かがおかしい」警察手帳を見せてと言ったら、態度が“急変”
インターホンを確認する女性
 その瞬間、男の表情が固まり、数秒の沈黙が続いたといいます。

「言葉では言い表せない妙な間でした。
胸騒ぎというより、本能的な怖さのようなものが押し寄せてきて、鳥肌が一気に立ちました」

 すると男は無の表情になり、低い声で「あ、そこまでのことではないので。もう大丈夫です」と静かにその場を立ち去りました。

 モニターから男の姿が現れてから消えるまでわずか数秒の出来事でしたが、美奈代さんの身体は凍りついたようになり、しばらくその場から動けなかったそう。

「そのとき見た男の目が印象的で、何も感情が宿っていない、黒いビー玉のように無機質な目でした。気づいたら私の心臓は激しく脈打ち、身体は小刻みに震えていたんです」

友人に相談し、涙声で言われたことは

 静けさの中で立ちすくみ、「ちゃんとドアチェーンはかかっていたけど、もしこれを外していたらどうなっていたんだろう?」と想像してしまった美奈代さん。恐怖と混乱の中、親しい女友達の聡美さん(仮名・28歳)に電話をかけて、起きたばかりの出来事を伝えたそう。

29歳女性の自宅に来た“警察官を名乗る男”。「何かがおかしい」警察手帳を見せてと言ったら、態度が“急変”
電話で悩む女性 通話
「聡美は話を聞くなり、涙声で『ちょっと待って、それ絶対に偽物だよ!』と言ってきました。彼女によると、警察官が聞き込みで訪ねる際は、手帳を提示するのが普通だと聞いたことがあるし、『そこまでのことじゃない』と手帳を見せずに立ち去るのは不自然すぎると。そして、『美奈代がドアを開けないでくれて本当によかった』と言われました」

 なお警察官は、聞き込みの際に必ずしも警察手帳を提示する義務があるわけではないものの、求められた場合には必要に応じて提示し、身分を明らかにする対応を取っているようです。

最近増えている手口と同じだった

 その後、美奈代さんは警察署を訪ね、できる限りの記憶を頼りにそのときの状況を報告。対応した警察官から「最近、そういった手口による接触事案が増えています」と説明を受けたことで、さらなる恐怖を感じたそう。

「ただ制服を着ていたというだけで警察官だと信じ込んでしまいました。私みたいに「捜査に協力しよう」と思う気持ちが仇になることもあるのだと分かり、反省しています。


 これからはどんな場面でも、まず“知らない人を疑う視点”を持つことの重要性を忘れずに、日々を過ごしていきたいと思いましたね」

 このように「まさか自分が巻き込まれるなんて」と思う出来事が、ある日突然あなたの目の前に現れるかもしれません。安易な信頼や油断は、時に大きな危険を招きます。日常の中に防犯意識を忘れずに、どんな状況でも“まず疑う”という冷静さを忘れずにいたいものです。

<取材・文&イラスト/鈴木詩子>

【鈴木詩子】
漫画家。『アックス』や奥様向け実話漫画誌を中心に活動中。好きなプロレスラーは棚橋弘至。著書『女ヒエラルキー底辺少女』(青林工藝舎)が映画化。Twitter:@skippop
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