市原隼人さえいれば場が華やぐ
市原隼人は華がありすぎる。崖っぷちのストリップ劇場・WS劇場を立て直すため、久部三成(菅田将暉)はここでシェイクスピアの名作『夏の夜の夢』を上演することにした。『もしがく』こと水曜ドラマ『もしもこの世が舞台なら、楽屋はどこにあるのだろう』第3話では旗揚げ公演の準備が着々と進む。これまでバラバラだったキャラクターたちが芝居の稽古で一同に会すと、じわじわとドラマのパワーが上がる。とりわけ輝いたのは劇場の用心棒・トニー安藤(市原隼人)だった。市原は第1話でも第2話でも出番は短いながら、その都度場を盛り上げてきた。たとえ万人受けしない流れでも彼のシーンだけはホッとする。そして三谷幸喜はそんな市原を愛しすぎているように見える。
トニーは主要人物・ライサンダーに抜擢される。俳優なんてやったことがないとやりたくなさそうなトニーだが、人手が足りないと久部(菅田将暉)に押し切られた。WS劇場に若いイケメンがいないので、おのずとトニーに頼るしかなくなるのだろう。
ものすごく声が小さいトニーに、思わぬ才能があった
マッチョでコワモテのトニーだが、いざ脚本を読むと、ものすごく声が小さい。おそらく脳みそ筋肉なので、シェイクスピアの詩的なセリフを理解できないのではないか、大丈夫かと不安になる。
眉間をギュッと寄せてこわい顔をしていたのがすっと柔和な表情になり、声はやっぱりやや小さいが、それが囁くようで、色気に通じる。もともと少し胸元がはだけた着こなしがセクシーで、その魅力がさらに倍増。予期せぬ逸材の誕生に、天上天下の黒崎(小澤雄太)も表情を変える。
期待していなかった人物の意外な才能発揮シーンはみんな大好き。さらに、みんな大好きなシーンがもうひとつついてくる。久部が「よく覚えていましたね」と感心すると、トニーは「覚えろって言われたからよ」とさらりと答えるのだ。みんな大好きシーン、ポイント10倍の嬉しさ。
やるべきことを黙々とやる人、市原隼人
市原隼人の華は、トニーのように実直ゆえに強く輝いているのではないだろうか。たぶん、市原はやらなくてはいけないことを黙々とやる人だと思う。セリフもひたすら叩き込み、体もひたすら鍛える。集中するときの集中の仕方がハンパない、そういう人だと思うのだ。
シェイクスピアの文学的なセリフが言いづらいと文句を言うモネ(秋元才加)に、久部はこう言っていた。たぶん久部にはトニーのような、覚えろって言われたらとことん覚える人が嬉しいのだろう。
みんな演劇で鍛えられて今がある
ところで現実世界でライサンダーを演じた俳優といえば、22年、日生劇場の『夏の夜の夢』で髙地優吾(SixTONES)。また、84年に近いところで言えば、1992年、日生劇場『野田秀樹の真夏の夜の夢』は舞台を日本に置き換えた物語で、ライサンダーに相当する板前ライ役を堤真一が演じた。ライバル・ディミートリアスに相当する板前デミは唐沢寿明。恋人たちに大竹しのぶ、毬谷友子と、このうえなく豪華なキャストであった。久部が尊敬する蜷川版のライサンダーは、94年に大石継太。蜷川スタジオの中心的俳優で、映像にあまり出ないけれど演劇界では名優である。

アンミカに蹴られる、バイきんぐ西村
久部版のディミートリアスは、お笑いコンビ・コントオブキングスの王子はるお(大水洋介)が演じる。相方の彗星フォルモン(西村瑞樹)はシーシアスとオーベロンの二役。稽古で、パトラ(アンミカ)のアドリブでおしりを蹴られ、笑いものになる役割に、いつもツッコミを担当しているフォルモンは気が進まない。みんなは面白がるし、久部もフォルモンの哀愁に着目していて、こわそうな人が妻の尻に敷かれている意外性がおもしろいと思ってフォルモンを説得する。
マスター(小林薫)やオーナー(シルビア・グラブ)が実は演劇に造詣が深そうなのも、今後に生きてきそうと期待する。

三谷幸喜ドラマは、やっぱり面白い
第3話ではフォルモンとはるおの笑いの生みの苦しみにもフォーカスした。自分たちの笑いに悩んでいた彼らだったが、演劇をきっかけに打開策に気づく。屋上のふたりのやりとりから演劇の稽古へ。フォルモンが覚醒する。やり終えて「おもしろかった?」と久部に聞くと、それに答えず「先に進もう」というやりとり。十分ウェルメイドではあるが、何もかも言葉にし過ぎず、ぎり踏みとどまる美学がある。
<文/木俣冬>
【木俣冬】
フリーライター。ドラマ、映画、演劇などエンタメ作品に関するルポルタージュ、インタビュー、レビューなどを執筆。ノベライズも手がける。『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』など著書多数、蜷川幸雄『身体的物語論』の企画構成など。Twitter:@kamitonami