あなたには、行きつけの大切なお店はありますか? ちょっと疲れた日、ふと立ち寄るだけで落ち着くことができる場所があるのは、素敵なことですよね。

 そんな行きつけのお店で、思わずハッとする騒動に巻き込まれた女性のエピソードをご紹介しましょう。


居心地の良い、行きつけの定食屋

 栗原奈緒子さん(仮名・30歳/会社員)は、自宅近くにお気に入りの定食屋がありました。

定食屋に酔っ払いが乱入…店主がとっさに放った“あったかいひと...の画像はこちら >>
「お魚が美味しいお店で、昔ながらの切り干し大根やひじき煮、きんぴらごぼうなどがたっぷりめに入った小鉢がついてくるのが魅力的なんですよね」

 そんなヘルシーで栄養豊富なメニューが並ぶ定食屋は居心地もいいんだそう。

「店主は50代半ばくらいの男性で、いつも笑顔の朗らかな人で。常連の私にはいつも店主手作りの梅干しをおまけしてくれるんです。それがすごく酸っぱいんですが癖になる美味しさで最高なんですよ」

 そのお店はひとり客が多く、みんなそれぞれのペースで食事を楽しんでいる感じがとても落ち着きます。

定食を食べている時に入ってきたのは……

 そんなある日、奈緒子さんがいつものように仕事の帰りに鯖の味噌煮定食を味わっていると、ガラッと店の引き戸が乱暴に開かれました。

定食屋に酔っ払いが乱入…店主がとっさに放った“あったかいひと言”で、その場にいた全員が救われた
いきなり入ってきた千鳥足の男
「すると、顔を赤くした千鳥足の酔っ払った50代くらいのおじさんがドカドカと入ってきて、大声で『おい、めし! 早く出せや』と乱暴な口調で叫び出して……そのあまりの酒臭さと横柄な態度に、店内は一瞬で静まり返ったんですよ」

 カップル客は顔を見合わせ、サラリーマンは箸が止まったまま固まっていたそう。

店主が選んだ“おだやかすぎる対処法”

「そしたら店主がカウンター越しに『いらっしゃ~い! でもごめんね~、ちょうどさっき、お米が底をついちゃってさ』と人懐っこい笑顔で酔っ払いに話しかけたんですよね」

定食屋に酔っ払いが乱入…店主がとっさに放った“あったかいひと言”で、その場にいた全員が救われた
炊飯器の中の炊きたてのご飯
 奈緒子さんはその時「ご飯が? そんなこと今まで一度もなかったのに……」と不思議に思ったそう。

「酔っ払いが『なんだよそれ? ここ定食屋だろ!』とすごんでも、店主は笑顔のまま『そうなんだよ! 今日はもう“ご飯切れ”、定食屋としては戦えない状態! 武士で言ったら刀忘れたようなもんよ~! 本当にすみませんね』とあくまで明るく返していたら、酔っ払いが何か言いたげでしたが、店主の柔らかいけどブレない物腰に押されたのか、舌打ちしながらフラフラと出ていったんですよ」

「おかわり!」お店の中に再び穏やかな空気が

 その時に奈緒子さんは「そうか、店主は私たち客のために、なるべく揉めないで酔っ払いに帰ってもらおうと、ご飯がないと嘘をついたんだ。確かに酔っている人間はお断りと突っぱねたら角が立つし、あくまでご飯切れでこっちが悪いんですというスタンスなら、酔っ払いもプライドを傷つけられず素直に帰りやすいもんな」と気がつきました。

「再びお店の中に穏やかな空気が流れ出すと、サラリーマン客が『大将ありがとうね、あの酔っ払い怖かったでしょ?』と店主に声をかけると『怖かったよ! でもほら、うちは“美味しいもんと、気持ちのいい夜”を出す店だからさ』と照れくさそうに答えていて……何それ、めっちゃかっこよくない? と痺れてしまいましたね」

 そして、そのサラリーマン客が「大将、ご飯軽めでおかわりしたいんだけど」とお茶碗を差し出すと店主が「炊飯器もホッとしたみたいで、ちょうど今炊けたところだよ! どうぞどうぞ」とおどけて答えると、店内のあちらこちらから笑い声が上がったそう。

帰り際の、温かい言葉にもジーン

「私はそのシーンを見ながら『店主の機転の利いた返しで、あんなに荒れていた空気が変わるなんて。まるで魔法みたいだな』と静かに感動していました。もしかしたら料理人でご飯だけじゃなく、人の気持ちも炊き直せるのかも? なんて考えてしまいました」

 食事を終え、奈緒子さんが「ごちそうさまでした。今日もおいしかったです」とお会計を済ませると、店主は「ありがとさん。
あんたが来るときはいつでもご飯があるからね。安心しておいで
」と優しく答えてくれました。

「私は『やっぱりこのお店好きだな……近所にあってくれて本当によかった』と思い、これからもなるべくたくさん通おうと心に決めました。絶対になくなってほしくない、心の拠り所のようなお店なので」と微笑む奈緒子さんなのでした。

<文・イラスト/鈴木詩子>

【鈴木詩子】
漫画家。『アックス』や奥様向け実話漫画誌を中心に活動中。好きなプロレスラーは棚橋弘至。著書『女ヒエラルキー底辺少女』(青林工藝舎)が映画化。Twitter:@skippop
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