「そろそろ働きたいけど、子どもが小さいし、まだ無理かな……」

 そう思いながらも、家事や育児に追われ、社会復帰ができず悩む女性は多いのではないでしょうか。実は、育児や介護など、家庭の事情で働くことをあきらめざるを得ない人たちは、「未活用労働力」とも呼ばれ、日本社会全体の課題になっているんです。


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 しかし最近は、テクノロジーの進化によって「家にいながら働く」という新しい選択肢が増えてきました。オンラインツールを使うことで、出社しなくてもチームとつながり、仕事を進められる時代。家事や育児、介護と両立しながら働くことも、少しずつ現実的になっています。

 今回お話を伺った枋谷(とちだに)真里子さんは、妊娠・出産を経て退職し約9年間のブランクがあったといいます。発達障害を持つお子さんの育児や家事との両立で働けず悩んでいたとき、短時間でも働けるフルリモートの電話オペレーターの仕事に出会ったことで、社会とつながる一歩を踏み出したのだそう。

「社会復帰できずに落ち込んでいた時期もありましたが、今は自信を取り戻せました」

 と枋谷さんは振り返ります。働けなかった日々の葛藤や、仕事との出会い、そして家事・育児と両立するヒントを聞きました。

社会復帰の思わぬハードル

 最近、「日本では働き手が足りず、人手不足に悩む企業やお店が増えている」というニュースをよく目にします。少子高齢化で働ける世代が減っているうえ、育児や介護などで「働きたくても働けない」という人も多く、社会全体で人手不足が続いています。

 特に、出産後に家庭と仕事の両立に悩んでいる女性は少なくありません。

 労働力不足問題の解決に取り組む株式会社うるるの試算によると、こうした日本の「埋もれている労働力」は、経済的価値に換算すると約15兆円分。働きたい人が無理なく力を発揮できる仕組みが求められています。

 そんな中、テクノロジーの力を活用して、家事や育児と両立しながら働くスタイルが登場しています。
その一例が、電話代行サービス「fondesk」。フルリモートの電話オペレーターとして、家にいながら働くことが可能です。

 家庭の都合に合わせて、平日の午前9時から19時の間で、1日3時間だけといった短時間の稼働スケジュールも組むことができます。仕事内容は、自宅でパソコンとヘッドセットを使い、企業の代表電話にかかってきた電話の一次対応をすること。相手の名前や用件、連絡先を聞き取り、専用ツールを使って企業側が利用するSlackやChatwork、メールなどへ伝言内容を送信します。

息子の発達障害がわかり、社会復帰を諦めた

「日本に埋もれた労働力」は15兆円分 育児で9年間のブランク、自信を失った女性が在宅ワークで笑顔を取り戻すまで
枋谷真里子さん
 今回お話を聞いた枋谷さんも、まさに“埋もれている労働力”の一人でした。新卒で正社員としてホテルに5年間勤務した後、電話オペレーターに転職。31歳で出産を機に退職し、「子どもが幼稚園に行くようになったら働きたい」と考えていたのだそう。

 ところが、3歳児検診で息子さんに発達障害の可能性があると指摘され、療育施設探しや送迎、家事との両立で手一杯に。社会復帰は諦めざるを得ませんでした。

「息子に合う療育施設を探すために見学に行ったり、行政の手続きを進めたりと、毎日がバタバタでした。支援をしていただくためには細かい情報共有が大切なので、幼稚園と療育施設の連絡ノートを毎日合計3冊分書くだけで1時間くらいかかっていました。夫も協力してくれましたが、目の離せない息子の育児をしながら家事をこなすのに精一杯で、働くのはとても無理でした」

「人の役に立ちたい」焦りと不安が募る日々

 それでも「息子が小学生になったら働けるかもしれない」と希望を持っていた枋谷さん。しかし、低学年のうちは授業が早く終わるため、やはり社会復帰は困難でした。


 もともとは保育士志望だったという枋谷さんは、学生の頃から障害のある子どもたちに関わるボランティアをするなど、「人の役に立ちたい」という思いが強くありました。しかし、働きたいのに働けない日々が続くことで、自己肯定感が少しずつ失われていったといいます。

「家事や育児も立派な仕事だと思います。でも、周りを見ると産後1年以内に復職している方が多く、自分だけ取り残されている気がしていました。社会とのつながりが途切れた状況が何年も続くことで、不安や焦りがどんどん大きくなっていきました」

 さらに、収入面での不安もありました。

「息子は小学校に上がっても、しばらくは療育施設に通う必要がありました。でも、小学生になると行政の補助が受けられなくなり、1回通うだけで1万円ほどかかるように。そんなときは、『私が働けていたら家計の助けになったのに』と自分を責めるようになりました。子どもに不便な思いをさせたくなかったので、自分の身の回りのことで節約するようにしていました」

フルリモートで叶う社会復帰

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仕事中のようす
 転機が訪れたのは、息子さんが小学3年生になったころのこと。長年の友人から「fondeskで働いているんだけど、一緒にやってみない?」と声をかけられたのがきっかけでした。

 子どもが小学校から帰ってくる午前中だけ働くなど、1日3時間から業務に取り組めること。また、完全フルリモートで自宅から稼働できることや、業務マニュアルがしっかり整っていることも、復職への背中を押してくれたといいます。

「9年間のブランクがあったので不安もありましたが、分からないことはチャットで質問するとサポートチームからすぐに返事をもらえるので安心でした」

 一般的に、電話オペレーターの仕事の募集は、架電(電話をかける)業務が多いなかで、fondeskは受電(電話を受ける)業務のみという点も始めやすかったポイントでした。


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「fondesk」の受電画面(提供:株式会社うるる)
 報酬は業務量に応じて支払われます。また、担当企業は固定ではないため、柔軟に稼働スケジュールを組むことが可能です。現在の枋谷さんの稼働スケジュールは、火曜から金曜の9~18時(途中2時間の休憩あり)。ひと月あたりの報酬は16~17万円ほどになるといいます。

「通勤がないのが本当に助かります。フルリモートなので、休憩時間に洗濯など家事もできるのが嬉しいですね」

 用事があるときは柔軟に休みを取ることができ、通院や子どもの学校行事に合わせたりすることも可能。稼働スケジュールは後から変更することもできます。

「来年は住んでいるマンションの大規模改修工事が夕方まであるので、騒音がなくなる夕方の時間帯のみでの稼働スケジュールを組んでもらう予定です」

毎日いきいきと過ごせるのは働けるようになったから

 念願の社会復帰を果たし、「毎日いきいきと働けている」と話す枋谷さん。家族もそんな姿を喜んでいるそうです。

「夫は、私が働けず悶々としていた気持ちを理解してくれていました。働き始めてからは表情が明るくなり、いい仕事が見つかってよかったねと言ってくれています。私が稼働する日は、夫が早く帰って夕食を作ってくれたりと協力してくれます。息子も私の仕事を誇りに思ってくれているようで、私が小学校で読み聞かせのボランティアをすると、『うちのママは電話のお仕事をしているから、お話が上手なんだ』と言ってくれます」

 収入面の不安も解消され、自分のためにお金を使えるようになったことも大きな変化です。


「仕事をしていないときは、どうしても節約優先で友人と飲みに行くのをためらっていました。でも今は月に1回、友人と集まって『今月もお疲れさま!』と乾杯する時間が、本当に幸せです。今の環境には心から感謝しています」

プライベートとのバランスを取りながら“長く”働きたい

 これからの働き方については、枋谷さんはこんな目標を持っているそうです。

「これからは、電話応対技能検定の資格取得を目指しつつ、オペレーターとしてスキルアップしていきたいです。年齢を重ねると健康面の不安も出てくるので、早めに病院に行ったり、自分の体も大切にしながら、仕事とプライベートのバランスを取りながら長く働いていきたいですね」

 テクノロジーの活用が進めば、家庭の事情で働くことをあきらめてきた人たちにも、新たな選択肢が生まれます。

 個人の幸せと社会の成長を両立させる仕組みづくりが、今まさに問われているのかもしれません。

<取材・文/都田ミツコ>

【都田ミツコ】
ライター、編集者。1982年生まれ。編集プロダクション勤務を経てフリーランスに。主に子育て、教育、女性のキャリア、などをテーマに企業や専門家、著名人インタビューを行う。「日経xwoman」「女子SPA!」「東洋経済オンライン」などで執筆。
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