市民の意見は大事です。けれども、それが束になったときに重大な決定を簡単に覆してしまうことは、果たして真っ当な正義と言えるのでしょうか。


「aespa紅白出場」騒動の発端は“きのこ雲ランプ”

“きのこ雲”投稿は「悪意」か「無知」か。紅白決定・K‐POP...の画像はこちら >>
紅白初出場が決まった韓国のガールズグループ「aespa」をめぐって、騒動が起きています。発端は中国人メンバーのニンニンが2022年に投稿した写真です。きのこ雲のようなデザインのランプに「可愛い」とのコメントを添えて投稿したことが、ここへきて蒸し返されています。

きのこ雲、つまり原爆を彷彿とさせるデザインに対して「可愛い」とコメントしたニンニンに対する反感、そして不信感が噴出。ついには「aespaの紅白出場停止を求める」署名運動が起こっているのです。

ネット上では「原爆ライトの件は知らなかったでは済まされない」とか、「これを機会に日本はK-pop全部追い出そう」と、激しい批判が飛び交っています。

事実を整理すると、そもそもニンニンという人がどういう意図を持ってこのランプを紹介しようとしたのかを明言してもいない。本当にそのデザインを良いと思ったのかもしれません。“物証”から読み取れることは、それ以上でもそれ以下でもありません。

唯一の被爆国である日本と、それ以外の国ではきのこ雲のデザインの捉え方でも大きく異なるであろうという想像も成り立ちます。

一方で、ニンニンがランプを「原爆のきのこ雲」だと認識して、なおかつ悪意をもって日本の世論を煽ったと証明することは、これは相当に困難なことです。

ネット世論の傲慢な断罪

“きのこ雲”投稿は「悪意」か「無知」か。紅白決定・K‐POPグループ「出場キャンセル運動」がネット民の“傲慢な断罪”と言える理由
画像:株式会社セキド プレスリリースより
ニンニンの意図はどうあれ、問題はネット世論がこの「相当に困難」なことを、さも決定事項であるかのようにとらえ、そのことに対する論理的な説明をすっ飛ばして断罪することに何ら疑問を抱いていない点です。

つまり、倫理的、道義的に正しいと信じて疑わないことに関しては、他者を理解、納得させる必要などないという傲慢な態度が問題なのです。そして、これこそがaespaの一件をはじめとした、キャンセル騒動の根っこにある問題なのだと思います。


同様のケースでは、サッカー日本代表のキービジュアル騒動が記憶に新しいところです。青いユニフォームを着たJO1やINIのメンバーが日の丸の下半分に並び、三本線のサポーターの写真がその周りに配置されたデザインが韓国の国旗を思わせるとしてネット上で大炎上。

すると、日本サッカー協会の川淵三郎相談役が直接サッカー協会の広報部に働きかけたところ、即座に撤回され、新デザインのビジュアルが発表されたのです。

不快感で決まる「キャンセルの現実」

これらも、倫理や道義が暴走したケースです。日本代表のビジュアルは、本当に韓国国旗に酷似していると、詳細にチェックされたのでしょうか。

その結果、酷似していると言わざるを得なかったのだとしても、では韓国国旗に似ていることがどうしていけないのか、なぜ怒っているのかを慎重かつ丁寧に説明することは、非常にデリケートな問題です。

それは“日本代表なのになんで韓国みたいなんだ”という主張だけでは通りません。確かに気持ちはよくわかります。けれども、この種の問題であればあるほど、冷静に理詰めで対処しなければならないのです。

しかしながら、サッカー協会も批判した人たちも、この点に真剣に向き合うことはしませんでした。ある意味、暗黙のディスコミュニケーションが事態の早期解決につながったという皮肉なのです。

そしてaespaも日本代表のキービジュアルも、確証のない不快感が決定事項の変更を左右し得るという構造が同じなのです。


“きのこ雲”投稿は「悪意」か「無知」か。紅白決定・K‐POPグループ「出場キャンセル運動」がネット民の“傲慢な断罪”と言える理由
画像:株式会社SM ENTERTAINMENT JAPAN プレスリリースより
aespaのきのこ雲ランプ騒動を受け、いまのところNHKはリアクションを見せていません。おそらく、このまま出場という流れになると思います。

そこにはaespaでなければならないという積極的な理由のかわりに、紅白キャンセルの署名運動をしている人たちの熱は長続きしないだろうという消極的な確信が根拠にあるのではないでしょうか。

ニンニンのきのこ雲ランプ騒動は、延焼が激しく大きいほどに、人知れず消化してしまう、現代の摩訶不思議な炎上騒動の真実を映し出しているのです。

<文/石黒隆之>

【石黒隆之】
音楽批評の他、スポーツ、エンタメ、政治について執筆。『新潮』『ユリイカ』等に音楽評論を寄稿。『Number』等でスポーツ取材の経験もあり。いつかストリートピアノで「お富さん」(春日八郎)を弾きたい。Twitter: @TakayukiIshigu4
編集部おすすめ