今回は、義実家で目にしたある光景をきっかけに、夫婦の間で大切な対話が生まれたという女性のエピソードをご紹介しましょう。
え……その手で調理するんですか?
畠中奈緒子さん(仮名・32歳)は、明人さん(仮名・34歳)と結婚して1年目の新婚です。「ある週末、義実家での食事に招かれ、キッチンで料理の手伝いをしていた時に、ふと義母の手元を見ると……水をサッと指先に当てるだけで、ハンドソープも使わずに料理をし始めたのでギョッとしてしまって」
そのままの手で野菜や肉を触り、まな板の上にどんどん並べていく義母。
「その他にも、とても清潔とは言えない台布巾で炊飯器の中蓋を拭いて、同じ布巾で油汚れのフライパン、食器、まな板の順に拭いたり。あとは食器の洗い方も雑で、食器や鍋の内側にこびりついた汚れをいくつも発見してしまったんですよね」
自分の衛生観念とかけ離れた現場を見てしまい、一気に食欲が失せてしまった奈緒子さん。その日を境に、義母の料理が全く食べられなくなってしまいました。
「私の料理が汚くてすみませんねぇ」嫌味を言われて
「明人に『ごめんなさい、どうしても無理』と涙ながらに打ち明けると、最初は自分の母親への指摘にショックを受けていましたが……そのうち静かにうなずき『もう無理に行かなくていいからね。俺が間に入るよ』と言ってくれたんですよ」その言葉に、ようやく肩の力が抜けた奈緒子さん。“泣くほど嫌なこと”は、我慢せず理由を添えて伝えていい。それは決してわがままではなく、自分を守るための大切な行動です。
「一瞬場が凍りつきました。ですが私はなるべく柔らかな声で『そんなことないですよ~! 気にしないでくださいね。私、お寿司大好きなんですよ! ありがとうございます』と勢いよく食べて見せながら、内心“いやいや、そっちが清潔感ゼロなだけだから”と思っていました」
時代でも個人でも、それぞれ違う“当たり前”
人の“当たり前”は育った環境によって違うものです。そしてコロナ以前の私たちの衛生観念も、今よりずっと大らかで、多少のことには目をつぶっていたように思います。昔は「おばあちゃんが握ったおにぎりは世界一おいしい」のように、人の手で作られたこと自体に価値を感じていた人も多いのでは? それが今では、「直接手で握ったものなんて食べられない」と感じてしまう人も多いようです。
大切なのは、相手を否定することじゃない
「お寿司を前に場が凍ったとき、明人がスッと私の隣に立ち、穏やかな口調でこう言ってくれたんです。『母さん、奈緒子は気を遣っているだけだよ。俺は奈緒子の気持ちを大事にしたいからさ。もちろん母さんのことも大切だけど……分かってほしい』と」その声には、母と妻の両方を思いやる誠実さがにじんでいました。
衛生観の違いも、世代のズレも、どちらかが折れるだけでは解決しないのかもしれません。ですが明人さんのような行動が、歩み寄りのきっかけになるのではないでしょうか?
生まれた時代や個人間で、価値観の違いが出てくるのは仕方のないこと。大切なのは“相手を否定すること”ではなく、自分の感じた違和感を丁寧に伝えることだと思います。そこからの話し合いこそが、最も大切なコミュニケーションなのかもしれません。お互いに“相手を思う気持ち”を忘れずにいたいものですね。
今回の奈緒子さん夫婦のケースは、義母との関係に限らず、あらゆる人間関係に通じる大切なヒントを教えてくれます。
<文・イラスト/鈴木詩子>
【鈴木詩子】
漫画家。『アックス』や奥様向け実話漫画誌を中心に活動中。好きなプロレスラーは棚橋弘至。著書『女ヒエラルキー底辺少女』(青林工藝舎)が映画化。Twitter:@skippop
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