この作品では、1980年代の渋谷を舞台に奮闘する人々が生き生きと描かれています。
昭和・平成レトロブームということもあるでしょうが、昨今、なぜ多くの昭和・平成回顧ドラマが制作されているのでしょうか?
なつかしいアイテムに沸く大人世代の視聴者
『もしがく』は、脚本家の三谷幸喜氏が日本大学芸術学部(日芸)に通っていた学生時代、渋谷の劇場に出入りしていた際の思い出が元になったというドラマ。視聴率的には苦戦しているものの、業界内やその時代を知る30代半ば~50代の視聴者には好評な様子です。同時代を過ごしていた日芸の後輩・爆笑問題のふたりは、『爆笑問題カーボーイ』(TBSラジオ/10月7日放送)で「ちょうど俺らが日芸に行ってた時だもんな」などと青春を思い出しながら、楽しそうにドラマトークを繰り広げていました。
『もしがく』では、毎回コージーコーナーのジャンボシュークリームや禁煙パイポなど、当時を思わせる懐かしいアイテムがストーリー内で紹介されています。古き渋谷の街並みや、かつて存在していた渋谷OS劇場を思わせる場所も登場し、当時を知る人々にとって「エモい」感情を呼ぶものになっています。
宮藤官九郎氏脚本の『不適切にもほどがある!』(2024年放送)でも、当時のアイドルや懐かしいドラマを思わせるシーンが多数登場。バカリズム氏脚本『ブラッシュアップライフ』(2023年放送)でも、たまごっちやNANAなど、アラサーやミドサーに刺さるエピソードや小道具が使われ、SNSを盛り上げていました。
そんな30代~50代には好評な『もしがく』の視聴率が伸び悩んでいる要因には、Z世代など若い世代が置きざりになっている可能性が捨てきれません。
三谷氏が語っていた「世代間ギャップ」への葛藤
『もしがく』は、三谷幸喜氏の25年ぶりの民放連ドラ執筆作品です。三谷氏いわく、その間に民放のプロデューサーからドラマ執筆の話はあったようですが、世代間ギャップなどで話がかみ合わないことや、2000年前後のドラマ作品が思うような世間の評価を得られず、居場所を見いだせなかったこともあり、時間が空いてしまったのだそう。今回のドラマ執筆にあたり、若いプロデューサーと意見をすり合わせていく中で、今の時代の人々は自分は書けない、昭和という時代劇であれば誰よりもうまく書けるという意向から、昭和を舞台にしたこのドラマが生まれたといいます。※YouTubeチャンネル「ホイチョイ的映画生活~この一本~」馬場康夫氏との対談より
年齢や時の流れで筆致や作風が変化するのは作家として当然のことではあります。宮藤官九郎氏も、かつては『池袋ウエストゲートパーク』や『木更津キャッツアイ』など、その時代に生きる若者を強烈なリアリティをもって描いたドラマを生み出していました。
ですが近年は『ふてほど』や映画『ストリート・キングダム』などの近過去を描いたものや、40代前後の主人公が活躍する作品が中心です。
近過去を舞台にした作品が増えているのは、若者を主人公にした現代劇を「実績ある脚本家が積極的に描こうとしなくなった」というような背景がひとつにあるのかもしれません。
制作側の情熱と若者世代の距離感
作家だけでなく制作の手綱を握るスタッフ側も昭和、平成時代に青春を過ごした年代が中心になっていることも要因のひとつでしょう。そのためか作家や制作者側の「昔はよかった」的な思いを感じることがあります。
消えゆく昭和・平成時代の輝きを後世に残す意義
一方でこれらの昭和・平成を描いたドラマが、若者の心を掴まなかったとしても、今後作品の価値や評価が上がっていく可能性があります。それは、消えゆく昭和・平成の風景や風俗の記録として、語り継がれるものになるということ。昨今、業界内の世代交代が進み、戦時中や高度成長期のドラマを制作しようとしても、当時を知るものが少なく、製作やリサーチに苦慮しているという話を現場で聞きます。
作家やスタッフがその時代の空気感を知っているうちに、近過去のドラマを制作することによって、作品が歴史的記録として重要なものになるのではないでしょうか。
実際『もしがく』は、筆者も知らない時代のため理解できない部分は多いのですが、局地的な小さな流行や当時の演劇人の息遣いや言葉に、今と地続きの歴史を感じます。
作品自体は素晴らしいものですので、数十年後には三谷氏のレジェンド化もあいまって『もしがく』が歴史的資料として意義のある貴重なものになる可能性は十分あります。
「時代錯誤」と思われないための注意点
ただ、この手のドラマで気をつけなければならないのは、『ふてほど』でインティマシーコーディネーターが「面倒くさいもの」的な扱いで描かれ、批判があったことように、今は許されないことを「よかったもの」として掘り起こしたり賞賛することにより、さらに時代錯誤な価値観を浮き彫りにされてしまうことです。『もしがく』のタバコ描写に注釈が入っていたように、描き方には配慮が必要な部分がありますが、それさえクリアできれば、後世に名を残す作品になること間違いなしでしょう。
最終章に入り、展開も佳境の『もしがく』。
<文/小政りょう>
【小政りょう】
映画・テレビの制作会社等に出入りもするライター。趣味は陸上競技観戦
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