しかし、志望する業界で働く社会人に就活の相談をした際、思わぬ一言に傷ついたという。
「『君は立派な経歴なのに、言動に自信がないように見える。それは周りを不快にさせる可能性があるし、嫌味に映るから気をつけたほうがいいですよ』と言われたんです。向こうは善意で言ってくれているのでしょうが、そのとき『社会に出てからも苦労するのだろうな』と痛感しました」
通学とバイトを両立しながら、就活も進め、取材にも落ち着いた口調で答える――。一見、年相応には思えないほどしっかりしたあかりさんだが、その一方で自己否定のような気持ちも抱える。
その背景には、かつて母から受けていた虐待が関係していると明かす。家庭環境や虐待がどのように影響してきたのか、あかりさんが口を開く。
夜通し罵倒される日も
あかりさんの母は教育熱心だった。一人っ子のあかりさんに対して、中学受験を強制していたなか、次第にその熱がエスカレートしていく。「小学校高学年の頃から、母は成績が良くないと、罵倒して人格否定をしてくるようになりました。揉めている最中に私が言い返すと、母も逆上するようにヒートアップして、ひどい時は夜通し罵倒されることもありました。
こうした言い争いを繰り返すうち、母もまた、祖母から過度な教育を受けてきたことを知りました。私に詰問している時、母は断片的に、祖母から医学部を目指すよう強制された結果、精神疾患を患った過去を話してきました。
そのうち母に抵抗しても『問題の解決にはならない』と悟るようになりました。自分も傷つきたくないし、母にもこれ以上つらい思いをさせたくない。少なくとも私が反抗して、お互いの精神状態を悪化させるのはやめようと、次第に抵抗しなくなりました」
過度な教育が及ぼす悪影響が、祖母から母、そしてあかりさんへ連鎖していく。いわゆる“虐待が連鎖していく構造”を、あかりさんは自然と理解するようになったと話すものの、それで母からの詰問が終わるわけではなかった。
スマホには位置情報共有アプリ、LINEやSNSは監視
「もともとLINEは、受験時に、オンライン塾受講のため使用していたタブレット端末に、父親が内緒でインストールしてくれました。しばらく経つと、母親にLINEを使用しているのがバレてしまい、監視と時間制限が始まりました。
母の意向から、私のLINEを監視されていたんですね。両親が使うパソコンから、私のLINEのアカウントにログインできるように設定され、友人とのやりとりは全部筒抜け。そのうえ1日15分と利用時間も制限されました中学時代は遊ぶのにも許可が必要でしたし、基本的に遠出もできなかったので、スマホや携帯がないと保護者が困るようなことはありませんでしたが……」
高校になってスマートフォンを購入してもらったものの、束縛される日々は続いた。
「自宅から離れた高校に通うと、スマホに位置情報共有アプリを入れられました。
後日、担任から『気をつけなさい』と呼び出されるのですが、友達を巻き込んでしまうこともあり、恥ずかしいどころの騒ぎではなかったですね……。LINEのやり取りの履歴を見られていることなんか、口が裂けても言えなかったです」
“自分ができなかったことは我が子にもさせない”スタンス
一見、過干渉に映る母だが、一方でネグレクト気味な側面もあったという。「SNSを監視していると聞くと、過干渉に見えるかもしれませんが、必ずしもそうではありませんでした。母の行動は、常に『自分が親からさせてもらえなかったことは、私にも禁止する』というスタンスでした。
例えば、母は専業主婦でしたが、学校のお弁当を作ってくれることはありませんでした。かといって昼飯代含め、お小遣いを十分に与えてくれるわけではない。きっと母も学生時代そうだったのでしょう。
学生時代は常に金欠で、当然バイトもできず、欲しい服も買えませんでした。学校にはコンビニで5個入り150円ほどで売っている菓子パンを買い、同級生には両親が共働きで忙しいからと誤魔化していました」
結局のところ、母からの過剰な教育や管理、ネグレクトは、母の生育環境が原因であり、自分にはどうしようもない――。前述したような諦念が、次第に募っていく。
父に助けを求めたこともあったが、父は父で、反抗すると高圧的な態度を取った。
「父は大学受験に関して、東京一工(東大、京大、一橋大、東工大)以外への進学を認めないスタンスでした。
そこから派生して『言うことを守れないならスマホを解約しろ』『自立したいなら高校を辞めて働けばいい』と極論でねじ伏せてくることも多々ありました。父としては、スマホに制限をかければ学力向上すると考えていたのでしょうが、私からしたら余計に学習に身が入らないだけでしたね」
「ボコボコにされたほうがラク」
あかりさんの体験は、れっきとした虐待に部類されるはずだ。ただ、未成年にとって、自身の受けてきた虐待の程度がどれほど深刻であるか、周りにSOSを発するべきなのかは判断しづらい。あかりさんもまた同じだった。
「ニュースでは、子どもが虐待死や遺棄された報道が流れるじゃないですか。当時はそれが私にとっての“虐待のイメージ”として定着していました。
だからこそ自分の置かれている状況が、保護者による教育なのか、しつけの範疇なのか、あるいは虐待なのか判別することは難しかった。『自分の家庭環境はまだ正常だ』と過小評価していたので、虐待を受けているのかどうかずっと疑問を抱いていました。
確実に自分は傷ついているのに、それを発信していいのかがわからない。そうした宙吊りな状態も余計につらかったです。
周りにSOSを発信できなかった理由
「次第に、私は虐待を受けていた理由を、自然と『自分が無能だから』と思い込むようになっていました。理由ができることで、理不尽な仕打ちも受け入れやすくなる。スマホの使用に時間制限があることも、成績が悪くて罵倒されることも、自分が至らないからと錯覚させていくんですね。
それは後に大学生になってから、精神科のカウンセリングにつながることで気づいたのですが、当時は無意識な防衛反応からそう思い込むようになっていました。
それから進学校に通っていたので、『私より厳しい環境のもとで両親から教育を受けている同級生がいる』と勝手に思い込んでいました。
『もっと過酷な家庭環境の同級生がいる』『そう考えれば私はまだマシ』『私は本当に助けてもらうべき立場ではない』……。そう思い込むことで、私はつらい自分を誤魔化して生き延びてきたからこそ、余計にSOSを発信できなかったんです」
感情を押し殺し、自分を偽ることで、つらい家庭環境に適応する――。こうして思春期を過ごしたあかりさんだが、大学に進学すると途端に、母からの干渉は薄れていった。
母もまた、祖母からの過度で過干渉な教育を受けていたのは高校までで、大学では寮生活だったと聞いていた。私も同年齢になって開放されたのだと、自由なキャンパスライフを夢見ていた。
ただ、長い期間にわたり、虐待を受けてきた弊害が徐々に露呈していく。冒頭のように、自分に自信をなくしたり、対人関係でつまずいたりと、日常生活で支障をきたすようになる。
近日公開予定の後編では、虐待の後遺症がなぜ起こったのか、そして現在どう向き合っているのかを明かす。
<取材・文/佐藤隼秀>
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