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「娘はあのとき殺されてもおかしくなかった。『まさか自分の家族が事件に巻き込まれるわけがない』という思い込みがどれだけ怖いか。心の底から思い知らされました」
埼玉に住む綿貫ゆまさん(仮名・28歳)は、昨年、夏休みを利用して地元の有名なショッピングモールに家族4人で出かけました。そして、多くの人で混雑するその場所で、長女のさきちゃん(仮名・5歳)が恐ろしいトラブルに巻き込まれることになったのです。
「まさか自分が」…“根拠なき自信”の落とし穴
その日はショッピングモールのイベントが行われていて、どこに行っても多くの人であふれかえっていたそうです。綿貫さんは、当時の状況をこう振り返ります。「どなたでもそうだと思うのですが、何か事件や事故に『まさか自分が巻き込まれるわけがない』という“根拠なき自信”があると思うんです。私もそうでした。あの日は半日くらいお買い物やアミューズメントエリアを楽しんで、そろそろ帰ろうかというタイミングでした。帰る前に娘にトイレに行くように促したら、『出ない』というので、3歳の息子と5歳の娘を夫に見てもらって、そのまま私はトイレに向かいました」
旦那さんはトイレの近くの椅子に座り、息子を抱きかかえながら隣に娘さんを座らせていました。奥さんが入っていったトイレは目と鼻の先。近い距離に待ち合いスペースがあったそうです。
女子トイレに入ったはずの娘が、忽然と消えた。
女性用トイレに向かって駆け出していった娘さんの後ろ姿を、旦那さんがしっかり見ていました。そして、「こんな至近距離だし大丈夫だろう」と、抱きかかえていた息子さんに視線を戻しました。そのまま娘さんは忽然と消えてしまい……。
「あわててトイレに戻り、個室をすべて確認しました。どなたか別の方のところに駆け込んでしまったんじゃないかと思って、人が入っている個室も出てくるまで待ってみたり。でも娘はいませんでした。意味が分からず、『なんで!!?なんでいないの!!?』と、取り乱してしまって」
間違えて男性用トイレに行ってしまった可能性もあったので、旦那さんが急いで確認しましたが、娘さんの姿はありませんでした。
「違うでしょ、その子の名前!」叫ぶ高齢女性
「だからお名前が違うでしょ!」
「自分の子の名前を間違う親が、どこにいるんですか!」と大きな声で、男性を問い詰める高齢の女性。一体この状況とは。
「私たちが駆け寄るとその男は娘を乱暴におろして走り去りました。なんでも、さっき逃げた男性が“父親のふり”をして娘に話しかけて、そのまま連れ去ろうとしていたそうなんです。娘があまりにも嫌がって泣くので、不審に思って娘の名前や年齢を尋ねたそうです。すると、靴のかかとのところにある名前と、男性が言った名前が違うと」
怪しんだ婦人は、子供の年齢を尋ねました。
「男性が答えるまでに間があったり、視線が泳いでいたりと様子が不自然だったそうです。不審に思った女性はさらに問い詰めました。ご婦人いわく、『おせっかいかと思ったけれど、あまりにもお子さんの態度に違和感があって』と話していました」
あくまで“父親”と偽った男性。実際に痛ましい事件も……
その男性は、泣きじゃくる綿貫さんの娘さんに、「ほらママはおトイレだから!パパとゲームセンターで待っていよう!」とまるで周囲に“あたかも子供にダダをこねられて困っているパパ”をアピールするように話していたそうです。「これって誘拐未遂ですよね。近くに夫もいたし、まさかこんなことが起きるなんて。周りからジロジロ見られながらも、男性に何度も声をかけてくださったご婦人に本当に感謝しています。あの方がいなかったら、今頃娘はここにいなかったかもしれません。わずかな距離でも、子供から目を離した罪悪感を感じますし、同時に、『こんな距離でも目が離せないの……?』という恐怖感を感じました」
実際に、2011年に熊本県では両親と5歳の兄とスーパーに買い物に来ていた3歳の女の子が被害にあった熊本3歳女児殺害事件という痛ましい事件が起きています。不審な男が女の子を障害者用トイレに連れ込み、性加害をしたのちに殺害。そしてわずか15分後、男はリュックサックに小さな遺体を入れて、近くの排水路に遺棄したのです。
どこにもあるショッピングモールの魔の構造
普段は便利なはずのこのようなスペースも、同時に危険な側面も抱えているというこの事実。ショッピングモールやスーパーのトイレに関しては、取材を通してほかにもこんな声がありました。
「トイレの近くに足だけ100円のフットマッサージ付きの椅子がある。
「比較的建物の出入り口の近くにトイレやこんな休憩エリアが設置されているので、すぐに連れ去りやすい構造も気になる。建物を出たらすぐに屋外の駐車スペースがあったり。心配したらキリがないのは分かっていますが、幼い子が関わる事件をニュースで見るとちょっと不安になります」(34歳女性)
どんな事件や事故にしろ、「まさか自分が」という思いはどなたにもあるはずです。
でもいつ自分が当事者になるか分かりません。「まさか」の事態が、今すぐそこまで迫っているかもしれないのです。
<取材・文&イラスト 青山ゆずこ>
【青山ゆずこ】
漫画家・ライター。雑誌の記者として活動しつつ、認知症に向き合う祖父母と25歳から同居。著書に、約7年間の在宅介護を綴ったノンフィクション漫画『ばーちゃんがゴリラになっちゃった。』(徳間書店)、精神科診療のなぞに迫る『【心の病】はこうして治る まんがルポ 精神科医に行ってみた!』(扶桑社)。介護経験を踏まえ、ヤングケアラーと呼ばれる子どもたちをテーマに取材を進めている。Twitter:@yuzubird
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