新卒から18年半、テレビ朝日のアナウンサーとして、報道、スポーツ、バラエティなど多岐にわたる番組を担当してきた大木優紀さん(44歳)。

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 40歳を超えてから、スタートアップ企業「令和トラベル」に転職。
現在は旅行アプリ「NEWT(ニュート)」の広報を担当。さらに2025年10月には、ハワイ子会社「ALOHA7, Inc.」のCEOに就任し、家族とともにハワイへ移住。新たなステージで活躍の場を広げています。

 第27回となる今回は、今年の流行語大賞に選ばれた高市早苗首相の「働いて働いて働いて」という言葉をきっかけに、ワークライフバランスについての考えを綴ります。(以下、大木さんの寄稿)

高市総理の発言から考える、ワークライフバランスの複雑さ

 2025年新語・流行語大賞の年間大賞に選ばれた高市総理の「働いて働いて働いて働いて働いてまいります」という言葉。

 このフレーズを聞いて、「昭和のモーレツ社員みたい」と、どこか引っかかりを覚えた人も少なくないのではないでしょうか。一方で、映像とあわせて見ると、そこには非常にイキイキとした、やる気に満ちた表情の高市総理の姿があり、あの発言をポジティブに捉えた方もいます。

 同じ言葉でも、受け止め方は人それぞれ。賛否が非常に分かれた言葉となりました。

 私自身は、この発言は「良い・悪い」を超えて、今の私たちの働き方や価値観をあらためて考えさせる、議論のきっかけになった言葉だったのではないかと感じています。

 今回はこの言葉を入口に、「ワークライフバランス」という言葉の複雑さについて、これまでの私自身のキャリアを振り返りながら考えてみたいと思います。

総理大臣という立場から考える、この言葉の本質とは?

「今では考えられないような…」44歳・元テレ朝アナが明かす当時の働き方。高市首相の発言から考える“働くの意味”
大木優紀さん
 私の個人的な感覚として、総理大臣というポジションを少し因数分解して考えてみると、総理大臣とは「私たちが選び、私たちが雇っているリーダー」だと捉えることができるのではないかと思っています。

 もちろん、国民一人ひとりの持ち分はごくわずかですし、選出の仕組みも間接的ではあります。それでも構造的に見れば、私たちは選挙を通して総理大臣を選び、税金によってその仕事を支えている立場です。


 そう考えると、私たちはある意味で「株主兼オーナー」のような存在だとも言えるでしょう。その立場で、新しく就任したリーダーが「猛烈に働きます」と宣言したとしたら、基本的には歓迎すべきことなのではないかと、直感的に私は感じました。

 もし仮に、史上初の女性総理として世界中から注目される就任会見で、「定時で帰ります。ワークライフバランスを最優先にします」と語られていたら、どう受け止めていただろうか。

 そう想像してみると、今回の「働いて働いて働いて」という発言に、私はそれほど大きな違和感はありませんでした。

 リーダーとして、自分のためではなく「国のために働く」。それだけの覚悟で臨むという宣言は、雇い主である国民の立場から見れば、むしろ前向きに受け取れるものだったのではないかと思います。

 もちろん、その言葉が部下や社会全体に「同じように働くべきだ」と強要される空気を生み出してしまう可能性や、言葉が持つ影響力について議論が必要なのは言うまでもありません。

 それはまた別の論点として捉えたとき、この言葉を聞いて「どう感じるか」は、その人自身の中にある「働く」という行為が、どんな意味を持っているのかによって、大きく変わってくるのではないでしょうか。

ライフステージと共に、変化する働くことに関する意味合い

「今では考えられないような…」44歳・元テレ朝アナが明かす当時の働き方。高市首相の発言から考える“働くの意味”
大木優紀さんの仕事風景
 私自身も、社会人として20年以上働いてきました。人生の先輩方からすれば「まだまだだよ」と言われるかもしれませんが、それでも振り返ってみると、「働くこと」は決して一定なものではなく、その意味合いは私の中でまるで株価のように大きく上下しながら変動してきたと感じています。

 もし「働くこと」をポジティブとネガティブの軸で表すグラフがあるとしたら、その線は、かなり激しく揺れていたはずです。

 20代は、テレビ朝日でアナウンサーとして働いていました。
入社してからの最初の3年ほどは、とにかく必死で、気づけば時間があっという間に過ぎていくような、完全に仕事中心の生活。

 がむしゃらだったけれど、あの数年が、社会人としての土台を作ってくれ、「働くこと」に対する姿勢の素地を作ってくれたような感覚です。

 当時はまだ「ワークライフバランス」という言葉も一般的ではありませんでしたが、仕事にやりがいを感じ、没頭できる感覚が常にありました。

 けれど、3年ほど経った頃から、状況は少しずつ変わっていきます。

 働き方改革の直前で、今では考えられないような長時間労働が続き、朝の番組を週2回担当していた私は、週の半分は夜中に起きて局に入るような生活を送っていました。

 生活リズムは完全に崩れ、体力的にも限界を感じるようになり、「働くこと」が楽しいどころか、耐え忍ぶものに近いものになっていた時期もありました。

 その時は、自分の生活の中で、仕事が占める割合は相変わらず大きいのに、その“色”がポジティブからネガティブへと傾いていた。そんな時代が、数年続いていたように思います。

 さらに30代になり、出産を経て、子育て期に入ると、バランスの取り方はより複雑になりました。

 子どもにとって大切な時間だとわかっているからこそ、仕事との配分に悩む一方で、子育てから一時的に離れられる「仕事の時間」が、むしろ自分へのご褒美のように感じられる瞬間もありました。

働くことが「贅沢」に変わる。やりたい仕事と子育てのバランス

 令和トラベルに転職してからは、仕事が自分の「本当にやりたいこと」と直結していたこともあり、再び仕事に没頭するようになりました。


 でも、同時に、子育て期としても大切な時期でもある。やりたい気持ちはあるのに、思うように時間を使えない。バランスを取ることに苦労し、働くことがネガティブに感じられる日もあれば、逆に喜びやご褒美のように感じられる日もありました。

「働くこと」の意味は、日々大きく揺れ動いていました。

 同じチームで20代のメンバーたちと働くなかで、彼女たちが結果を出すために仕事に没頭し、遅くまで集中して取り組んでいる姿を見ると、「羨ましいな」と、少し嫉妬にも似た感情を抱いたことも正直あります。

 同じ目線で同じチームにいるはずなのに、使える時間の量が、どうしても違う。

 母である以上、毎日のタイムリミットがあります。東京にいた頃は、16時から17時ごろには子どもたちが帰ってきてしまうので、そこからはもう100%では仕事ができない。

 携帯電話が気になって、「ちゃんと習い事まで行ったかな」と気になる。送り迎えが必要ならば、仕事は終了のゴングが鳴ってしまう。

 朝から晩まで仕事のことだけを考えられたらどれだけ楽しいだろうか、と思った時期もありました。

 そうなると、思い切り働けること自体が、ひとつの“贅沢”に思えてくる。
100%で働いて、私よりいい結果が出るのは当たり前だと思うこともありました。

 「もっと働くことができたら、もっといいものが作れるのに」

 子どもがいる生活は、調整の連続です。夫や母にお願いすることはできても、誰に何を頼むかを判断し、段取りを組む“司令塔”は、結局いつも自分。

 思いっきり働くなんて贅沢だなって思うくらい、労働が喜びや快楽に変わる瞬間がありました。

「働いて」という言葉が投げかけた、私たちへの問い

「今では考えられないような…」44歳・元テレ朝アナが明かす当時の働き方。高市首相の発言から考える“働くの意味”
大木優紀さんの仕事風景
 こうして自分自身の「働く」を振り返ってみると、「働いて」という言葉が持つ意味は、その時々の自分の状態によって、大きく変動してきたことがよくわかりました。

 仕事を「やりたいこと」「没頭できること」として捉えられている時期には、制約のある立場だからこそ、思いきり働けることが、むしろ贅沢に感じられる。労働は義務ではなく、ある意味で“喜び”にすら変わります。

「働く」という言葉の意味は、自分の意思で関わっているときほど、前向きなものに感じられる気がします。「やらされている感覚のある働き方」なのか、それとも「自ら選び、没頭している時間」なのかによって、大きく姿を変えるのではないでしょうか。

 もちろん、誰もが自由に仕事を選べるわけではありません。環境や状況によって選択肢が限られた中で働いている方も多くいると思います。

 今の私は、仕事が快楽に近い、非常に恵まれた環境になっています。
さらにハワイに来てからは、子育てや家事の比重を夫が多く担ってくれるようになり、仕事と子育てのバランスに大きく悩むことなく、「働くこと」に没頭できる環境も整っています。

 振り返ってみても、これまででいちばん贅沢な働き方ができていると感じています。ここでさらに結果を出せたとしたら、仕事はきっと、もっと心地よい快楽になるのだろう。そんな期待を抱いているところです。

 今、みなさんにとって「働くこと」は、どのフェーズにあるでしょうか。没頭できる喜びの時間なのか、それとも負担の大きい義務なのか。私は今回、高市首相の「働いて働いて働いて」というフレーズを聞いて、そんなことを考えるいいきっかけになりました。

「ワークライフバランス」という言葉が、これほどまでに複雑に感じられるのは、それが一人ひとりの状況やフェーズや環境に強く依存する、決して一概には語れないものだからなのだと思います。

<文/大木優紀>

【大木優紀】
1980年生まれ。2003年にテレビ朝日に入社し、アナウンサーとして報道情報、スポーツ、バラエティーと幅広く担当。21年末に退社し、令和トラベルに転職。旅行アプリ『NEWT(ニュート)』のPRに奮闘中。
2児の母
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