2010年にTBSに入社し、『朝ズバッ!』『報道特集』などを担当したのち、2016年に退社したアンヌ遙香さん(40歳・以前は小林悠として活動)。

 TBS退社から8年経った今年、紆余曲折を経て20年生活した東京を後にして活動拠点を故郷北海道に戻したアンヌさん。
アラフォーにして再スタートを切った「出戻り先」でのシングルライフの様子や心境をつづる連載です。
 第63回となる今回は、とある名店で“女性のたくましさ”を感じたエピソードをつづります(以下、アンヌさんの寄稿です)。

冬の札幌、とある赤提灯の名店で

飲み屋で目撃した“女の友情”が生まれる瞬間「一緒に来た彼の体...の画像はこちら >>
 冬の札幌の夜に外で飲む、というのは、それだけでちょっとした覚悟がいるもの。

 地下鉄を出た瞬間、氷点下の風が全身を包み込み、道はツルツル。気を抜くと一瞬で足を取られるのでよちよちと足を運ばねばなりませんが、そんな先に現れる赤提灯の灯りと、もつ焼き屋さんの暖簾。ああ、冬の札幌でこれ以上に最高な場所ってないのではないでしょうか。

 その日も私は、仕事帰りに友人と軽く飲もうと、お気に入りの、ある名店へ。店内はぎゅうぎゅうで、コートを脱ぐ場所を探すのにも一苦労。暖房と煙と人いきれで、メガネが一瞬曇る、あの感じがもうたまらない。

 黒ホッピーともつ煮込みを楽しんでいた私の近くの席に、若い男女のカップルが座っていました。20代後半くらいでしょうか。聞くともなしにその会話は聞こえてきます。

若いカップルの1人の様子がだんだん…

 どうやら二人は敬語で話している様子。マッチングアプリを通じての出会いなのか、それとも会社の同僚なのか、関係性はわかりませんでしたが、お互いどことなく憎からず思っている様子が伝わってくる。


 いずれにしてもこのお店はきちんと予約を入れないと入れない名店。ここを選ぶなんてセンスいいぞ! と心の中でエールを送っていたのもつかの間、最初は楽しそうにふたりで笑っていたのですが、時間が経つにつれて、その男の子の体調がお酒でだんだん悪化していく様子が如実に伝わってきたのです。

 トイレに立ったかと思えば全然出てこない、出てきたと思えばカウンターで突っ伏すようなかたちになってしまい、ついには椅子から動けなくなってしまったのです。

 一緒にいた女の子は、最初は笑っていました。「もう飲みすぎだって」と言いながら、背中をさすっていたものの、つっぷして微動だにしなくなった男の子の真横でかたまってしまい、言葉こそ発しないものの明らかに困っている様子を醸し出しはじめていました。そりゃそうです。

 外は真冬の札幌。終電の時間も気になる一方、タクシーに乗せたくても誰がどうやってこの男の子の体を運べばよいのでしょうか。しかも、この雪道。彼が目覚めるそぶりはまったく見せません。どうしたもんでしょうか。ここまで人が飲食店でつぶれている様子も私は結構久しぶりに見た気がしますが、これはほとほと困ってしまうパターン。


様子を伺っていると、まさかの展開に

飲み屋で目撃した“女の友情”が生まれる瞬間「一緒に来た彼の体調がだんだん…」40歳・元TBSアナがつづる
アンヌ遙香さん
 ただ、印象的だったのは、彼女が「ひとりでぽつん」としていなかったということ。誰が見ても困った状況に置かれた彼女に話しかけた別のお客さんが現れたのです。

 彼女と年恰好がほとんど同じくらいの笑顔が印象的なショートカットの女の子。

 一人で対応に苦慮していた彼女を気の毒に思って声をかけたのかもしれませんが……これがすごい。ぽつぽつと会話を始めた二人でしたが、時間がたつにつれて二人の会話が盛り上がる盛り上がる!

 どうやらふたりともこのお店の近くに住むもの同士。地元が近く、なんと共通の知りあいまでいるとのことでした(私聞き耳たてすぎ?)。

 男の子が完全に動かなくなっている真横で、背をそちらに向けた状態で初対面の女性二人がとんでもない熱量でおしゃべりを繰り広げ、そのうちライン交換まで始めたのでした。えっこんな出会い方ってあるのかと正直私も端からみていてびっくり。

私が感じた“二人の女性の強さ”

 一昔前のドラマだったら、困り果てた彼女に話しかけ救いの手を差し伸べるのは「男性」であり、もしかしたらそれがきっかけで新たな恋が生まれたり……なんて展開になりがちかもしれませんが、事実は小説より奇なり。

 結局困った彼女に救いの手を差し伸べたのは同性であるショートカットの女性であり、しかもおそらくその場かぎりではない、この先も長続きしそうなあたたかい友情まで生まれていたのでした。

 さて、私がそのお店にいる間は、男の子の体調が復活することはありませんでした。

 もしかしたら気になる女性の前で意識をしすぎて緊張したことで悪酔いしてしまったのかもしれません。

 ただそんな彼を「見捨てず」きちんとその場にとどまった彼女もえらいし、そんな彼女に話しかけて殺伐とした空気を一瞬でなごやかなものに変えてくれたショートカットの女性もえらい。ピンチの時間でも女同士の結束を固めて楽しい時間にした彼女たちはとにかく強かった。


結局、困ったときに頼りになるのは女同志だったり

飲み屋で目撃した“女の友情”が生まれる瞬間「一緒に来た彼の体調がだんだん…」40歳・元TBSアナがつづる
アンヌ遙香さん
 札幌に20年ぶりに帰ってきてこちらに生活拠点をもどして二年目の冬。日々実感するのは北海道の女性の自由さと独立心のつよさ。みんな自覚はないようですが、20年東京で暮らした私から見れば、北海道の女性は言いたいことを変に我慢しすぎないし、行きたいところには足を運ぶ意志の強さが印象的。今回もなんとなくそのたくましさを感じたのでした。

 あれからあの二人はどうなったんだろうか。男の子のほうはおそらく女の子に愛想をつかされているかもですが、不思議なご縁に導かれた女の子たち二人はいまでも仲良くしているんじゃなかろうか。

 結局困ったときに頼りになるのは女同士だったりするんだよなあ、としみじみ実感した札幌の冬の夜だったのでした。

<文/アンヌ遙香>

【アンヌ遙香】
元TBSアナウンサー(小林悠名義)1985年、北海道札幌出身、在住。現在はフリーアナウンサーとしてSTV「どさんこWEEKEND」メインMCや、情報番組コメンテーターして活動中。北海道大学大学院博士後期課程在籍中。文筆家。ポッドキャスト『アンヌ遙香の喫茶ナタリー』を配信中。
Instagram: @aromatherapyanne
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