これまでの取材で、「中学生の甥がいきなりPayPayリンクでお年玉を請求してきた話」などをご紹介しましたが、今回お年玉を請求してきたのは、“親(大人)側”。しかも「帰省しないのにお年玉だけは徴収しようとする」という不思議な現象です。
“会わないのに払う”。そんな時代になったいま、心がざわつく出来事を取材しました。

「帰省しないのにお年玉はPayPayで」義妹から届いた驚きのLINE

「帰省しませんがお年玉はPayPayでください」義妹からの集...の画像はこちら >>
「今年は帰省できないので、代わりにPayPayでいただけると助かります」

北関東に住む佐伯りえさん(仮名・38歳)は、今年の暮れにこんなLINEを受け取りました。

「弟家族は神奈川に住んでいて、毎年年末か年始に帰省します。可愛い姪は6歳と4歳。しかし今年は『仕事が忙しくて帰れない』と弟から連絡がありました。最初は『残念だな』と思いましたが、正直、お年玉を渡さずに済むことに対して、正直ちょっとラッキーと思いました(笑)」

しかしその考えはすぐに覆されました。その数分後、義妹から家族グループLINEにメッセージが届きます。

「マメな方だなと思ってましたが、その内容に驚いて目が点になりました。『帰省できませんが、お年玉は受け付けます!PayPayでお願いします!』と。笑顔の絵文字つき。朗らかなテンションと裏腹に、内容はなかなか強い。

会わないのに、お年玉だけは例年通り必要ということ……? どんな気持ちでそのメッセージをいい大人が送っているのか理解できません。
しかもきっぱり言い切られていたので、スマホを持ったまま固まってしまいました」

「私は徴収窓口なの?」まるで“年末の振込依頼”のような連投

「帰省しませんがお年玉はPayPayでください」義妹からの集金LINEに呆然…正月からモヤモヤが止まらない!
画像はイメージです(以下同)。
“会えないから無し”ではなく、「会えなくても送金で大丈夫です」ということ。それは果たして気遣いなのでしょうか?

義妹からは、りえさん宛ての個人LINEに立て続けにメッセージが届きます。そこからは、さらにテンポよくメッセージが続きました。

「『お義父さん・お義母さんの分もPayPayでお願いします!』『お義父さんたちはキャッシュレスに慣れていないと思うので、お姉さんがまとめて送金していただけると助かります~』と。まるで年末の振込依頼メール。これは気遣いではなく、集金よ。私は徴収窓口扱いされているだけ(笑)。私は会計係じゃないんですけど……とツッコミたくなりました」

りえさんは驚きすぎて返事ができなかったと言います。

「年末のバタバタの中で揉めたくもないので、とりあえず既読のまま放置してしまいました。でもしばらくすると返信していないのに、『手間を取らせないために、PayPayで大丈夫です!』と、追いLINEが届きました」

「年始の自動引き落とし」のよう…効率化で消える“お年玉”の温度感

「帰省しませんがお年玉はPayPayでください」義妹からの集金LINEに呆然…正月からモヤモヤが止まらない!
お年玉
その言葉自体は配慮のようですが、要約すると『現金より送金が効率的なのでこちらで』という意味です。一見優しい言い回しにも聞こえますが、『気持ちより決済が最優先』と言われているように感じてしまいました」

柔らかいのに、逃げ道がない言い方です。現金ではなく「とにかくさっさと送金して」と念押しされたようで、胸の奥が静かに冷えたと言います。

りえさんにお年玉に対する本音を聞きました。

「お年玉といえば、久しぶりの成長に驚き、めったに会話をしない親戚の子と表面上でも気持ちを交わし、ポチ袋を手渡して笑い合う。
そんな少し照れくさい時間ごと受け渡す文化だった気がします。それがキャッシュレスになると一気にごっそりなくなってしまうというか……。PayPayで送るのはいいんです。ただ、帰省もしないのに、リモートで請求されるとなると、“年始の自動引き落とし”みたいな感覚になってしまいます。儀式ではなく、まるでタスクみたいです」

「義妹さんにこう言われたけど、あなたも同意してるの?」

弟に尋ねると、返ってきたのは想定外の答えでした。

「すると弟は、『親が頭を下げずに済むし楽でいいじゃん(笑)。もしお願いできるなら助かるよ』と。うーん、便利で効率的なのは分かるのですが、親しき仲にも礼儀ありというか……。身内だからこそ、気持ちも渡したいと思ってしまいました。便利さの影で、ゆっくりと行事の温度が薄れていっているのかなあと考えさせられました」

便利さと引き換えにしたのは「気持ちの行き先」だった

「帰省しませんがお年玉はPayPayでください」義妹からの集金LINEに呆然…正月からモヤモヤが止まらない!
1226_お年玉③
便利さの中で、手間やコミュニケーション、そして恥じらいが消えていくと、行事は淡々と消費されていきます。

「来年もPayPay請求が来るのかなと思うと、お正月が少し寂しい行事になりそうです。

ポチ袋の紙の手触りも、人の家の匂いも、今だから思い出せるなんともいえないなつかしさも。
そして『大きくなったね』と言ったときの照れた笑顔も。すべて面倒くさい“手間”の中に含まれていたのだと思います」

ボタンひとつで送れる時代。でも、その手軽さが「会う理由」まで奪ってしまうなら、便利さと引き換えにしたのは、気持ちの行き先なのかもしれません。不便さの中にこそ、お年玉の意味があったのかもしれません。

<取材・文/青山ゆずこ>

【青山ゆずこ】
漫画家・ライター。雑誌の記者として活動しつつ、認知症に向き合う祖父母と25歳から同居。著書に、約7年間の在宅介護を綴ったノンフィクション漫画『ばーちゃんがゴリラになっちゃった。』(徳間書店)、精神科診療のなぞに迫る『【心の病】はこうして治る まんがルポ 精神科医に行ってみた!』(扶桑社)。介護経験を踏まえ、ヤングケアラーと呼ばれる子どもたちをテーマに取材を進めている。Twitter:@yuzubird
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