食文化研究家のスギアカツキです。『食は人生を幸せにする』をモットーに、食トレンド、スーパーマーケットやスタバ、ダイエットフード、食育などの情報を“食の専門家”として日々発信しています。
2025年末、X上で多くの人が注目してしまうような炎上が起こりました。それは、“行列の絶えない店”として圧倒的な人気を誇るドーナツ専門店「I’m donut ?(以下、アイムドーナツ)」に関するある投稿がきっかけでした。
投稿内容は、渋谷の新店舗における内装デザインや商品陳列に一般ユーザーが疑問を呈したもので、トイレや風呂場をイメージさせるピンクタイルで作られた什器に食欲が失せることや、客の唾液飛沫が飛んで不衛生であるという率直な意見に対して多くの人々が反応する事態となりました。
この炎上はなぜ起こったのでしょうか? ネット民の悪意やネガコメとして解釈した人もいるかもしれませんが、どうやらそうではなさそう……。冷静に食業界における消費者ニーズや常識を考察していくと、単なる文句ではないことがわかります。
そこで今回は、アイムドーナツの炎上問題をきっかけに、これからの食業界で求められる「ヒットの条件」を考えてみることに。少しでも多くの方々が迷うことなく、幸せを感じるスイーツ探しのヒントにしていただければ嬉しく思います。
そもそもアイムドーナツが大ヒットした理由とは?
同店のトレードマークと言えば、透明ピンクのビニール袋の中にハテナマークが書かれた白いボックス。芸能人の差し入れやテレビ番組、Instagramなどで連日紹介される憧れのドーナツ店であることは間違いありません。これは炎上騒動後も変わらず、渋谷界隈の店舗はどこも大盛況になっています。
そもそも同店は珍しい生ドーナツの専門店として2022年3月に中目黒で1号店をオープン。その後表参道や原宿、福岡など国内9店舗にまで拡大、2025年はブランド誕生3年目にしてニューヨーク、台北、ソウルへの海外進出を果たしました。大ヒットの理由はズバリ3点。
革新的においしいドーナツを、高すぎない価格で、おしゃれに提案し続けていることにあります。
この世界観を生み出しているのは、オーナーシェフである平子良太氏。私は食文化研究家の立場として同氏が手掛ける全ブランドを訪問し、本人と話をした中で断言できるのは、彼が本物の天才シェフであるということ。
お客の期待をはるかに超えるような新商品を生み出し続けているのです。しかしながら今回の炎上は、“何かが足りていなかった”可能性があり、それが何なのかを整理することで見えてくることがありました。
アイムドーナツは、何かが足りていなかったのか?
まず今回の炎上で冷静におさえるべき事実は、きっかけとなった投稿に対して共感した人が少なからず存在していること。これらの人々がアイムドーナツを食べたことがあるか否かはまったく関係ありません。
SNS上で強い負の感情が集まるだけで、店の評価を揺るがす可能性がある厳しい時代であるということです。
炎上後に改めて店舗を見ていくと、商品とお客の距離感が非常に近いことに気がつきます。コロナ禍を経験した今、この距離感と無防備さ(ノーパッケージ)で食品を販売することは他と比べて珍しく、異物混入リスクの観点などからも考えさせられるものがあります。
例えば流行フードである麻辣湯であっても、お客が自由に食材を選ぶ環境にあるものの、その後店員が受け取って加熱調理するため、衛生面での不快感などは生まれにくくなっています。
同店の一部店舗において、対面販売ではなくお客が至近距離で手に取れる販売スタイルにしたことは、憧れの食べ物を身近に感じさせ、購買意欲を刺激したことは間違いありません。
しかしながらそれと引き換えに、食品企業にとって大きなリスクとなりうる「衛生面でのリスク対策」が重視されることになります。これは注目される店であればなおさらで、心理的にも不安感や不快感を抱かせないことが大切です。
なお、今回の騒動に関しては、ネットニュースサイトの「J-CASTニュース」が運営企業への取材内容を掲載しています。記事によると広報担当者は、話題となった陳列台について「日常的に清掃・衛生管理を行っている」とし、今後の運用改善も含めて検討すると回答。またデザインについても「お風呂や浴槽などを想起させるタイルではなく、キューブの組み合わせをイメージしたデザイン表現」であると説明しています。
お客は、“記憶”を背負って食べている
例えば同じ食べ物であっても、いつ食べるか? 誰と食べるか? どこで食べるか? によって味が左右されることは誰もが想像できるでしょう。実はそれに加えて、私たちの“記憶”や“思い出”が大きく影響を与えることがあるのです。
例えば幼少期に叱られながら食べたものが苦手食材になってしまったことはわかりやすいかもしれません。また自分が不快感を抱く空間やシーンを思い出した時に、ごちそうを食べる気にならないことは誰もがイメージしやすいのではないでしょうか。
つまり私たちは、無意識の中で、“過去の記憶や思い出”を背負って食べているのです。
このように考えていくと、負の記憶を想起させない完璧な店舗デザインは存在しないかもしれませんが、致命的になるような負の共感を生むリスク排除は、企業の対策次第で軽減することはできます。
今回の炎上理由を、消費者の声が正義になりやすい時代だからと片づけてはならないと思います。食は食べる人の健康だけでなく、これまで生きてきた人生に対しても入念な配慮と敬意を持って提供されることも重要です。
多くの人々の心を強く感動させるような大ヒットを生むためには、お客がワクワクできること、圧倒的なおいしさを体験すること、手頃に購入できることに加えて、「安心できること(不安・不快にならないこと)」が求められているのではないでしょうか。
<文/食文化研究家 スギアカツキ>
【スギアカツキ】
食文化研究家、長寿美容食研究家。東京大学農学部卒業後、同大学院医学系研究科に進学。基礎医学、栄養学、発酵学、微生物学などを学ぶ。現在、世界中の食文化を研究しながら、各メディアで活躍している。女子SPA!連載から生まれた海外向け電子書籍『Healthy Japanese Home Cooking』(英語版)好評発売中。著書『やせるパスタ31皿』(日本実業出版社)が発売中。Instagram:@sugiakatsuki/Twitter:@sugiakatsuki12
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