連続テレビ小説『虎に翼』(NHK総合、2024年)で演じた最高裁判所長官役を経て、松山ケンイチは放送中の『テミスの不確かな法廷』(NHK総合、毎週火曜日よる10時放送)で裁判官役を再演している。

 両作の裁判官には共通するテーマ性があり、ブレないキャラクター性も似ている。
裁判官役を再演するうちに、本人はX上で「ちょびっと法律家松山」と発言したりもしている。

 松山ケンイチが探求する、独自の裁判官像とは? イケメン研究家・加賀谷健が解説する。

裁判官役を再演する上での連動

 松山ケンイチが発達障害の裁判官(特例判事補)・安堂清春を演じる主演ドラマ『テミスの不確かな法廷』第1話冒頭に印象的な場面がある。

 清春が徒歩で勤務先に向かう道すがら、タンポポの綿が風に吹かれる。清春はタンポポの綿を見つけては、道端の土の上に丁寧に配置していたような子どもだった。均等過ぎる配置も含め、同級生たちから変わり者扱いを受けてきた。

 空中を舞う綿は種を飛ばす。それによってまた花を咲かせる。おそらく種は「悩みの種」という意味合いも込められつつ、この冒頭場面を見て松山ケンイチが演じる裁判官役には、花というテーマ性が隠されているのではないかと思った。

 伊藤沙莉主演の連続テレビ小説『虎に翼』(NHK総合、2024年)でも、松山は裁判官役を演じた。最高裁判所長官にまでなった桂場等一郎は、なぜか付着物があるという設定だった。

 同作最終回では桜の花びらを眉毛の上にくっつけていた。タンポポと桜。
種類は違うが、松山ケンイチが裁判官役を演じる上でのゆるやかな連動がある。

「法の下では平等」という信念が共通

 それはほんの偶然だとしても、清春役と桂場役はかなり似たキャラクター性をもっている。

 両者には共通して「法の下では平等」という信念がある。特に清春は世間の「普通」がわからない自分でも「法律」という「ルール」を守る仕事なら適材適所かもしれないと思い、裁判官になった(「僕の仕事は社会の約束事に則って、地球人の争いを解決するため、適切な判断を下すこと」と冒頭のモノローグで説明)。

 しかし案外そうでもなかった。どんな職場にも人間関係があり、それがどうしても悩みの種になる。それでも清春は決して余計な忖度などに左右されることはないから、常に公平なジャッジを下すことはできる。

 ドラマタイトルにある「テミス」とは、ギリシア神話の女神のことで、右手に天秤を、左手に剣を持ち、司法の「公正」と「正義」を象徴している。清春のキャラクター自体がこの天秤と剣を体現しているのだ。

 キャラがブレないという意味では、桂場も頑ななまでに厳格な態度を保っていた。

串団子人間とケチャップ人間

 頑固一徹な桂場には基本ポーズがあった。裁判官席でも執務室でもとにかく彼は口を真一文字に結び、常に固いへの字型を作る。このへの字型は唯一、甘いものに目がない桂場が串団子を食べるときだけなだらかなハの字型になった。


 桂場役がへの字からハの字へと唇を明確に変形させる役だったなら、清春役にはそこまで明確なものはないように見える。

 その代わり、彼は下唇を少しだけ噛む(はむっとするといった方が正確か)という特徴的な癖がある。勤務先の前橋地裁第一支部の書記官たちが「こっちが戸惑ったら、しまった的な顔しませんでした?」と噂話をするくらい、清春はさまざまなシチュエーションで下唇をはむっとする。

 さらに清春は自分が慣れたものしか食べられず、冷蔵庫に常備されたケチャップを炊きたてのご飯にかけて食べ、よく行く喫茶店ではケチャップ味のナポリタンしか食べない。

 とにかく串団子人間の桂場と、とにかくケチャップ人間の清春……。本人のX上では「ちょびっと法律家」と呟いたりもするチャーミングな松山だが、彼が再演する裁判官役というのは、役柄(作品)間の細かな類似を循環させながら、独自の裁判官像を探求することなのだろう。

<文/加賀谷健>

【加賀谷健】
コラムニスト/アジア映画配給・宣伝プロデューサー/クラシック音楽監修
俳優の演技を独自視点で分析する“イケメン・サーチャー”として「イケメン研究」をテーマにコラムを多数執筆。 CMや映画のクラシック音楽監修、 ドラマ脚本のプロットライター他、2025年からアジア映画配給と宣伝プロデュース。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業 X:@1895cu
編集部おすすめ