しかし、それよりも先に日本には、永田町に君臨した女性“フィクサー”がいたーー。
『昭和の女帝 小説・フィクサーたちの群像』(千本木啓文著、ダイヤモンド社)は戦前、戦中、戦後という日本動乱の時期を舞台に、昭和の自民党政治を牛耳ったと言われる実在の女性・辻トシ子をモデルにした物語です。
岸田文雄元総理など、大物政治家が実名で登場
辻トシ子はかつて「保守本流の女帝」と言われた、昭和史に残るフィクサー。1918年生まれ、32歳の時に大物政治家の秘書となり、政治の世界へ入ります。吉田茂政権下、与党の幹部会に出席を許され、池田勇人、佐藤栄作といった歴代首相とも親しく、「対等に渡り合った」と言われる女性です。
岸田文雄元総理など、元総理大臣や政治家たちが実名で次々登場。ただし作中で主人公がもっとも対立する政治家は、実名ではありません。昭和史に遺る逸話を多数持つ人のため、誰がモデルかすぐおわかりになると思います。
さて、「フィクサー」とはよく聞く言葉ですが、英語でのスペルはfixer。そのままフィックスする人という意味であり、「まとめ役」「調整役」などの意味を持ちます。ただ日本語として一番近いのは「黒幕」でしょう。表立っては動かず、裏で手を引く人のようなニュアンスで使われることも多いと思います。
主人公・真木レイ子は、歌劇団に所属する女優。あまり芽が出ず、ホステスとの掛け持ちの日々、鬱屈していたところ、歌劇団のマネージャーから「いい話がある」と言われ、鬼頭という右翼の大物へと紹介されます。
気に入られたレイ子は最終的にはその甚八の養女となり、養父とつながりの深い政治家の秘書になります。これをきっかけに永田町に本格的に足を踏み入れ、「娘」として、「妻」として、「秘書」として政治の中枢に食い込み、ひそやかに権力を握るようになっていき……。
その活躍ぶりはまさにタイトル通り「女帝」。松本清張の小説のごとき、策謀が張り巡らされた壮大なスケールのストーリーです。冒頭にある、佐藤栄作に『リンゴの唄』を歌わせるシーンは強烈なインパクト。なんと、このエピソードはノンフィクションだそう……。
女が権力を持つとはどういうことだったのか?
亡くなるまで女性として、当時ありえないほどの権力を握り、おカネを使い活躍した主人公・レイ子。しかし後ろ盾、つまりは味方ではある身内やフィクサー・鬼頭から自由を奪われていたり、行動制限をかけられたりと、まるで「操り人形」のようなシーンも多数登場します。
とりわけ印象に残ったのはかつて「父」の愛人のような存在だったレイ子が、その父親から還暦を過ぎた妻子もある政治家と結婚するように言われるところ。ありえなさに頭がくらくらしますが、レイ子は腹をくくり、仰せに従うことに決めます。
作中には、現実に即して読むとひやひやする、緊迫感のあるシーンが頻繁に登場します。例えば、インドネシアでのビジネスに食い込みたい商社の男が、スカルノ大統領に19歳の「とある女性」を紹介(斡旋)。その面談にレイ子が付き添うシーンがあります。
後年、その女性は大統領の夫人となり、芸能界で活躍するそうなのですが……これは書いてしまっていいのかと読んでいるほうがびくびくしました。
昭和という時代に、女性たちが抱えていた苦労、苦悩が、永田町という、苛烈で残酷な世界にありありと描きだされている本作。2026年を生きる私たちが現代から批判することは簡単です。でも、そうしなければ生きられなかった人々のたくましさや悲哀は確かに存在する。複雑な気持ちを抱えながら読み進めました。
あくまで語り口は淡々としていて、だからこそ、物事の大きさ、とんでもなさを感じられました。
しぶとく諦めないで生きるということ
軍として出陣した者、戦時中のカネの調達を請け負った者といった、戦争を生き抜いた男たちの「生」、そしてカネに対する執着とパワーはすさまじいもの。
レイ子のモデルである女性は、本人が死を迎えるまで、強い影響力があったと言われています。永田町で力を持ち、自分の事務所を構え、「彼女に頼めばうまくいく」とまで言わしめた。
しかし、波乱万丈の人生には、当然浮き沈みがありました。自分の面倒を見ている派閥が冷や飯を食わされている時期には、忸怩(じくじ)たる想いも経験したようです。しかし決して諦めず、復活のチャンスを狙っていた。
激動の時代では、柔軟性、そしてしぶとさと力強さがないと生き残れない。彼らやレイ子には潤沢な資金があったからできたことかもしれませんが、我々もその精神は見習いたいものです。
昭和という元号二つ昔の激動の時代は今に繋がる
2025年は昭和から100年を迎えました。令和から見れば、平成という2つの年号をまたぐ過去となった時代です。ただ、歴史は断ち切られることなく、現代まで連綿と続いています。後半になると我々がお馴染みの、現代を生きる政治家の名前が「若い政治家」もちらほら出てきます。
自民党政治の歴史、今の永田町、そして、現代社会。私たちは何を見つめ、知るべきか。政治への「まなざし」を持つために、とても役に立つ1冊と言えるでしょう。
<文/宇野なおみ>
【宇野なおみ】
ライター・エッセイスト。TOEIC930点を活かして通訳・翻訳も手掛ける。元子役で、『渡る世間は鬼ばかり』『ホーホケキョ となりの山田くん』などに出演。趣味は漫画含む読書、茶道と歌舞伎鑑賞。よく書き、よく喋る。YouTube「なおみのーと」/Instagram(naomi_1826)/X(@Naomi_Uno)をゆるゆる運営中
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