休刊ということはすなわち廃刊のこと。事実、最終号の表紙には大きく「FINAL」と記されているし。
ヴィレッジヴァンガードを訪れれば購入or立ち読みしたし、街の書店を訪れたら表紙から放たれる妙な存在感で圧倒された『東京グラフィティ』。そんな平成のカルチャーを語るうえで欠かせない雑誌も、出版不況のなかでついに力尽きたか……。そんなふうに筆者は思い込んでいました。
そして2025年11月、ファンのもとに新たな報が届きます。同誌のSNSアカウント(@tokyo_graffiti)が以下のメッセージを発信したのです。
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皆さまへ
一般人のリアルを発信するメディアとして21年間活動してきた『東京グラフィティ』は、今年春に雑誌として休刊し、SNSの更新もお休みしておりました。
母体である(株)グラフィティも廃業予定で進んでおりました。
しかし、このままあの『東京グラフィティ』が失われてしまってよいのか?! 編集部としては非常に悔しく、どうにかして活動を続けられないか、模索しました。
そして、前編集長、読者の方、お仕事を共にした方を含め、さまざまな方々と協議を進めた結果、このたび「編集部とファン有志が事業を引き継ぐ」という形で東京グラフィティが活動を再開できる運びとなりました。
まずは、SNSの更新から!
以降、順次、できることをやってまいります。
人間やカルチャーを一番低いところから見つめ、共感しあう眼差しで。ゆるりとリスタートします。
どうか楽しくご覧いただければと思います。
新編集長 仲野
ファン有志 田村
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コロナ禍で不可能になった『東京グラフィティ』の取材方法
仲野:そうですね、本当に苦しかったと思います。特に、僕たちは外に出て一般の方々を取材させてもらう雑誌です。だから、コロナの影響は大きかった。あの時期、外で一般人に話しかけて誌面をつくるやり方は難しかったんです。一番キツいときは、アーカイブといわれる過去の記事を改めて再掲するような対処しかできませんでした。
――その結果、部数の低迷につながったのでしょうか?
仲野:いや、実は部数にはそんなに響きませんでした。ただ、コロナの時期に広告の案件がなくなってしまったのが痛かった。
僕らの編集部は、近畿大学のパンフレット『近大グラフィティ』をはじめとした大学パンフレットなどの制作をよく手掛けていました。しかし、それらの案件がコロナの時期に頓挫したんです。
実はうちの編集部、『東京グラフィティ』の売り上げで黒字を出したことはほとんどありません。というのも、グラフィティは休刊まで「ワンコインで買える」ことを重視し、創刊時の480円から一切値上げをしなかったんです(笑)。「いろんな人に手に取ってもらえるように値段は変えない」というプライドですね。
仲野:雑誌は僕たちが“つくる意味のあるもの”として出していて、ここからお金を得られないのはみんなわかっていました。
だからこそ、大学や企業のパンフレット制作が収入源として頼みの綱でした。『近大グラフィティ』ってこういう大学案内なんですけど。
――(ページを開きながら)大学案内なのに、こんな感じなんですか! 東京グラフティの近大バージョンといった感じがします。
復活後の新体制は1人編集部
――2025年4月号で休刊した『東京グラフィティ』でしたが、同年11月に早くも復活が宣言されました。どんな経緯で再開の運びとなったのでしょうか?仲野:編集部が解散する直前、2025年2~3月あたりに僕が前任の鈴木俊二編集長に「続けたいです。
休刊前まで、僕は編集部で副編集長でした。だから、「仲野がそう言ってきてるのはわかるけど」みたいな言い方でしたね。ただ、鈴木さんには「仕事としてちゃんとお金を稼げる方法で続けるならいいけど、仲野の趣味で続けられても困る」という考えがあったんです。
――同人誌的なものにされても困るということでしょうか?
仲野:はい、そうです。その一方で、鈴木さんのもとには「グラフィティがなくなるならば、自分が会社を買い取るから続けてもらいたい」という話がいくつか来ていたようでした。そのなかで1人、強烈なグラフィティのファンの方がいらっしゃって。すごく熱心な方だったので、鈴木さんも「この人にだったら託してもいいかな」という気持ちになり、結果的にその方に法人を引き継いでもらうという話になりました。本当にグラフィティが好きな人、熱心な有志の方です。
――復活宣言の最後に「ファン有志 田村」というお名前がありましたが……。
仲野:そう、その田村さんが鈴木さんを口説けたという感じです。
――新体制は編集部が仲野さん1人で、田村さんが代表という陣容?
仲野:そういう形ですね。僕が編集長で、僕しか社員がいない“1人編集長”です。写真も僕が撮りますし、SNSの“中の人”も僕がやりますし、パンフレットをつくるときは僕がデザインを考えます。コストを下げるために僕がなんでも屋になり、グラフィティを残したという感じです。
――東京グラフィティを読むと、各編集部員の熱意が強く伝わってきたものでした。だから、「新体制のグラフィティに加わりたい!」というメンバーはほかにもいたのでは?
仲野:いましたね。ただ、タイミングが悪かったです。
――生活のためには仕方のないことです。
仲野:みんな、「どうして?」「続けようよ」と鈴木さんに掛け合っていたはずです。だけれど、鈴木さんは解散を決定事項にしていた。そして、僕と田村さんが復活に踏み切れたのはその半年後でした。その間にみんなの新しい就職先は決まっていた……という状態ですね。
幅広い読者層、刑務所内の受刑者から購読を希望する手紙も
――『東京グラフィティ』の読者層として多いのはどんな人でしょうか?仲野:ファンの方と会ったことはあまりないのですが、おそらく30~40代の方が“グラフィティど世代”だと思います。うちの雑誌が月刊だった頃に高校生活を送っていた世代は、グラフィティを結構知ってくれているイメージです。
編集部としては、『東京グラフィティ』1冊を1つのテレビ局みたいな感覚でつくっていました。「ニュースもバラエティもスポーツもやる」という意識だったので、特定の層にフォーカスして売るという方針はなかったです。
あと、ちょっとおもしろい話なんですけど、たまに刑務所からグラフィティ宛に手紙が届くことがあるんです。その手紙には、「グラフィティを読んで『いろんな人がいるんだ』とすごい感銘を受けた」と書いてありました。
また、その手紙には「グラフィティをもっと読みたいから、買わせてくれないか」とも書いてあったので1冊送付すると、次は同じ刑務所の違う受刑者から「友だちからグラフィティをお勧めされて読んだらすごく良かった。僕も買わせてほしい」という手紙が届きました。熊本にある刑務所からの手紙でしたが、その刑務所のなかでグラフィティのブームが起こっていたかもしれないですね(笑)。いろんな人の価値観に触れることができる雑誌なので、受刑者の方の罪への向き合い方や社会復帰の手助けになるような気がしたんです。
――刑務所にいる人はおそらく、「そこまで読むの!?」というところまでグラフィティを熟読していたと思います。
仲野:その手紙を見たとき、僕は「『東京グラフィティ』の読者層ってすごく幅広いな」と思ったんです。そして、「そこまで楽しんでもらえるものを自分はつくっていたのか」と認識しました。それまでは「自分が好きでつくっている」という意識が大きかったのですが、刑務所の方が予想外に読んでくださっていたのがめっちゃうれしくて。
何度も言いますが、田村さんだって普通のおじさんです(笑)。いろんな人がグラフィティを読んでくれていた。彼が「『東京グラフィティ』が本当に好き」と言ってくれて、今こういう形で一緒にやれているのはすごくありがたいです。
おじさんとラブドール女性の恋愛の特集号に感銘を受けた
仲野:自分は7年前に編集部に入ったのですが、その直前に発売された2019年4月号ですね。もう、僕は完全にこれです。
――あ、この女性はラブドールですか!
仲野:半年ぐらいかけて季節ごとに取材しているのですが、とにかく写真が素敵で素晴らしいですよね。夏は海で撮って、冬はスキー場で滑っている姿を撮ったり。写真だけ見ると、マジで恋人とずっと一緒にいるように見えます。これ、すごくないですか?
仲野:まるで、命を吹き込んだかのように撮っていて素晴らしい。たぶん、沙織はこういうことをする子なんでしょうね(笑)。
あと、ページに載っている文章はこのおじさんが考えている頭のなかを取材してそのまままとめたものです。たとえば、2人の出会いはおじさんが55歳の頃だそう。「写真にハマって沙織ちゃんに撮影のモデルになってもらったんだ。まさか、恋人になるとは思わなかった」「でも私、いいモデルだったでしょ」と、会話がずーっと続いていきます。
沙織はめっちゃしゃべる子で、2人は将来についても語り合っていますね。「あと何回デートできるかな」「もっともっと先のこと考えたほうがいい」「形ある沙織ちゃんがいつか溶かされちまうときが嫌だ」「私も嫌だけど、そういうときは必ず来るのも知ってる。でも、今は考えたくない」「もし骨になるなら一緒に骨になりたいんだけど」「でも、それは叶わないんだよ」「残念だ」って。
20年後にスナップを再撮影する際にかかる多大な手間
仲野:ほかに好きなのは、昔ストリートスナップを撮った人に再登場してもらい、数年経った今もう一度撮らせてもらう企画ですね。これは本当にいい企画だと思っています。
仲野:そこなんですよ。この企画で一番大変なのは、約20年前の取材用紙を漁って連絡先を確認し、電話をするという作業なんですけど……あれがもう! みなさん、だいたい電話番号が変わっているから基本つながらないです。だから、20人ぐらいかけて1~2人決まるくらいの確率ですね。まず、そもそも電話に出ない人が多いです(笑)。
――いきなり知らない番号からの着信ですからね。
仲野:もしも電話に出てくれたら、「グラフィティという雑誌で20年前に取材させてもらったんですけど覚えてますか?」「覚えてます」という流れに入ります。そして、「もう1回、スナップを撮らせてもらいたいんですけど」「いいですよ」と言ってくれた方々がここに載っている感じですね。
だけど、モデルさんが当時幼かった場合、記録に残っているのは一緒にいたお母さんの電話番号なんです。そういうケースだとお母さんが電話に出るので、「20年前、お子さんを撮らせてもらったんですけど」「あ、覚えてます、覚えてます」「もう一度撮りたいんですけど」「でも、私に聞かれても」となるじゃないですか(笑)。だから、「娘に確認しますね」みたいなステップも入ります。
――20年も経つと、みんないい大人になっていますからね(笑)。
仲野:でも、20年前に子どもだったモデルさんは当時撮られたことをやっぱり覚えていなくて。だから、改めてお母さんが当時のグラフィティを見せて「あ、そういう雑誌にうちが載ってたんだ!」みたいなレベルです。たしかに、8歳のときに写真を撮られても覚えてないですよね(笑)。でも、「こういう企画が来たんだけどどう?」とお母さんに言われたら、結構ノリノリで出ていただける方が多いですね。「あ、載ってた? え、おもしろそう」みたいな。
あと、この企画で特にバズったのは2006年に取材した渋谷マンバギャルが18~19年経った今は色白なお姉さんになっていた写真です。
仲野:そうですね。すべては残せなかったですが、必要なものは僕が持っています。
<取材・文・撮影/寺西ジャジューカ>
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