TBS退社から紆余曲折を経て20年生活した東京を後にして活動拠点を故郷北海道に戻したアンヌさん。
第72回となる今回は、アンヌさんが作家・金原ひとみさんの作品に感じたことを綴ります(以下、アンヌさんの寄稿です)。
金原ひとみさん作品に没頭する日々
ある女性の性的搾取の告発をきっかけとして、加害者、被害者、その家族、恋人などそれぞれのまなざしを通じて展開される物語『YABUNONAKA―ヤブノナカ―』(文藝春秋)。
久々に高揚するような読書体験に痺れてしまった私。働きながら大学院博士後期課程に在籍しているため、参考文献や学術論文などに目を通す「書物を読む」行為は日常ですが、久しぶりに純粋な気持ちで読書に耽溺した、という感覚が。
周囲に次々と勧めまくり、案の定私の友人たちも熱狂、中には2日で読破したという猛者もいるほど。
最近も、もっともっと金原さんの文章が読みたいと書店に出向き、彼女の作品を買いこんでは自宅のブランケットにくるまって読書に没頭する毎日。
“ある一文”に心をつかまれた
『パリの砂漠、東京の蜃気楼』(ホーム社)は彼女が家族と過ごしていたパリでの生活と、東京に帰ってきてからの日々をつづったもので特にお気に入りの一冊。好きな頁に折り目をつけて、本棚から取り出しては読み返す、を繰り返しています。中でも「未来の自分」という章の一文に心をつかまれました。これは金原さんがファッション誌のインタビューの終盤でとある質問をうけた際に頭が真っ白になった、というエピソードを描いたもの。
「昔の自分が想像していた、あるいは理想としていた未来の自分と比べて今の自分はどうですか」ともし聞かれたら、スムースに返答できる自信があなたにはありますか?
〈「今の質問について考えていたら何だか胸が苦しくなってきました」と冗談半分に吐露して皆の笑いをとる程度に、今の私は図太くはなっている〉と金原さんは記し、さらに〈瞬間的な心の充足ではなく、恒常的な魂の充足などあり得るのだろうか〉とも述べています。
考えてみれば私も、もしこの質問を唐突にうけたとしたら、まずは冗談で煙にまいてまじめに答えるのを避けていたかもしれません。
明確な「理想とする自分」を設定せずに生きてきた
かつてはTBSでアナウンサーをしていましたが、当時はなんとなく「いつかはこの番組つきたいな」とか、おぼろげながらの理想像はあったようななかったような、という状態で、はっきり明確な「理想とする自分」を設定して生きてこなかったというのが正直なところ。
当時の私は、一日一日コンスタントに刻まれていく時計の針の動きに自分の心身を合わせるのに精いっぱいだった気がします。
仕事は大好きだけど、朝の番組をやっていたときはあまりにも時間の経過がめまぐるしすぎて、一秒一秒その瞬間に集中することこそが、当時の自分ができる最良の方策だったのです。
自分の体を安全に会社に送り届ける、そして帰って寝るという行為に終始していた時期もありました。一秒一秒のタスクをこなすことで日々が過ぎていき、何歳で結婚したいとか子どもが欲しいとかも具体的に真剣に考えていなかったかもしれません。
30くらいになったときに、そろそろ結婚しないと、みたいなことを自虐的に番組で話題にしたことも確かにありました。この年齢なら結婚に焦ってよい時期だよねという社会が求める論調にのっかって、笑いをとりにいったりとか。
今も自分の中にある“新人感覚”
ひるがえって、40歳を超えて、今の自分。自分の気持ち的には故郷北海道でまったく新しい人生を一から歩みはじめている印象。会社を辞めた後しばらくテレビなどにもでていなかった時期があったことを鑑みると、再びデビュー、の気持ちなのです。
社会的にみれば、40歳だし、もはやベテランに近い領域にいると思われがち。たしかに、まあその通りで、仕事のことについて意見を求められる機会もよくあるのは事実。
なんらかの相談をうければ、10点満点中7点くらいのアドバイスはコンスタントにできる自信もありますが、でも不思議なもので、まだ自分自身に対してどことなくフレッシュマンだな的感覚があり、まだ駆け出しで、そしてこれからまだまだ多くのキャリアをつんでいけるはず、との期待感がどこかにあるのです。
おかしく聞こえるかもしれませんが、そんな新人感覚が今の自分にはあります。
20代の私がもし今の私をパッとみたとき、どう感じるのかはわかりませんが、今の自分は少なくとも自分の中では「フレッシュな気持ちで楽しくがんばっていていいんじゃん」と思っています。
40代の私は、なかなか良い感じ
思い返せば、小学生のころ、弟とカセットテープに架空の番組を録音してあそんでいた記憶があるくらいで、三つ子の魂百までとはよく言ったもので、好きなものはずっと好き。
時間に追われ、理想の自分になんて思いをはせる事もできなかった20代の私には、40歳の私は、なかなか良い感じだよと教えてあげたい。
テレビ局から帰宅したら、ごはん支度を始めて、原稿を書き、ワインボトルを開けながら大好きなファイターズ戦を観て、お風呂に入って、ゴールデンレトリバーの愛犬におやすみとキスをしてあたたかな布団で寝る生活。
できれば10年後も20年後もこんなふうに生きていたいと今ならいえる。
良い読書体験は、良い思索の時間をもたらすな、と改めて実感。だってこんなふうに考えること、なかなかないもの。
金原ひとみさん、ありがとう。フィーバーはずっと続きそうです。
<文/アンヌ遙香>
【アンヌ遙香】
元TBSアナウンサー(小林悠名義)1985年、北海道札幌出身、在住。
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