2018年3月に、東京・目黒区のアパートで、船戸結愛ちゃん(5歳)が両親から虐待を受け死亡した事件から8年が経った。

「おねがい ゆるして」目黒・5歳女児虐待死から8年。“衝撃の...の画像はこちら >>
 死亡時、結愛ちゃんの身体には170か所以上の傷や痣が確認され、体重は約12.2kgと、標準より5kgも下回っていた。
上京後40日足らずの間に、体重が4キロも減ったのだ。その過酷さは想像を超える。父親から繰り返し暴行を受け、亡くなる直前はほぼ寝たきりの衰弱状態にあったという。

 なぜこのような悲惨な虐待事件が起こってしまったのか、結愛ちゃんの死から我々が教訓にできることは何か――。『ルポ 虐待 ――大阪二児置き去り死事件』(ちくま新書)、『児童虐待から考える 社会は家族に何を強いてきたか』(朝日新書)などの著者であり、本事件を含む数々の虐待事件を取材してきたルポライターの杉山春氏が、事件から8年目に突入した今、問いかける。

「おねがい ゆるして」と綴られた反省文

「おねがい ゆるして」目黒・5歳女児虐待死から8年。“衝撃の反省文”の真実と、母が娘を守れなかった理由――事件追うルポライターが語る
『結愛へ 目黒区虐待死事件 母の獄中手記』(小学館)
「2015年12月、3人でクリスマスパーティをした。私が作ったロールパンとミネストローネ、チキン、ツリー型のサラダ、結愛には子供用シャンパン。いっぱい食べていっぱい笑って、とても楽しかった(原文ママ)」

 2020年2月に出版された、船戸結愛ちゃんの母・優里による著書『結愛へ 目黒区虐待死事件 母の獄中手記』には、幸せな家庭の一コマが綴られている。

 それから2年3か月後の2018年3月2日、結愛ちゃんは肺炎による敗血症で亡くなった。同日、結愛ちゃんの父・雄大が「心臓が止まっている」と119番通報。その後処置に当たった医師が、極度の栄養失調や複数の痣があったことから、虐待を疑って警察に通報した。

 翌3月3日に父・雄大(当時33歳)が、6月には母・優里(当時25歳)が逮捕された。その後、雄大は保護責任者遺棄致死罪・傷害罪・大麻取締法違反で起訴され、懲役13年で刑が確定。
優里は保護責任者遺棄致死罪で起訴され、懲役8年の刑が下された。

 逮捕後、アパートからは、結愛ちゃんが書いたとされるノートが見つかった。雄大は「しつけ」として、結愛ちゃんに毎日4時に起床するよう強制し、その時間と体重などを大学ノートに書かせていたという。

 当時の報道から、反省文の内容を一部抜粋する。

「もうパパとママにいわれなくても しっかりと じぶんから きょうよりかもっともっと あしたはできるようにするから もうおねがい ゆるして ゆるしてください おねがいします ほんとうにもうおなじことしません ゆるして」

 この内容は繰り返し報道され、人々に衝撃を与えた。

手紙は母娘で一緒に書き上げたものだった

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優里と結愛ちゃん(当時3歳)。地元・香川県の海にて ※小学館プレスリリースより
 しかし、この反省文についての当時の報道内容は、事実とは少し異なる。

 後の優里の裁判では、反省文に優里が誤字を添削した跡が残っている点などから、この文章は結愛ちゃんが雄大から怒られるのを防ぐために、優里が付き添って一緒に書き上げたものだとされている。

 判決文においても、裁判長はこの反省文に言及。「記載内容から被害児童の当時の心情をそのまま認定することはできない」としており、文面が当時の結愛ちゃんの心情を直接的に反映したものではないとの判断を示している。

 ではなぜ優里は、直接的に雄大の虐待を制止しようとせず、わざわざ娘に反省文を書かせたのか――。

 優里に10回以上の面会を重ね、事件の詳細を追ってきたルポライターの杉山春氏は、「母親側が裁判で主張したように、優里が雄大から受けていた心理的DVとはどういうもだったのかを理解することが大切だ」と語る。

 2016年4月の入籍直後から、優里は雄大から日常的に心理的DVを受けていた。行動や発言、性格に対して執拗に説教をされ、そのたびに優里はLINEを通じて「叱ってくれてありがとう」といった感謝とともに反省文を送っていたという。


 優里には前述した結愛ちゃんの反省文の記憶がなかったが、裁判の中で、「(結愛ちゃんの反省文は当時自分が雄大に送っていた)反省文と似ていると思う」と証言している。

 育児をめぐっては「お前がもっと結愛をしつけろ」「結愛がお前のようになってもいいのか」と罵倒されるといった心理的DVがあった。一方、身体的DVとしては耳を引っ張られたり、顎をつかまれて強くゆすられたりする程度で、比較的軽かった。

虐待と密接に結びついていた心理的DV

「おねがい ゆるして」目黒・5歳女児虐待死から8年。“衝撃の反省文”の真実と、母が娘を守れなかった理由――事件追うルポライターが語る
※イメージです(以下、同じ)
 心理的DVにより、家庭のなかに絶対的な支配関係があった。心理的DVと児童虐待が密接に結びついていたことで、優里は結愛ちゃんを守ることができなかったのでは――。杉山氏はそう振り返る。

 夫婦の関係に歪み――激しい支配とコントロールが生まれたのはなぜか。その背景を辿るため、2人の馴れ初めから振り返りたい。

 優里は最初の夫とは、手記によれば経済状況が不安定だったことにより、結愛ちゃんが2歳のときに離婚している。以来、シングルマザーとして、香川県のキャバクラで働きながら結愛ちゃんを育ててきた。

 そこで出会ったのが、勤務先でボーイとして働いていた雄大だった。

 優里が元夫のことを話すと、雄大は親身に話を聞いてくれた。結愛ちゃんのことを可愛がってくれて、数ヶ月後には一緒に暮らし始めた。
この頃の雄大は、優里が友人と外出するときは結愛ちゃんの面倒を見てくれることもあったという。優里は雄大に惹かれていく。

「優里は子育ても含め、全体的に自分に自信がなかった。一方、雄大は8歳も年上で、東京の大学も出ていて、大手の会社に勤務したこともある。人脈も広く見え、育児についても教えてくれる。そうしたところから、2人の間に心理的なDVにつながる力の上下関係が作られていきました」(以下、杉山氏)

母はなぜ虐待を止められなかったのか?

 しかし一転、2人が2016年4月に結婚した直後から、雄大の心理的DVが始まった。雄大が虐待を振るう背景は後編で詳述するが、しつけがエスカレートして、手が出るようになっていった。

 同年11月、2人の間に息子(結愛ちゃんからみて異父弟)が生まれると、雄大の結愛ちゃんへの暴力は激しくなった。結愛ちゃんは香川県では2度、児童相談所に一時保護されているが、どちらも数ヶ月で解除され家に戻っている。

 一家が香川から目黒区へ移り住んだ2018年1月頃からはさらに虐待が苛烈さを増し、朝4時に勉強をさせる、モデル体型にしたいという理由から過度な食事制限をするといった厳しいルールの中で生活させ、できなければ激しい暴力をふるった。結愛ちゃんを風呂場で全裸にして殴打することもあったという。

 手記によれば、結愛ちゃんが衰弱していく姿に耐えきれず、優里は隠れてチョコレートや菓子パンを与えた。亡くなる数日前から寝たきり状態になると、添い寝しながら看病しては、亡くなる前日に一緒にお風呂に入った時はあまりに痩せ細った姿を直視できなかったと綴っている。


 しかし、そこまでの極限状態に至っても、結愛ちゃんを病院に連れて行ったり、雄大のもとを離れる選択はしなかった。むしろ「私の教育が悪い」と自責し続けたという。

 杉山氏はその背景について次のように解説する。

「DV支援の現場でよく言われているのは、『心理的DV』とは“支配とコントロール”だということです。相手の価値観でしか、現実を捉えられなくなってしまいます。

優里は、雄大から『児相や医師は仕事で指導しているだけで、娘の将来を本気で考えているのは自分たち』と言われると、彼が言うことを正しいと思ったと話しています。

もちろん雄大の教えがすべて正しいと信じてはいなかったものの、長時間にわたり説教をされると、彼の考えが身体の中に入ってくるように盲信してしまったと。雄大からの支配とコントロールにより、正常な判断力を奪われ、洗脳状態に陥っていたとみています」

 結愛ちゃんの反省文を優里が一緒に書いていた事実も、この依存関係を象徴していると言えるのかもしれない。

 穏やかで喧嘩のない“よい家庭”を築きたい、“よい母”になりたいという願望。そこに、自信のなさがあり、夫の言動こそが正しいという思い込みがあり、心理的なDVを受け続けたことで物事の捉え方が極端に偏ってしまう「認知の歪み」が積み重る。それにより、娘を守る行動をとることができなかったのではないか。

法廷で恐怖の叫び声を上げたことも

 優里は逮捕後、拘置所でDV被害者支援の団体や、精神科医の面会を受け、回復のためのケアを受けてきた。


 そのなかで当初、支援団体の聞き取りに対して『夫をあんなふうにしたのは私のせいです』と伝えていたそうだ。その言葉からも、DV被害者である自覚がなく、雄大による洗脳状態にあったことがうかがえる。

 杉山氏はこの事件の裁判を傍聴する中で、優里に残るDVの後遺症を強く感じさせる光景を目にしたという。

「裁判が始まる頃には、治療を受けたことで自身がDVを受けていたことを自覚できていた。つまり、雄大の洗脳が溶けつつある状態だったと聞いています。

しかし雄大の公判で、優里が検察側の証人として出廷した際、優里は刑務官に両脇をかかえられ、叫び声を上げながら入廷してきました。雄大から受けた洗脳の回復の最中でもなお、法廷でついたてを挟んだ先に、雄大がいるかと思うと恐怖で叫ばざるを得なかったのでしょう。

優里からすれば、かつて雄大からすりこまれていたことと真逆の内容を、法廷で証言しないといけないわけです。雄大の認知や価値観を、本人がいる前で否定しなければならないのは、相当な苦痛と恐怖だったはず。私自身、それだけDVの支配というのは根深く、それに抗うのは怖いことなのだと知らされました」

 杉山氏は、この事件の取材を進める中で「虐待とDVの密接な関わりを痛感した」と振り返る。

「DVと虐待は同じ家庭の中で起きます。この事件が示しているのは、DV被害にさらされている親自身が恐怖と不安の中にいるとき、自力で子どもを守ることが困難になるということです。
だからこそ、家族の周囲にいる人たち、特に支援者はDVと虐待の相関関係を正しく理解しておくことが不可欠だと考えています」

【杉山 春】
1958年、東京生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。雑誌記者を経てフリーのルポライター。『ネグレクト 育児放棄―真奈ちゃんはなぜ死んだか』(小学館文庫)で第11回小学館ノンフィクション大賞受賞

<取材・文/佐藤隼秀>
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