「エスカレーターを使う時は、写真のように斜め前方を向いていると、後方にも視界が届くので盗撮されにくいです。
この乗り方が広がってほしい。(モデルさんをお願いして撮影しました)」
同月、駅構内のエスカレーターで高校生である女性のスカート内に20代の男性がスマホを差し入れて盗撮した事件が発生。このニュースを受け、同センターのアカウントは“盗撮されにくいエスカレーターの乗り方”を投稿しました。
つまり、斜め前方を向く立ち方は痴漢や盗撮に悩む女性にとっての自衛につながるというわけです。
この投稿には、「もっと早く知りたかった」といった共感の声が寄せられた一方で、「なぜ女性が自衛しなくてはならないのか」「盗撮する側に注意喚起してほしい」といった批判的な意見もあがっていました。
この乗り方の具体的な効果と根拠、そしてこの投稿の意図について、同センターの松永弥生代表理事に聞きました。
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――この乗り方をすることで、具体的にどういう効果があるのでしょうか?
松永:多くの場合、盗撮はうしろからされます。なので、お尻をエスカレーターのレールのほうに向けることでお尻側が守れる。あと、半身になることで前方だけではなく後方にも視界が広がる。だから、うしろの人がちょっと怪しい動きをしたら気づきやすくなるという効果が見込めます。
もともと、この立ち方は私が警察のホームページで見つけた情報なんです。「すごくいいな」と思って。
――松永さんもこの乗り方は実践されていますか?
松永:はい、やっています。私の場合、若い頃に比べたら痴漢にも遭わなくなっていますし、普段は丈の長いスカートをはいていることもあるので、エスカレーターの盗撮はそんなに心配はしていないのですが、丈の長いスカートでもそっとめくって盗撮する人がいるんですね。
――めくってまで盗撮するケースがあるんですか……。
松永:試しに夫がシャツの裾を出しているとき、そっとうしろからめくってみたら、やっぱり気づかないんです。だから、「長いスカートをはいているから安心というわけじゃないな」と思い、あの姿勢で乗るようにしてます。
――じゃあ、効果は実感されているということですね。
松永:はい。
「女性にばかり負担をかけるな」という声はたしかにわかる
――投稿されたポストを見て「この乗り方、なるほどな」と思いました。しかし、リプライ欄を見るとさまざまな意見が寄せられています。特に多かったのは、「自衛の仕方を拡散することで女性にばかり負担がかかる」「その前に痴漢は性犯罪だという教育を徹底すべき」という女性からの声でした。女性の身を守るための啓蒙のはずが、女性側からこのような反響があることについてどう思いますか?松永:私たちは2015年から痴漢抑止活動を行っているのですが、活動当初からそのような声はありました。
団体として最初に始めたのは、「痴漢抑止バッジ」(「痴漢は犯罪です」「私たちは泣き寝入りしません」等のメッセージが書かれた痴漢抑止が目的の缶バッジ)の配布でした。そのときも「女の子はなにも悪くないのに、こんな缶バッジをつけろと言うなんてひどい」と、女性からの反発はすごく多かったです。
そういったお声には、私も「そうだよね、そう言いたくなるよね」という気持ちです。だって、女性はなにも悪くないのだから。でも、現実ではそこまで気をつけなきゃいけないぐらい危険な世の中になっている。あの記事を読んだとき、改めてそう思いました。
――「女性にばかり負担がかかるのはおかしい!」と言いたくなる気持ちはわかるけれど、そういう手段を取ったほうがより身を守れる。だから、啓蒙は続けるということですね。
犯人を処罰してほしいのではなく、痴漢に遭いたくないだけ
松永:私たちの活動は「痴漢抑止」、つまり「痴漢に遭わない」ためのものです。でも、昔から多いのは「痴漢に遭ったらどうしたらいいか」という対策法でした。たとえば、警察庁がつくった「デジポリス」という防犯アプリをご存知ですか? 痴漢に遭ったとき、女性は怖くて声を上げられないから「痴漢です。助けてください」という画面が出て、それを周囲の人に見せる形で助けを求めることができます。すごく素晴らしいアプリなのですが、言ってしまうと痴漢に遭ってからの手段でしかない。
私たちは痴漢をしてきた犯人を警察に処罰してほしいわけではなく、痴漢に遭いたくないだけ……というところで、「痴漢撃退」や「痴漢防止」よりも「痴漢抑止」の活動をしています。痴漢加害者がやめてくれればそれでいい。
――これは男性側への呼びかけでもありますね。
松永:そうですね。もちろん、男性側への呼びかけでもあります。
痴漢に遭って絶望した高校生が活動のきっかけ
――松永さんが「痴漢抑止」という社会課題に取り組むようになったきっかけを教えてください。松永:2015年に私の友人が「自分の娘が痴漢に遭って困っている」と、SNSに投稿していたんです。娘さんは高校に入学した翌日から痴漢に遭い、それからほぼ毎日のように痴漢に遭い続けたそうです。
それから1年後、その女の子はすごくがんばって自分で痴漢を捕まえ、その後は裁判にもなりました。でも、痴漢と戦えるようになったから問題が解決したわけではない。彼女は「二度と痴漢に遭いたくない」と思うようになり、「痴漢は犯罪です。私は泣き寝入りしません」と書いたバッジを母親と一緒に作ったんです。
そのバッジにはすごく効果があって、つけ始めてから4か月間はまったく痴漢に遭わなかったそうです。
――それまでは、1年間遭い続けていたのに。
松永:はい。その話を聞いて「すごく効果があるんだな」と思ったのと同時に、いたたまれない気持ちにもなったんですね。お母さんが作ったバッジだからサイズはすごく大きいし、デザインも正直言うとださかったんです。誰に聞いても「これをつけて電車に乗る勇気はない」と言うほどで、バッジを作ったお母さん自身も「これをつけたら痴漢は引くだろうけど、周りの人も一緒に引くよ」と言っていました。でも、その女の子は「痴漢に遭うよりはマシ」と言って、身につけ続けた。
――インパクトが大きいし、このバッジをつけていたら痴漢に遭わなくなるとは思います。でも、かなりハードルが高そうですね……。
そこで、「もうちょっと可愛くて誰でもつけることのできるバッジを作ろう」と思ったんです。この子を一人ぼっちで戦わせておきたくなかったから「もっと可愛い缶バッジにして、いろんな人にもつけてもらおうよ」って。
それでクラウドファンディングで缶バッジとデザインを募るお金をつくり、そこからプロジェクトが始まりました。
――もっと身につけやすいデザインにする。結果、ほかの女性も痴漢抑止バッジをつけるようになれば、同じ思いを持つ仲間が自然と増えていくことになりますね。
「この子は同意しているんだろう」と思い込む痴漢加害者
松永:はい。だけど、痴漢に遭って困っていたのは彼女だけではなかった。クラウドファンディングの担当になってくれた女性は、痴漢抑止バッジの原型の母娘が作ったバッジを見て「高校時代によく痴漢に遭っていたけれど、そこで『嫌だ』と言う権利は私にもあったんですね」とおっしゃったんです。彼女は痴漢に遭っても、一度も「嫌だ」と言えなかった。そもそも、その権利があると考えたこともなかった。だって、子どもの頃は「大人の言うことを聞く子がいい子だ」って育てられるでしょ? 電車に乗って自分の体に当たってくる手を「混んでるから仕方がないのかな」と我慢していたら、スカートや下着のなかに手を入れてきたり、膣のなかに指を入れてきたり……。そうなると、恐怖と恥ずかしさで声を出せなくなります。その結果、「この子は逆らわないし嫌がらないから、痴漢に同意しているんだろう」と加害者側は勝手に思う。
特に高校生くらいだと、手がぶつかってきたときすぐに「これは痴漢だ」と気づくことができない。だから、私はよく「手が3回当たってきたら痴漢だよ」と言っています。痴漢側も、スカートのなかにいきなりガッと手を入れてくるのはめずらしい。
そのときに「偶然かな?」と思ってじっとしていると「この子は逆らわないみたいだ」と手のひらで撫で回したり、スカートのなかに手を入れたり、段階を踏んできます。こんなふうに「この子はオッケーなんだ」と思われると、翌日からは本当にひどいことばかりされてしまう。
そういった経緯もあり、高校生の女の子を一人ぼっちにしておきたくなかったので、痴漢抑止バッジのクラウドファンディングを行いました。そうしたら、批判も多かったけれど予想以上に応援してくれる方も多かった。痴漢被害を受けたときのつらさを訴える声も多かった。だから、「これは一回で終わらせちゃいけないな」と思って社団法人を立ち上げました。
痴漢抑止バッジを目にした加害者がハッとする“認知の歪み”
――バッジが可愛いデザインになっても、やはり痴漢は躊躇するものですか?
――それは、先ほど伺った「ノック行動」とつながりますね。
松永:そうですね。いや、なんか……斜めに行ってますよね。「『嫌だ』と言ってる子にはしない」って、女性が100人いたら100人全員が「嫌だ」と言うに決まっているんですけど。明らかに“認知の歪み”がありますね。
――バッジを見て、そこで初めて痴漢はハッとする……ひどすぎるボタンの掛け違いです。ちなみに、痴漢抑止バッジは無償配布ですか?
松永:2022年3月から無償配布しています。今まで、2万9394個(2025年9月末現在)のバッジを配布してきました。
ある日、バッジの送付先の住所を見たら養護施設の方から申し込みが来ていました。子どもって自分のお小遣いだけでは通販なんてできないじゃないですか? ネット通販にしたらクレジット決済にも対応できなくなる。親や周りの知人に相談できない子がバッジを入手するために、無償配布できるようになって本当にうれしいです。
女性が「男はみんな痴漢予備軍」と思ってしまう理由
――ここで、別の角度からの質問もさせてください。私は男なので男性側の意見です。もちろん痴漢は憎むべきものですが、女性のなかには「男はみんな痴漢予備軍」という意見を持つ人もいます。そういう声を聞くと「いや、そんなことはないのだけどな……」という気持ちも正直あります。松永:はい。
――やはり、そう考えている女性は多いものですか?
松永:正直、この活動を始めるまでは私も「男性は普通に痴漢をするもの」と思っていました。私が生まれて初めて痴漢に遭ったのは8歳のときで、それからずっと痴漢に遭い続けてきました。だから、そういうものと思い込んでいた。でも、活動を始めてみるとクラウドファンディングの3~4割は男性からのご支援だったんです。
あと、新しいバッジのデザインを考えてもらうために毎年開催している「痴漢抑止バッジデザインコンテスト」に応募してくれるのも、3割ぐらいは男子学生です。当センターに寄付をしてくださる人のなかにも男性はいっぱいいます。
で、私が「今、こういう活動をしてるんだよ」と痴漢抑止バッジの話をすると「もし、『痴漢から守ります』というバッジを作ってくれたら、俺はそれをつけて電車に乗るよ」と言ってくれる男性もすごく多かったんです。
――第三者がつける「痴漢から守ります」というバッジ、それはいいかもしれませんね。
松永:「『痴漢から守りますバッジ』を作ってほしい」という声は、活動当初からありました。私も「それはいいアイデアじゃないか」と思って、バッジの原型を作った母娘へ伝えたんです。でも、即答で「ダメ」と言われました。
――なぜ?
松永:理由は、「痴漢がそのバッジをつけながら痴漢をしてしまうから」。「痴漢から守ります」と書かれたバッジをつけながらいつもどおりに痴漢して、被害者の女性が「この人、痴漢です!」と言っても「俺はこういう活動をしてるんだ、そんなことするわけないだろう」と言い逃れてしまう……そんな恐れがあります。
――なるほど……、味方のふりをして近づいてくる可能性があるのですね。
松永:で、この話をするとみなさん同じように驚きます。その驚いている表情を見ると、「この人は痴漢をしようなんて考えたこともないんだな」とわかりました。だって、痴漢だったら悪用の方法を真っ先に考えるでしょうから。だから、大半の男性は痴漢をしたことがないと、活動を始めてからようやく信じられるようになりました。
――男性側からすると「それは当然」という話なのですが、そう思わせてしまう体験が女性側にもあったのでしょうね……。
松永:あるウェブサイトが数百人の男性を対象に「意図的に電車の中で痴漢したことがありますか?」というアンケートを採ったんです。すると、9.7%の人が「はい」と答えていたんですね。
仮に男性の10%が痴漢をする加害者だとしても、その人は周囲に「俺、痴漢してるんだ」とは言わないでしょう? だから、男性からすると「俺の周りに痴漢なんかいない」となる。でも、たった一人の痴漢がいるだけで数百人の女性が被害に遭うんです。だから、被害の数と痴漢の人数の差が大きすぎるんです。
――ああ、そうか……。一人の痴漢がいたら、×数百ぐらいの被害者がいるかもしれないんですね。
松永:はい。現状では加害者が治療につながるまでに平均約8年かかっているそうです。その間、ずっと痴漢行為が繰り返されているから、一人の痴漢が捕まるまでの被害者の数は少なく見積もって数百人と言われています。
痴漢抑止バッジで痴漢と関係のない学生も活動に巻き込んでいく
――痴漢抑止活動センターでは、主にどんな活動をしているのでしょうか?松永:メインの活動として行っているのは、毎年開催している「痴漢抑止バッジデザインコンテスト」で、2025年で11回目になります。
――ということは、バッジは毎年リニューアルされているのですか?
松永:リニューアルというか種類が毎年増えていて、痴漢抑止バッジは現在50種類くらいあります。
痴漢の被害者って高校生や大学生など学生が圧倒的に多いのですが、すべての学生が被害に遭っているわけではありません。「俺、男だから関係ない」「私、自転車通学だから関係ないし」という子も多いです。
そういう子たちに「痴漢はあなたたちに身近な犯罪で、同じ年頃の子が狙われているんだよ」と知ってもらうことも抑止活動の一つです。加えて、「あなたたちが考えたデザインで同世代の仲間を助けてほしい」というメッセージをコンテストを通じて伝える必要もある。
松永:それだけでなく、自分の娘や息子が痴漢抑止バッジをデザインしていたら、保護者も興味を持ってくれるじゃないですか? だから、いろいろな層を巻き込むことができるんです。
今まで、16,636人の方がコンテストに関わってくれました。それだけの人が痴漢問題について考える機会があったという事実。これは、意義としてすごく大きかったと自負しています。
今年のコンテストには1,114作品の応募がありました。11月4日からWeb上で行う最終審査は誰でも参加できます。
痴漢抑止活動の先に目指す社会
――最後の質問ですが、痴漢抑止活動センターではどんな社会になることを目指されていますか?松永:それは、痴漢抑止バッジが必要ない社会です。
――そうですね。
松永:はい。痴漢がいなくなって、痴漢抑止バッジがなくても安心できる社会。あらゆる性暴力がなくなること。
――同じ女性側から「なぜ、女性側にばかり負担を強いるのか?」という声もあったそうですが、そういった負担も必要のない社会ですね。
松永:必要ない社会ですね。
痴漢抑止バッジコンテストに参加してくれた学生は、痴漢をしない大人になると思うんです。また、痴漢や盗撮の現場を目撃したら被害者を助けてくれる存在になると思います。そういう人が増えていけば、痴漢をやりにくい社会になるじゃないですか? それが一番いいと思っています。
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痴漢抑止のための活動をしているはずが、男性側だけでなく女性間でも巻き起こっていた賛否両論。しかし、それらの声をすべて飲み込んだうえで「痴漢抑止バッジが必要のない社会」を同センターは目指します。
広い視野で押し進められている、この痴漢抑止活動。女性と男性が協力し合い、初めて取り組みは成就します。
<取材・文/寺西ジャジューカ>
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