女子高生起業家として話題を集めた実業家の椎木里佳さんも、『けんちゃん』に心動かされた一人。幼い頃からダウン症の従兄弟・俊太朗さんと共に育ってきた椎木さんは、小説の主人公・けんちゃんの描写に、従兄弟と重なる部分を見出したといいます。
そんな二人が初めて邂逅。ダウン症児のリアルな日常の姿や、社会が抱く障がい者への偏見、スローガン化する「多様性」への違和感、そして誰かを追い詰めることのない「自立」のあり方まで、広く語ってもらいました。
好きなものにまっすぐで嘘がない。“けんちゃん”と“俊さん”の共通点
――『けんちゃん』を読んでの椎木さんの率直な感想はいかがでしたか?椎木里佳さん(以下、椎木):小説の中のけんちゃんの姿は、私の従兄弟の俊さん(俊太朗さん)とも重なる部分が多くて、「そうそう、こういうところあるよね!」とすごく共感しながら読ませていただきました。
こだまさん(以下、こだま):ありがとうございます。椎木さんがInstagramなどにアップされている俊太朗さんとの写真を見ると、小さい頃から一緒に過ごして成長を共にしてきたことが伝わってきます。
こだま:え、本当ですか!? 実はけんちゃんのモデルとなった子も嵐が大好きで、自分の家計簿に、なぜか嵐の5人の収入と支出を勝手に考えて、家計管理をしていました。
椎木:嵐好きという思わぬ共通点が(笑)。けんちゃんも俊さんも、率直で嘘がなくて、好きなものにはまっすぐ。嫌なものは嫌だとはっきりしているところが似ていますね。私が難しく考えすぎてしまっているときに、「いいね」「楽しいね」とすごくシンプルな感情で肯定してくれる俊さんの存在に救われることもたくさんありました。人生のさまざまな局面で、周囲からの見方や扱いが変わっても、俊さんだけはフラットだったなと思います。
こだま:私が特別支援学校の寄宿舎で働きはじめたばかりの頃、なかなか周囲の輪に溶け込めずに一人で洗面所を掃除していたことがありました。そのとき、けんちゃんのモデルになった子がすーっと近寄ってきて、無言で一緒に掃除をしてくれたんです。無理に言葉を交わさずとも、黙って寄り添ってくれるだけで気持ちがすごく軽くなったのを覚えています。
椎木:社会や他人に対して偏見を持っていないからこそ、思わず自分をさらけ出したくなってしまうような魅力が彼らにはありますよね。
障がい者とのタッチポイントが増えれば、無知や偏見は減ると思う
――幼少期から一緒に育ってきた椎木さんが、俊太朗さんの障がいを初めて意識したのはいつ頃ですか?椎木:俊さんが他の子と違うのかもしれない、と思ったのは、私が幼稚園の年長くらいの頃。水族館で体調が悪くなってぐずりはじめた俊さんを見て、すれ違う人から「やばくない?」「変わってるよね」といった奇異な視線を向けられたときでした。大きくなるにつれて、周囲からの「かわいそう」とか「見ちゃダメ」といった心ない言葉を耳にするようになって、世間からはそういう風に思われるんだ、ということを初めて知った感じですね。
椎木:世間は「何もできない」「かわいそう」というバイアスで障がい者のことを決めつけがちですが、実際に見る彼らの姿はそうしたイメージと全然違います。俊さんは一人で電車移動もできるし、就労支援のカフェで立派に働いている。ビールやレモンサワーが大好きで酔っ払ってご機嫌になることもあるし、彼女がいてデートもしていますよ。
こだま:世間が勝手に「障がいのある人が一生懸命にがんばっている」という“感動の材料”にしてしまうこともありますよね。実際は、ただ自分の好きなものに夢中になって、当たり前の日常を過ごしているだけなのにな、と思います。
椎木:結局、障がい者への無知や偏見が生まれてしまうのは、彼らとのタッチポイント(接点)が少ないからだと思うんです。俊さん自身も、特別支援学級というある種限定的な環境から社会に出て、就労支援のカフェなどでさまざまな人と接するようになったことで、コミュニケーション能力が格段に向上したのを感じます。
こだま:障がいのある人が街にいることがもっと当たり前になってほしいですね。家に閉じ込められたり隠されたりせず、みんなと同じように生活を楽しんでいる姿を多くの人に知ってもらうことが一番大切だと思いました。
スローガン化する「多様性」への違和感
――『けんちゃん』を読むと、「健常者」と「障がい者」、「ふつう」と「特別」の境界線はどこにあるのだろう、と考えさせられます。
こだま:私も周囲に比べてうまくできないことが多くて、かつては「ふつうのみんなと同じようになりたい」という強迫観念のような気持ちが強かったんです。でも、特別支援学校の寄宿舎で働いてみて、生徒たちがのびのびと楽しく生きている姿を見ていたら、「ふつう」って何だろう、「ふつう」なんてないんじゃないか、と悩むのがばからしくなりました。
こだま:それでは、本当の意味で社会に出る楽しさや仕事のやりがいにつながらないですよね。
誰かに頼りながらでも「自由」でいられることこそ「自立」
こだま:かつて実家で暮らしていた頃は、「自分の力で稼いでいないから自立できていない」と落ち込んで萎縮して生きていた時期がありました。でも、けんちゃんをはじめとする寄宿舎の生徒たちと出会った経験を経て、働いていなくてもその中に楽しさを見つけて生きればよかったのだ、と今なら思えるようになりました。
椎木:私が自立しているかというと、夫や子どもをはじめとする家族に甘えたり支えてもらったりしながら生きているので、自立できているとはまったく思いません。いわゆる「健常者」であっても、必ず誰かから支援を受けたり依存したりして生きている。
こだま:「働いていない」「稼いでいない」ということだけで、自立していないと人を追い込んでしまうのはよくないですね。
椎木:その点、けんちゃんは自由にのびのびと生きているという意味では、立派に「自立」していると思う。障がいをテーマにした物語は、当事者や当事者家族の体験談などのノンフィクションが多いからこそ、こだまさんのように周囲の温かい目線から描かれたフィクションの存在はすごく新鮮でした。
こだま:私は当事者でも当事者家族でもないので、最初はこの本を出すことにためらいや不安もありました。でも、実際に本を読んでくださった当事者家族の方から「うちの子に重ねて読みました」「家族には見せない学校での顔が目に浮かんだ」と声を寄せていただくことも多くて、今は書いてよかったな、と思えるようになってきました。
椎木:当事者家族にとっても、温かいサポートを受けたような気がして純粋に嬉しかったです。こういう作品が増えてほしいと思いますね。
1997年、東京都生まれ。中学3年生で株式会社AMFを創業。「JCJK調査隊」によるマーケティング調査や「JCJK流行語大賞」の発表など、Z世代マーケティングの先駆者として話題に。
【こだま】
作家。デビュー作となる私小説『夫のちんぽが入らない』(扶桑社)が、Netflix・FODでドラマ化されるなど大きな反響を呼ぶ。また、エッセイ集『ここは、おしまいの地』(太田出版)は、第34回講談社エッセイ賞を受賞した。本作『けんちゃん』が著者初の創作小説となる。
<取材・文/福田フクスケ 撮影/杉原洋平>
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