一気にこれからの生活への期待がしぼみ、産むべきか、中絶すべきか、あるいは中絶期間を過ぎていたらどう育てていけばいいのかーー。
元奈良キリスト教会牧師の松原宏樹さん(57歳)の元には、上記のような状況に陥った両親から、ひっ迫したSOSが年間50件近く寄せられる。こうした相談に対して、松原さんは『小さな命の帰る家』と題して、独自で養親探しのサポートや、一時的なレスパイト(介護や育児など日常的に誰かのケアを行っている人が休息できるための短期的な支援)を提供している。
自身も2人の障害児を養子として迎え入れている松原さんに、障害を抱えた子どもや、望まない形で子どもを授かった親たちについて聞いた。
「妊娠した事実を忘れたい」という相談も
厚生労働省の発表によれば、2024年度の人工妊娠中絶件数は12万7992件と、女性人口1000人あたり約5.5人が中絶を選択している。その背景には経済的な問題や、DVなどパートナーとの関係悪化など、複合的な要因が絡むなか、「胎児が障害を抱えていた」というケースも存在する。胎児が障害を抱えるのは、主に先天的な要因とされている。遺伝子や染色体の変化、母体の妊娠中の健康状態など、複数の要因が重なって疾患や障害につながる場合がある。典型例として、発達の遅れや先天性心疾患を伴うこともあるダウン症や、乳児期に発症する難治性のてんかん症候群など、生まれながらに医療的ケアや継続的支援が必要になる。
もちろん大変なのは、子どもだけではない。両親にとっても「つきっきりで面倒が必要なため共働きが難しい」「子どもの将来の進路や生活の見通しが描きにくくなる」など、負担を強いられる環境を余儀なくされる。
松原さんの元には、こうした境遇に耐えられない両親から、年間50近い相談が寄せられる。
「私のもとに連絡をくれる親御さんは、すでに“子どもを手放す覚悟”が決まっている方が大半です。
最初は子どもを受け入れようと頑張っていても、入院や手術の際に付き添いを求められて、現実を直視せざるを得ない。こうした状況が重なることで、心が折れてしまうケースも散見されます。
また、一定数の親御さんは、子どもの延命を避けるため、手術など適切な医療の受診を拒否する場合もあります。なかには相談の電話だけして、新生児が入院している病院に一度も来ない……なんてパターンも。初めは望んで妊娠したはずの子どもを、そこまでして無かったことにしたい、それだけ追い詰められているのです。
結果的に、お母さんが精神的にやられてしまうケースも珍しくありません。『子どもと心中することを考えている』と打ち明けたり、自宅で包丁を振り回したりするほど錯乱してしまう方もいました」(以下、松原さん)
「親子ともに心中した方がまし」
「胎児が障害を抱えていると知った旦那さんが、家出してしまうケースや、同時期に浮気が発覚した事例もありました。他にも、両親に『ダウン症の子が生まれた』と打ち明けたところ、『人間でないものを産んだのか』と言われ、これ以上子育てするのは厳しいと断念された方もいます。
お母さんは、子どもが障害を抱えているショックに加え、二次的に親族との関係がこじれてしまう悩みにさいなまれる場合が多いです。おなかの子をどうするのか以前に、精神的に不安定になり、生活がままならなくなってしまうこともあります」
第三者から見れば、支援が必要な子どもを手放す決断は、非情に映るかもしれない。
ただ、当事者の立場で、同じことが言えるだろうか。成長や発達の見通しが立ちづらいうえ、つきっきりのケアに追われることを考えれば、将来像は思うよう描けなくなる。
ショックのあまり、いっそのこと「妊娠をなかったことにしたい」「親子ともに心中したほうがましかもしれない」ーー。松原さんのもと寄せられる相談内容を聞くと、そう思わざるを得ない切実さも伝わってくる。
医療費を払わない母親も
こうしたSOSに対して、一方的に親御さんを責めることをせず、松原さんは包括的なサポートを行ってきた。まず相談を受けると、親子の状況を確認しつつ、子どもを育てられないか説得を試みる。前述した通り、相談者のなかには、医療の受診を拒否している場合や、母親が精神的に不安定なケースも多い。緊急性を要すると判断した場合は、遠方であっても可能な限り全国各地を飛び回る。
両親の説得が難しい場合は、専門里親(虐待や障害などの理由で専門的なケアが必要な子を養育する)や、特別養子縁組(家庭裁判所の審判により実の子と同じ法的な親子関係を結ぶ制度)などの受け入れ先を検討していく。担当医など第三者の意見を踏まえつつ、客観的に必要性を判断して養親を募る。
受け入れ先が見つかるまでの期間も、親子のサポートは欠かせない。妊娠中であれば産婦人科の受診に同行したり、出産を終えている段階であれば治療を受けてもらうよう説得したりする。
その後、無事に受託先が見つかれば、養子縁組の手続きなどを行い、引き渡しして一件落着……。
一連の支援を行うなかで、実親が子どもを手放す瞬間にも、多々立ち会ってきた。
「最初は子どもを受け入れられなかった両親が、引き取り先が決まって別れが近づいてきた際に、病室で子どもを抱っこしている光景もありました。そうした瞬間は、子どもが生まれてきて良かったと、どこかホッとします。
引き渡した後も、子どもの誕生日に毎年、プレゼントを贈ってくれる実親もいます。その方は当初、面会すら来なかったのですが、結果的に今でも実子のことを思ってくれるのは嬉しいですね。
反対に、最後まで子どもとの面会を拒絶するご両親のほうが多いのも事実です。最後まで『手違いで子どもが戻ってくることはないか』と確認されるお父さんや、医療費を払わないまま連絡もそれきりの家庭もあり、実親さんの気持ちはさまざまです」
養親が見つかるのは10%前後
しかし現状として、養親が見つかるのは、体感値で10%前後だという。司法統計年報の発表によれば、2024年の特別養子縁組の成立件数は563件とされている。ただ、松原さんの実情では、障害児であればハードルは一気に高くなるという。
松原さんは「医療的ケアが必要な子どもは、日本全国でも頼れる場所がほとんどない。それほど行政も法整備も、障害を抱えた子どもを前提として動いていない現状にある」と嘆く。
活動を続けるなかで、養親が見つからないケースにも直面した。そうしたなか松原さんは、自身で特別養子縁組を結び、現在2人のダウン症に加え、重い心臓などの合併症を抱えた子どもを育てている。
年間50件のSOSは、いまも届き続けている。養親が見つかるのは約10件に1件。残りの命がどこへ向かうのか、松原さんが追えないケースの方が多いのが現状だ。
障害を抱えた子どもを産む、育てる、手放す──。その選択のどれもが、追い詰められた末の決断だ。正解を問う前に、せめてその決断を受け止める場所が、社会にはもっと必要なのかもしれない。
<取材・文/佐藤隼秀>
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