活動の一環として、松原さん自身も50歳を超えてから、2人の障害児を養子として迎え入れた。以降、牧師の仕事を続けることを断念し、退職金を切り崩しながらも育児や活動に尽力している。
日々のケアに追われ、生活は決して楽なものではない。2人の成長のペースもまた、世間一般の物差しとは異なる。それでも、松原さんは子育てを「この上ない喜び」と話す。
食事や排泄もつきっきり
現在、7歳のやまとくんと、5歳の恵満ちゃんを育てる松原さんの日常は忙しない。
「やまとくんはダウン症候群と重い心臓疾患を抱え、発達は1歳前後で喋ることはほとんどありません。上あごが大きく、下唇が分厚いため、咀嚼が難しい。食事はつきっきりで与えています。排泄も手助けが必要なうえ、睡眠障害や発達障害を抱えているため、常に3~4種類の薬を服用させます。
恵満ちゃんもまた、ウエスト症候群という重いてんかん症候群と、染色体の異常があり、医者からも今後の成長がどうなるかわからないと言われています。
また、気管切開をして人工呼吸器を使用しているので、肺に痰が溜まらないよう1日3回、痰の吸引します。やまとくんと同様、投薬も欠かせません」
2人分の食事や投薬、排泄の介助のほか、養護学校やデイサービスへの送り迎えもあり、日中に気を休められる時間はわずかだ。夜遅い時間も、やまとくんは添い寝が必要で、恵満ちゃんには痰の吸引を行うため、睡眠は細切れになる。
退職金を切り崩しながらの生活
加えて、冒頭にも示した通り、松原さんは『小さな命の帰る家』の活動として、親御さんの相談や養育先探しなどの支援にも奔走する。育児の合間を縫って、障害児を持つ親御さんの相談に乗る傍ら、受け入れ先の紹介も請け負う。専門里親(虐待や障害などの理由で専門的なケアが必要な子を養育する)や、特別養子縁組(家庭裁判所の審判により実の子と同じ法的な親子関係を結ぶ制度)などの受け入れ先を探す。
やまとくんと恵満ちゃんの育児は、松原さんの妻や同居している実子が協力的なため、分担しながらおこなっている。それでも育児と並行して、諸々の活動をこなすと、それまで続けてきた牧師の職を断念せざるを得なかった。
資金面も、現在は赤字で、退職金を切り崩しながらの生活だという。
収入源は、松原さんの講演費や地方紙への原稿費に、働いている妻の給料、活動の寄付金などで賄っている。一方で、支出は、家庭の生活費や2児の医療費に留まらず、全国各地からSOSを寄せる親御さんのもとへ向かう往復の交通費も重なる。
「基本的には、親御さんからの相談は電話で対応しているものの、どうしても“緊急性”を要する局面もあります。
それから子どもの延命を防ぐため、治療に同意しない親御さんも一定数います。幼い頃に患った障害を放置すると、後遺症や命の危険にも直結するので、そうした際は親御さんを説得するために病院へ向かうこともあります。
これらはあくまでも一例に過ぎませんが、ひっ迫した状況の相談は絶えません。当然ながら、障害を抱えた子どもを助けるためには、まず親をケアしなければなりません。仮に、両親やネグレクトや心中をすれば、犯罪者になりうるケースも想定されます。最悪の事態を防ぐため動かざるを得ない場合もあります」
2人の障害児を引き取った経緯
「やまとの場合は、お母さんが妊娠22週目で、中絶ができる期間を過ぎてから相談を受けました。当時、やまとの実母は検査でお腹の子どもに障害があることがわかり、中絶もできないので自殺しようか、産んでから飛び降りようかと、切羽詰まっている状況で相談をもらいました。その方はすでに子どももいたので、かなり危ないなと身構えたのを覚えています。そこからお母さんを精神科につなげつつ、『引き取り先はいるので安心してください』と説得して、やまとが生まれました。
しかしその後も、心臓の手術をする際に、親御さんが手術の同意を拒否されたんです。病院から『このままでは命が危険なので説得してほしい』と電話をもらい、最終的に『私が引き取るので安心して同意書にサインしてほしい』と同意をもらいました。その後、やまとが生後数ヶ月のときに、養子縁組の手続きを行って私たちにバトンタッチ。そこから私たちとの生活が始まりました」
ほどなくして、恵満ちゃんも引き取る運びとなる。
「恵満に関しては、生みの親が『これ以上関与したくない』という状況でした。恵満が入院している病院に来ないどころか、医療費も滞納しており、恵満は替えの服もない状態でした。そこで早めに、家庭裁判所で親権を取るための手続きを行い、養子縁組の申立書にサインをもらい、手術をおこないました」
恵満ちゃんの場合のように、松原さんのもとに相談だけして、あとは連絡が取れなくなる実親は多いという。それだけ「障害を抱えた子どもを忘れたい」「その事実を無かったことにしたい」と、事態を受け入れられない当事者も珍しくない。
障害児との生活が豊かだと感じた瞬間
それでも松原さんは、「2人の成長を見守るのは幸せで、多々気づかされたことも多々あった」と語る。
「やまとも恵満も発達が遅れているため、言葉による会話ができません。
普通の子どもであれば、2~3歳から言葉を覚えて会話するなか、2人はそれができません。ただその代わり、言葉だけでなく、表情や仕草、その時の雰囲気などを含めたコミュニケーションを教えてもらいました」
2人の成長速度は遅いだけに、周りの子どもと同じような通学や就職は難しい。それは一見、ショックに思えるが、松原さんは「幸せの尺度が変わった」と続ける。
「一般的に子育てをしていると、受験や就職など事あるごとに、他所の子どもと比べて優劣をつけてしまう瞬間が多々あると思うんです。それが2人にはまったくないので、周囲の雑音から解放され、平穏な日々を送れるようになったのはありがたいと感じています。本来、人の生き方に生産性や効率性など関係なく、各々のペースで生きればいい。そう心から思えたのは、2人を育てているからこそでした。
これから2人が、どう成長していくのか未知な側面はありますが、独自のペースで生きてくれたら嬉しいですね。いずれ一緒にご飯を食べに行ったり、軽く晩酌をしたり、そんなことができたらいいなと思います」
2人が成人を迎える頃には、松原さんは70歳になっている計算になる。
ここまで振り返ると、松原さんがそこまでして障害児のために尽力するのか、その原動力がどこにあるのか気になる。
健常児のような成長は期待できず、育児に労力もかかる。それでも「幸せの尺度が変わった」という松原さんの言葉には、ハッとさせられる。
受験や就職など一定の尺度を気にしない場所で、やまとくんと恵満ちゃんは、今日も自分のペースで生きている。その小さなやりとりの積み重ねが、松原さんの原動力になっているのかもしれない。
<取材・文/佐藤隼秀>
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