厚生労働省の発表によれば、2024年度の人工妊娠中絶件数は12万7992件。15~49歳女性人口1000人あたりでは約5.5件とされている。
その背景には経済的な問題や、DVなどパートナーとの関係悪化など、複合的な要因が絡むなか、「胎児が障害を抱えていた」というケースも存在する。

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 元奈良キリスト教会牧師の松原宏樹さん(57歳)は、障害を抱えた子どもや、妊娠した家族に対して、独自で相談対応や受け入れ先紹介などの支援を提供。2018年に『小さな命の帰る家』を立ち上げ、以来、年間50件近くの相談に乗ってきた。

 また自身も、特別養子縁組により迎えた2人の障害児を育ててきた。現在は牧師の職を離れ、退職金を切り崩しながらも、幼い命を守るため尽力する。

 なぜそこまでして奔走するのか――。活動の原動力や、世間に伝えたいメッセージを聞いた。

40代で父から告げられた衝撃の告白

2人の障害児を育てる57歳・元牧師が「出生前診断」の広がりに疑問「弱い者を取り除く社会が本当に豊かなのか」
左からやまと君、松原さん
 私が障害児を救う衝動はどこから湧き出てくるのかーー。それを確信するのは、松原さんが40代の時だった。

「当時、母が病気で入院しており、母の家を整理していたんです。

その時、一緒に片付けていた父から、『実はお前には兄弟がいる』と言われました。それまで一人っ子として育ってきたので、混乱しながらも話を聞くと、母は子どもが嫌いだったらしく、私の前に妊娠した兄弟を中絶したことを聞かされました。

私に存在しない兄弟がいて、自分も中絶されていた可能性がある。
母はなぜ中絶を選択して、父はどう思っていたのか。自分は必要とされずに産まれてきた子どもなのか……。さまざまなことが脳内を巡り、あまりのショックに言葉を失ったのを覚えています。そうした自分の境遇は、障害を抱えて生まれてきた子どもにも通ずるところがある。それが活動の原動力になっている気がしています」(以下、松原さん)

 振り返れば、幼少期から、“自分は望まれていない子どもだ”と感じる瞬間は多々あった。

 幼い頃から家に両親はほぼいない。金銭苦から風邪をひいても病院には行けず、友達の家に遊びに行けば昼ご飯が豪華なことに驚いた。当時の詳しい家庭や両親の状況はわからないものの、ネグレクト気味な扱いを受けて育ってきたのは確かだった。

 中学生になると、反発心から不良グループとつるむようになる。次第にタバコを吸ったり、バイクを盗んだりしては、警察の面倒にもなり、典型的な不良少年となっていった。

 家庭にも居場所がなく、あわや中絶されるかもしれない運命だったことを踏まえると、全人愛を掲げるキリスト教に傾倒したのも自然の流れかもしれない。高校生の時に偶然、テレビで福音放送を観たことで、『ここに自分の存在を受け入れてくれる場所がある』と直感した。


「幼少期から一貫して、自分の人生や感情を否定する衝動を抱えていたのですが、その理由や背景は明確にはわからなかったんです。それで高校生の時にキリスト教会に行き、『自分は存在してていい』というメッセージをもらった気がして、すごく心が救われたんですね」

 それ以降、教会で洗礼を受け、牧師としての活動が始まった。

2010年の「大阪2児餓死事件」が契機に

2人の障害児を育てる57歳・元牧師が「出生前診断」の広がりに疑問「弱い者を取り除く社会が本当に豊かなのか」
手前からやまと君、恵満ちゃん
 牧師として活動を続ける傍ら、虐待やネグレクトにより、子どもが亡くなる報道に心を傷める。

 印象的だったのが、2010年に起きた「大阪2児餓死事件」だった。当時、3歳の女児と、1歳の男児が、大阪市西区のマンションで遺体で発見された。

 詳細は割愛するが、報道ではシングルマザーの母親が、2児を育児放棄して、交際相手と外泊を重ねていた。鑑定から、餓死した2人の胃の中には、マヨネーズと段ボール片のようなものしか残っていなかったとされる。

「その時の報道がとてもショックでした。自分は牧師としての活動を続けながら、本当に困った人に手を差し伸べていない。困ってる母子に手を差し伸べたことがあるのかと看過できなかったんですね」

 その後、周囲の反対もありながら、幼稚園を設立した。園児や保護者との関わりを続けるなか、ある保護者から日本の中絶件数が多い事実を聞かされる。

 厚労省の統計によると、人工妊娠中絶件数は、ピーク時の1955年は約117万件とされている。

 想像を上回る数字を目の当たりに、松原さんは使命感を覚え、自身で望まない妊娠をした女性にコンタクトを取り始める。
その最中で協力的な産婦人科に出会い、望まない妊娠や障害がわかった胎児の相談窓口ができ、『小さな命の帰る家』の活動につながっていった。

「特別養子縁組の活動を続けていく中で、障害を抱えていたり、医療的ケアを必要とする子どもは、実質的には特別養子縁組の対象になれないと痛感しました。

要は、障害や難病を抱えた子どもを想定した法整備とは思えないんです。そうした子どもを受け入れた養親に支援もなければ、つきっきりで面倒を見ていく際の手当てや精神的ケアもない。

現状では、子どもをもらってくれる養親もほぼいないです。やはり皆さん、健康な赤ちゃんをもらうのを前提としています。それで私としては、一番大変な分野に介入していこうと思い、いまの活動が形作られていきました」

「優生思想」に思うこと

2人の障害児を育てる57歳・元牧師が「出生前診断」の広がりに疑問「弱い者を取り除く社会が本当に豊かなのか」
恵満ちゃん
 現在、松原さんは牧師としての活動はほぼできず、退職金を切り崩しながらの生活を送る。

 そこまでして事情を抱えた子どもを育てるのは、社会で可視化されづらい存在を救いたい想いが大きいからだろう。前述したように、松原さんの母も中絶を経験しており、「自分も望まれてこなかった子ども」という感覚があったからだ。

 それだけに、世間的には「障害や難病を抱えた子どもが蔑ろにされている」と、松原さんは疑問を投げかける。

 その1つが「出生前診断」だ。これは妊娠中に赤ちゃんの染色体異常や、先天的な形態異常の有無を調べる検査であり、出生後の早期治療やケアを目的に実施されている。
この出生前診断に対して、松原さんは持論を展開する。

「現状では、障害を抱えた子どもに対して、国の予算で支援策もつかなければ、福祉も充実していない。そうした子どもたちの行く場所は保証されていないのが実情です。むしろ出生前診断によって、障害を抱えた子どもを取り除こうとする風潮が高まっていると懸念しています。

『出生前診断によりダウン症の子どもが減った』という見方もありますが、こうした言説を見るとやるせない気持ちにもなります。結局、出生前診断は、障害や難病を抱えた子どもを減らそうとしているのではないか……。

もちろん早期治療などの目的もあるのは重々承知ですが、そうした弱い者を取り除こうと傾く社会が、本当に豊かなのでしょうか。むしろ優生思想につながる怖い風潮だと危惧しています」

 側から見れば、障害児やその両親を支援する活動は途方もない労力がかかる。

 ただ、根源的なことを言えば、「人の命の重さは異なるのか」「人生に生産性や効率を求めるのは正しいのか」という問いにたどり着く。松原さんの半生からは、それぞれの命に大きさや重さを図る価値観自体が歪んでいると気づかせてくれる。

 もちろん当事者の立場になれば、産んで育てるか、中絶するか、社会的養護に託すか。その選択は簡単ではない。


 だが少なくとも、松原さんの活動からは、見えない場所で消えかける命があるという現実が浮き彫りになる。支援が追いつかない社会で、重い選択を個人に背負わせていいのか――。松原さんは静かに問いかけている。

<取材・文/佐藤隼秀>
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