(嘉義中央社)南部・嘉義市中心部の噴水ロータリーに設置されている、日本統治時代の1931(昭和6)年に行われた夏の甲子園で嘉義農林学校(嘉農、現・嘉義大学)を準優勝に導いた野球部のエース、呉明捷氏の像が、修復される見込みとなった。嘉義市政府が23日、明らかにした。
像は一時的に撤去されるものの、今年7月に現在地で「再登板」する予定だとしている。

嘉農野球部の物語は「KANO 1931海の向こうの甲子園」のタイトルで映画化され、台湾で2014年、日本で翌年に公開された。呉氏の投球フォームをイメージした像は、嘉義出身の彫刻家、蒲浩明さんによって制作され、台湾での映画公開直前に設置された。

黄敏恵(こうびんけい)嘉義市長は報道資料を通じ、像は野球のふるさとである市と市民感情をつなぐ鍵だとした上で、寒波や台風の日も、都市を守り続けたと強調。修復は構造の安全性を強化するとともに、芸術的、歴史的精神を尊重すると述べた。

像は26日に一時的に撤去され、蒲さんの作業場で修復される予定。市政府は、噴水の電気設備も同時に整備するとしている。

呉氏は1931年の甲子園で4試合連続完投した他、4割以上の高打率を残した。嘉義農林卒業後は早稲田大学に進学し、36(昭和11)年には東京六大学の通算本塁打記録(7本、当時)を樹立した。83年に死去した。

(黄国芳/編集:齊藤啓介)
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