幼いころに口にしたフルーツの味が、70歳を過ぎても記憶に残っている。

それは、貧しくとも「子どもたちのおやつに」と母が手に入れた種のおかげでした。

――鹿児島県在住の70代男性・Nさんからのおたよりを紹介する。

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<Nさんからのおたより>

65年くらい昔、私が6歳頃の話です。

私の家はものすごく貧しく、当時44歳の母が、人からもらった雑誌の「あげます」コーナーで見た方にハガキを出して「時計草の種子」を送ってもらいました。

「実ったら子どもたちのおやつにでもなれば」との思いだったそうです。

96歳で亡くなるまで...

母は貧乏と家事、農作業などの忙しさのせいで、結局お礼状を出すのがかなわなかったそうです。

96歳で亡くなるまで、そのことだけが気がかりだと言っておりました。

貧しかった我が家 母が残していった、たったひとつの気がかり(鹿児島県・70代男性)
トケイソウの花(画像はphotoAC)

三男の私も、71歳になりました。お陰様で家業は順調です。

今さらながら天に向かって「ありがとうございました」と言わせていただきます。

あの時のパッションフルーツは、子どもには少し酸っぱかったです。


誰かに伝えたい「あの時はありがとう」、聞かせて!

名前も知らない、どこにいるかもわからない......。そんな誰かに伝えたい「ありがとう」や「ごめんなさい」を心の中に秘めている、という人もいるだろう。

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(※本コラムでは読者の皆さんに投稿していただいた体験談を紹介しています。プライバシー配慮などのために体験談中の場所や固有名詞等の情報を変更している場合がありますので、あらかじめご了承ください)

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