『目黒さんは初めてじゃない(1)』(著:9℃)
◎可愛くて、デリケートで、可愛い
音楽がきこえてくる本が時々ある。読んでいるうちに頭の中で何かしらの音楽が鳴りはじめる、そういう本は「当たり」だ。
『目黒さんは初めてじゃない』は、私にとって音楽鳴っちゃう系の漫画で、かすかなボリュームで流れるそれは、可愛くてデリケートで少し切なくて、やっぱり可愛い。
ああ可愛い。
Palcyで連載されている漫画はタイトルが特徴的な気がする。「一瞬で読者の気を引いて、即タップさせること」をとても大切に意識しているのか、フックがめちゃ強くてド直球なものが多い。本作は、タイトルの通り「初めてじゃない」“目黒さん”"と、目黒さんと付き合うことになった「ぜんぶ初めて」な“古賀くん”のお話だ。


さっそくコレだ。身もふたもない。古賀くんはもちろんだが、この眠たい猫のような目黒さんが実に素敵なヒロインなのだ。だって、古賀くん一世一代の告白にOKを出した理由すら……

ああ、身もふたもない。
「私は私! Let it go!」みたいなタフでインディペンデントな仁王立ち系ヒロインが増えてきて、もちろんカッコよくて大好きだが、「その自己肯定、必須?」とも思う。“自分を持つ”ことは、“個”を高らかに主張することは、あきらかな権利ではあるけれど、ゴールもしくは義務なの? きっと、他のオプションだってあるよね……とソワソワ落ち着かない私の心に、身もふたもない目黒さんは沁(し)みるし、古賀くんは癒(いや)しをくれる。
◎
ちょっと、レディー・ガガを思い出して!
「“ビッチ”という言葉を、もう使わないでほしい。
『目黒さんは初めてじゃない』を読みながら時々浮かんだのはその女優の顔と言葉で、同時に、自称でも他称でも「ビッチ」を口にする人のことを、まじまじと見てしまう自分のイヤーな癖の理由が少しわかった。

え? なになに? だったらなんなの? 「ビッチ」って、超絶リベラルで真面目でナイーブなレディー・ガガの歌でですら飛び道具なのを考えると、ほんと、取り扱い注意なんですよ。悪口としては恥ずかしすぎるし、もしも皮肉をかますつもりで使うなら、センス良くやろうぜ。つくづく奇妙で不思議な言葉だ。
◎怖かったのか、君ら
「女性のかつての性経験は、その女性の現恋人にとって“前科”に等しい」。これは、とある日本のおじさんが書いた言葉だ。そんな乱暴さ、本作にはどこにもないのに、読みながらこれも思い出してしまった。
そんなにか、私たちの過去は。(まあ私はこのおじさんの何者でもないけどさ)
でも、思わず半笑いで「え?」って聞き返したくなるこんなセリフも、「非処女」に攻撃的なネットのおばかさんたちのことも、『目黒さんは初めてじゃない』を読むと、わずかにわかったというか(わかんないけど)、ハハーンくらいの気持ちで観察する距離感が手に入る。

これです。
だから「女の恋は上書き保存、男は別名保存」っていう使い古された芸のないセリフにも「祈り」が込められているのかもしれない。「上書きだから! 大丈夫! ヨシ!」みたいな。万が一そんなことを本当に信じているならお前が真っ先に上書きされるよと思うが……。

ごめん! 古賀くんのこのモヤモヤ、私めっちゃ知ってる!! こういうモヤモヤから生まれる不安や焦(あせ)りとのドンパチを、私は謎の亡霊にぶつけているだけなのだ。ぶざま! 高潔に生きたいよ……古賀くんすごいよ。
◎
「答え」はもう出ている
本作はまだ1巻で、ソーダ水みたいな淡くて綺麗な表紙そのままのピュアでやさしい恋愛模様が楽しいのだが、「非処女と童貞」という可燃性抜群なテーマへの、この作品からの答えはもう出ている気がする。

いつだって「はじめて」は無限に起こりうる。だから私は、自分の中の「トゲ」を素直にしまって、おとなしく続きを待ちたい。
運よく座れた朝の満員電車で、何気なく『目黒さんは初めてじゃない』を取り出して読むことにしたのだが、私が乗っていたのは女性専用車両だった。
■レビュワー
◎花森リド
元ゲームプランナーのライター。旅行とランジェリーとaiboを最優先に生活しています。
■本の紹介
◎目黒さんは初めてじゃない(1)

彼女いない歴=年齢の男子高校生・古賀くんは、学園のマドンナである後輩JK・目黒さんに意を決して告白! 奇跡的にOKをもらうものの「私、処女じゃないですよ」と言われて……!?
経験豊富な美少女・目黒さんと、彼女に恋をした恋愛初心者男子・古賀くんのピュアラブコメ。非処女と童貞の純愛A to Z!
- 『目黒さんは初めてじゃない(1)』
- 著:9℃
- ISBN:9784065138564
- この本の詳細ページ:http://kc.kodansha.co.jp/product?isbn=9784065138564