ー「骨のがん・骨肉腫の根治」へー

2025年8月6日
岐阜市公立大学法人 岐阜薬科大学
国立大学法人東海国立大学機構 岐阜大学

がん幹細胞の“ゲートキーパー”を発見!- 「骨のがん・骨肉腫の根治」へ -

 

 

 岐阜薬科大学薬理学研究室の徳村和也大学院生・日本学術振興会特別研究員(研究当時),岐阜薬科大学薬理学研究室・岐阜大学大学院連合創薬医療情報研究科・岐阜大学高等研究院One Medicineトランスレーショナルリサーチセンター(COMIT)の檜井栄一教授らの研究グループは,山梨大学医学部附属病院の市川二郎特任准教授との共同研究により,骨肉腫の“がん幹細胞”の幹細胞性や腫瘍形成能を制御する因子・シグナルを発見しました。

 骨肉腫は,骨にできる悪性腫瘍の中で最も発生頻度が高い腫瘍(がん)です。
骨肉腫の治療における問題点の一つに“がん幹細胞”の存在が挙げられます。“がん幹細胞”は,がん細胞の親玉(悪玉)のような存在であり,治療抵抗性を持つことが大きな特徴です。したがって,“がん幹細胞”の制圧が,骨肉腫の根治に貢献することが期待されます。しかしながらこれまでに,「どの因子・シグナルをターゲットにすることで,骨肉腫の“がん幹細胞”を制圧できるのか?」について,詳細は明らかになっていませんでした。

 研究グループは,骨肉腫の“がん幹細胞”では,Pyruvate dehydrogenase kinase 1 (PDK1)(※1)という因子が高発現していることを発見しました。そして,PDK1による細胞内エネルギー代謝(※2)のバランス調節が,骨肉腫の“がん幹細胞”の幹細胞性や腫瘍形成能に重要であることを明らかにしました。

 本研究成果は,“がん幹細胞”のPDK1や細胞内エネルギー代謝シグナルが骨肉腫の治療における有望な創薬ターゲットとなることを明らかにしたものであり,骨肉腫だけでなく,様々な難治性がんの「根治」を指向する「がん幹細胞標的薬」の創製に繋がることが期待されます。

 本研究成果は,米国学術雑誌『Cell Death & Disease』に掲載されました(オンライン版公開日:日本時間2025年7月30日)。

 

 

本研究のポイント

・“がん幹細胞”は,抗がん剤や放射線などの治療に対して抵抗性を持っており,“がん幹細胞”を制圧することで,がんの根治が期待できます。

・骨肉腫患者の“がん幹細胞”において,PDK1が高発現しており,細胞内エネルギー代謝が酸化的リン酸化よりも解糖系にシフトしていることを見出しました。

・PDK1の働きを抑えると,“がん幹細胞”の機能が低下することを見出しました。

・PDK1阻害剤を用いることで,骨肉腫の進展や肺への転移を抑制させることができました。


・以上の成果は,骨肉腫の根治を指向する“がん幹細胞”を標的とした革新的な抗がん剤の創製に繋がることが期待されます。

 

 

研究成果の概要

 骨肉腫は,骨にできる悪性腫瘍であり,原発性悪性骨腫瘍の中で最も発生頻度が高い腫瘍(がん)です。進行すると激しい持続的な痛みが生じるとともに,肺への転移による呼吸困難,神経や血管の圧迫によるしびれやむくみ,全身衰弱などにより生活に大きな支障をきたします。骨肉腫の罹患は10~20歳代で多く,本邦では人口100万人あたり1~1.5人程度の発生頻度です。化学療法の進歩などにより患肢温存(※3)率は高くなっているものの,肺などへの遠隔転移のある症例や治療後に再発・転移を来した場合には依然として予後不良です。

 近年の研究から,他の難治性がんと同様に,骨肉腫においても,“がん幹細胞”が治療を難しくしている原因の1つであることが分かってきました。がん幹細胞は,がんの親玉(悪玉)のような役割を担っており,腫瘍全体を作り出しています。また,“がん幹細胞”は,抗がん剤や放射線に対して治療抵抗性を持つことが知られています。したがって,“がん幹細胞”を制圧することができれば,骨肉腫の治療成績を向上させることが期待できます(図1)。

 

【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202508053222-O4-M2uwc21f

 

 しかしながらこれまでに,骨肉腫の“がん幹細胞”の特性や機能がどのようにして制御されているのかについて,全貌は明らかになっていませんでした。

 多くのがん細胞は,ミトコンドリアの酸化的リン酸化よりも解糖系に依存したエネルギー代謝によりATPを産生しています。一方,“がん幹細胞”は環境等に応じてユニークで多様な細胞内エネルギー代謝特性を示します。
研究グループはまず,バイオインフォマティクス(※4)解析という手法を用いて,骨肉腫患者の腫瘍組織の解析を行いました。その結果,骨肉腫の“がん幹細胞”では, PDK1の発現が亢進しており,酸化的リン酸化に比べて,解糖系が亢進していることが分かりました。さらに,PDK1高発現の骨肉腫患者では生存率が低下していることが明らかになりました。

 次に,骨肉腫の“がん幹細胞”の PDK1 の働きを抑えることによって( = PDK1 不活性化細胞の作製) , “がん幹細胞”における PDK1 の役割を明らかにすることを試みました。その結果,“がん幹細胞”の機能の指標であるスフィア形成能が大幅に低下することが分かりました (図 2A ) 。さらに , PDK1 不活性化細胞をマウスに移植したところ , 腫瘍の進展が著明に抑止されました (図 2B ) 。これらのことから , “がん幹細胞”の幹細胞性と腫瘍形成能にはPDK1がとても重要 であることが明らかになりました。

 

【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202508053222-O6-WqSlb72U

 

 次に,「どうしてPDK1の働きを抑えると,“がん幹細胞”の機能が低下するのか?」という疑問を解決することにしました。PDK1不活性化細胞について,詳細な解析を行ったところ,“がん幹細胞”の機能を調節しているATF3(※5)の発現が低下し,TGF-βシグナル(※6)が抑制されていることが分かりました。したがって,PDK1はATF3/TGF-βシグナルを調節することで,“がん幹細胞”の機能を制御していることが考えられました。

 最後に研究グループは,本研究で得られた知見を臨床現場に還元することを目指し,「PDK1の働きを抑える薬を使って,骨肉腫の進展や遠隔転移を抑えることができるか?」という課題に挑戦しました。PDK1阻害剤を骨肉腫の“がん幹細胞”に作用させると,スフィア形成能が低下することが分かりました(図3A)。
さらに,“がん幹細胞”を移植したマウスに,PDK1阻害剤を投与すると,骨肉腫の進展や肺への転移は著しく改善されました(図3B)。

 

【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202508053222-O5-Yk6S9Tyf

 

 以上の結果により,PDK1による細胞内エネルギー代謝バランスの調節が,骨肉腫の“がん幹細胞”の幹細胞性や腫瘍形成能に重要な役割を果たしていることが明らかになり,PDK1や細胞内エネルギー代謝シグナルが,骨肉腫の治療における有望な創薬ターゲットとなることを見出しました(図4)。

 

【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202508053222-O7-D6jcv1yx

 

 

研究成果の意義・今後の展開

 本研究では最初に,データ駆動型サイエンス(※7)の実践により,“がん幹細胞”のPDK1が骨肉腫に対する新規創薬標的候補となることを見出しました。その後,遺伝学的実験により,創薬標的の蓋然性(確からしさ)を確認しました。最後に,PDK1阻害剤の骨肉腫治療薬としての有効性を実証しました。

 本研究成果は,「がん幹細胞の特性や機能を制御する仕組み」について,新しい知見を提供するとともに,「がん幹細胞の制圧が,がんの根治に重要」という概念に新たなエビデンスを付与します。今後,PDK1阻害剤と既存薬を併用することで,さらに治療効果を高めることができるかどうかを検討していきたいと考えています。

 また本研究成果は,骨肉腫に限らず,がん幹細胞が悪性化に寄与する様々な難治性がんに対する革新的治療法を提供し,アンメット・メディカル・ニーズ(※8)の解消にも貢献することが期待されます。

 

 

用語解説

※1 PDK1

 ピルビン酸の代謝を調節するタンパク質の1つ。細胞内エネルギー代謝を調節するゲートキーパーの役割を持っている。

※2 細胞内エネルギー代謝

 解糖系や電子伝達系などによって,細胞に必要なエネルギーを産生する過程。

※3 患肢温存

 悪性骨腫瘍の治療において,足を切断しないで残すこと。


※4 バイオインフォマティクス

 生命科学と情報科学の融合分野。生命がもつ「情報」を基に,生命現象を解き明かそうとする学問。

※5 ATF3

 CREB/ATFファミリーに属する転写制御因子の1つ。

※6  TGF-βシグナル

 様々な細胞の増殖・分化・生存・細胞死などを制御するシグナルの1つ。

※7 データ駆動型サイエンス

 様々な方法で得られたデータを基に,バイアスなしで客観的に生命現象を解き明かそうとする手法。

※8 アンメット・メディカル・ニーズ

 未だ有効な治療方法が確立されていない疾病に対する医療への要望。

 

【掲載論文】

雑誌名:Cell Death & Disease

論文名:PDK1-dependent metabolic reprogramming regulates stemness and tumorigenicity of osteosarcoma stem cells through ATF3

(PDK1依存的な代謝リプログラミングは,ATF3を介して骨肉腫幹細胞の幹細胞性と腫瘍原性能を制御する)

著者名:Kazuya Tokumura, Kazuya Fukasawa, Jiro Ichikawa, Koki Sadamori, Manami Hiraiwa, and Eiichi Hinoi

徳村和也(筆頭著者),深澤和也,市川二郎,貞盛耕生,平岩茉奈美,檜井栄一)  

DOI:https://doi.org/10.1038/s41419-025-07903-7

 

本研究は,本学術振興会科学研究費助成事業 基盤研究B(一般)(研究代表者:檜井栄一)などの支援を受けて行ったものです。

 

 
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