ポイント
・ 安価なジルコニア粒子を使った免疫グロブリンA(IgA)の精製技術を開発
・ 使用する溶液のpHおよび塩濃度を変えるだけで簡便に精製可能
・ 感染症予防やパンデミック対策に効果が期待されるIgA医薬品開発を促進
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202508264058-O1-u7t92aw8】
概 要
国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)材料基盤研究部門 狩野彰吾 リサーチアシスタント、加藤且也 中部センター所長代理、平野篤 上級主任研究員は、北海道大学 総合イノベーション創発機構 ワクチン研究開発拠点 田畑耕史郎 特任助教、筑波大学 数理物質系 白木賢太郎 教授と共同で、安価な無機材料であるジルコニア粒子を用いた免疫グロブリンA(IgA)の精製方法を開発しました。
IgAは、からだの粘膜表面に多く存在する免疫タンパク質の一種であり、ウイルスや細菌からの感染を防ぐ効果をもちます。
本研究では、安価な無機材料であるジルコニア粒子を用いたIgAの新しい精製方法を開発しました。この方法では、ジルコニア粒子を充填したカラム(以下、ジルコニアカラム)に未精製のIgA溶液を流し、pHや塩濃度を調整することで、IgAを選択的に回収することが可能です。使用する溶液のpHは弱酸性から中性の範囲であるため、IgAの構造や機能に与える影響を最小限に抑えることができます。ジルコニアは天然に豊富に存在する安価な材料であるため、従来の精製方法と置き換えることで、生産コストの大幅な削減が見込まれます。本技術は、IgA医薬品の研究開発や実用化を加速させ、感染症の予防やパンデミック対策に貢献することが期待されます。
この研究成果の詳細は、2025年8月27日に「ACS Applied Materials & Interfaces」に掲載されました。
下線部は【用語解説】参照
開発の社会的背景
免疫グロブリン(抗体とも呼ばれる)は、脊椎動物の免疫系によって作られ、ウイルスや細菌などの病原体を特異的に認識し、中和・排除する働きを担っています。免疫グロブリンは、IgAのほかに、免疫グロブリンG(IgG)や免疫グロブリンM(IgM)など、さまざまなタイプのものが知られています。
通常、IgAを人工的に生産する際にはヒト細胞が使用されますが、その過程で細胞由来のさまざまな不純物が混入します。これらの不純物は、体内に投与された際に炎症などの副作用を引き起こす可能性があるため、IgAを医薬品として使用するには、IgAの高純度精製が不可欠です。現在、IgAの精製には、IgAを特異的に吸着するように設計されたカラム(アフィニティカラム)が主に使用されています。しかし、このカラムは非常に高価であり、IgAの生産コストに大きな影響を与えています。したがって、生産コストを低く抑えながら、高純度のIgAを得ることができる新しい精製技術の開発が求められています。
研究の経緯
産総研では、これまで、ジルコニア粒子がIgGやIgMの精製に利用できることを示してきました(2019年1月28日産総研プレスリリース、2021年2月9日産総研プレスリリース)。しかしながら、IgAは、IgGやIgMとは構造が大きく異なるうえ、単量体や二量体などの多様な構造をとるため、本粒子による高純度精製技術は確立していませんでした。本研究では、ヒト細胞から得られる各種IgAの高純度精製技術を確立するために、多孔質ジルコニア粒子を用いたカラムの作製と、精製条件の最適化に取り組みました。
なお、本研究開発は、日本医療研究開発機構(AMED)、国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)次世代研究者挑戦的研究プログラム(SPRING)、公益財団法人 池谷科学技術振興財団による支援を受けています。
研究の内容
本研究では、スプレードライと呼ばれる手法によって数十ナノメートルの微粒子を直径数十マイクロメートルの球状に集合させた多孔質粒子を作製しました。この多孔質粒子を充填したジルコニアカラムを用いて(図1)、クロマトグラフィーと呼ばれる手法でIgAを精製しました。今回精製したIgAは、単量体IgA、二量体IgA、分泌型IgAの3種類です(図1)。単量体IgAは、IgAの基本構造であり、重鎖と軽鎖と呼ばれるタンパク質から構成されています。二量体IgAは、単量体IgAが二つ、J鎖と呼ばれるタンパク質を介して結合したものです。分泌型IgAは、二量体IgAに分泌成分と呼ばれるタンパク質が結合したものです。分泌成分はIgAの安定性を高める役割を担うため、分泌成分が結合した分泌型IgAは医薬品として特に期待されています。
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IgA精製条件の最適化のために、溶液の塩濃度やpHを系統的に検討しました。図2に単量体IgAの精製の結果を示します。図2左の赤線は、ジルコニアカラムから出てくる溶液の吸光度の時間変化(クロマトグラム)を示しており、吸光度の上昇はタンパク質あるいは不純物が検出されたことを意味します。まず、弱酸性(pH 5)に調整されたIgA培養液をジルコニアカラムに通すことで一つ目の吸光度のピークが観察されました。
このことから、IgA培養液中に含まれる核酸などのタンパク質ではない不純物はジルコニアカラムを通過する一方で、IgAを含むタンパク質はジルコニア粒子に吸着すること、また、中性で塩濃度の高い溶液を通すことで粒子に吸着していたIgAが溶出することがわかります(概要図参照)。IgA以外のタンパク質性の不純物はIgA回収後もジルコニアカラム内に残存しますが、カラムに洗浄液を流すことで除去可能であるため、カラムの再利用も可能です。これらの結果から、ジルコニアカラムを使用することで、目的のIgAを高純度で精製できることが明らかになりました。
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図3に、同様の操作によって精製した二量体IgAおよび分泌型IgAの結果を示します。ゲル電気泳動の結果、どちらのIgAにおいても、精製前と比較して不純物に由来するバンドが大幅に減少していることが確認されました。このことから、二量体IgAと分泌型IgAも、単量体IgAと同様に、ジルコニアカラムを用いて高純度に精製できることが明らかになりました。
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以上の結果は、ジルコニア粒子が3種類のIgA(単量体IgA・二量体IgA・分泌型IgA)の高純度精製に利用できることを示しています。本精製方法では、使用する溶液のpHが弱酸性から中性であるため、IgAの構造が壊れて機能が失われるリスクも低いと考えられます。
ジルコニアは模造ダイヤモンドとも言われ、高圧耐性を有していることから、高水圧・高流速の条件でも使用可能です。また、古くからさまざまな分野で使用されており、生体への安全性も高いことが示されています。このことから、ジルコニア粒子を用いたIgAの精製は、安価かつ簡便であるだけでなく、安全かつ高速に実施できるところに特長があります。
今後の予定
今回、IgAを高純度で精製できることを確認しました。ただし、精製収率については、さらなる改善の余地があると考えております。今後、ジルコニア粒子の表面を改質し、収率を向上させることで、より実用性の高いIgA精製技術を確立していきます。
論文情報
掲載誌:ACS Applied Materials & Interfaces
論文タイトル:Purification of Immunoglobulin A Using Mesoporous Zirconia Particles Coated with Phosphate
著者:Shogo Kanoh, Koshiro Tabata, Shinji Saito, Erika Onuma, Hatsuho Usuda, Kentaro Shiraki, Katsuya Kato, Atsushi Hirano.
DOI: doi.org/10.1021/acsami.5c11319
用語解説
ジルコニア(二酸化ジルコニウム)
ジルコニウムの酸化物であり、高い耐熱性・耐薬品性を示す。生体適合性にも優れており、歯科インプラントや人工骨などの医療分野でも使用されている。
免疫グロブリン
体内に侵入した細菌やウイルスなどの異物に結合し、それらの働きを抑制または排除する機能をもつタンパク質。抗体とも呼ばれる。免疫グロブリンA(IgA)、免疫グロブリンG(IgG)、免疫グロブリンM(IgM)など、複数の種類が存在する。
カラム
クロマトグラフィーに用いられる筒状の部材であり、内部に吸着材(充填剤)を充填して使用する。
アフィニティカラム
特定の分子と強く結びつく性質(アフィニティ)を利用して、目的の物質だけを選択的に捕まえるカラムのこと。例として、抗体や酵素などの生体分子の精製に用いられる。
スプレードライ
ジルコニア等の微粒子を分散させた液体を霧状にし、熱風で瞬時に乾燥させて多孔質の粉末粒子を得る方法。
クロマトグラフィー
タンパク質を始めとする分子の性質(大きさ、電荷、吸着性など)の違いを利用して、それらを分離・精製する手法。本研究では、ジルコニア粒子への吸着のしやすさの違いを利用してIgAを分離した。
吸光度
光が物体を通過する際の光の吸収量(減衰量)の指標。試料にタンパク質(や核酸)が多く含まれる場合、280 nmの波長をもつ光が吸収されやすく、吸光度が上昇する。
ゲル電気泳動
試料中のタンパク質を種類や量を可視化する実験手法。得られるバンドの位置はタンパク質の分子量によって異なり、バンドが濃く太いほどタンパク質の量が多いことを示す。
収率
投入した試料に含まれる目的物質(本研究ではIgA)のうち、実際に回収できた量の割合を示す指標。精製や分離操作における回収効率の評価に用いられる。
プレスリリースURL
https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2025/pr20250828/pr20250828.html