国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(以下「NEDO」という。)より、航続距離・稼働時間の長さや搭載性・重量等の観点から燃料電池適用の期待が大きい大型・商用モビリティ(HDV:Heavy Duty Vehicle)をターゲットとした、2035年頃に達成すべき燃料電池ロードマップが新たに設定された(2025年3月)。
【表:https://kyodonewsprwire.jp/prwfile/release/M107654/202509195508/_prw_PT1fl_M81bbvCc.png】
2.ポイント
本事業では、電解質膜で要求される2035年度燃料電池ロードマップ目標値を達成するため、東京都立大学で独自に開発されたプロトン伝導性(※2)をアシストし、ガスバリア性機能(※3)を向上させ(化学的安定性に寄与),さらに5μm膜厚以下の超薄膜でも機械的安定性を有する機能性ナノファイバーフレーム(NfF)(※4)を用いた革新的なNfF含有複合電解質膜(※5)を開発する。加えて、マトリックスとなる新規非フッ素系高分子材料(※6)と新規クエンチ剤(※7)の開発も進め、これら3つの要素技術を組み込んだ5 μm 膜厚以下の複合電解質超薄膜を作製できる成膜技術を確立する。
さらに、電解質膜開発の拠点化で求められる成膜技術の自動化は複数台のロボットを導入することで達成し、加えて膜性能評価装置と連動することで自動自律実験装置を開発、開発速度を100倍以上加速させる。本装置はNEDOに採択された他事業者とも共有し、マテリアルズ・インフォマティクス(MI)解析(※8)、プロセス・インフォマティクス(PI)解析(※9)を用いながら最適な材料開発と最適な成膜プロセス開発を行い、他国を圧倒するダイナミックな成果を出していく。
3.研究の背景
NEDOが定める燃料電池技術開発ロードマップ目標値を大型商用車(電車、農機、建機、船舶も含まれる)で達成するには、電池の高性能化、特に幅広い温度、湿度範囲で高いプロトン伝導性を達成し、同時に高耐久化と電解質膜の超薄膜化を実現しなければならない(表1)。しかし、それぞれの項目毎(高プロトン伝導性、高耐久化 、超薄膜化)で目標が達成できても、
(1) 高プロトン伝導性 vs 高耐久化
(2) 高耐久化 vs 超薄膜化
(3) コスト vs 高プロトン伝導性
の間にはTrade-offの関係が成り立つため、最終的に全ての目標値を同時に満たすことは極めて困難である。
表1 2035年, 2040年に求められる電解質膜の目標値
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202509195508-O5-dXHutr9A】
*電解質膜は、現状の実測値(第二世代MIRAI、一般材料)に対し、2035年、2040年に特に赤字部分の膜厚、プロトン伝導率( H⁺ 伝導率(S/cm))の達成が求められている。
従って、材料設計のコンセプトからこれら課題を克服するための電解質膜設計を行う必要がある。我々はこれら課題解決のため、「プロトン伝導性ナノファイバーフレームワーク」を基本骨格とする高分子電解質膜の研究を進めてきた。
その結果、以下を達成した。
*高分子膜単独では達成が困難な2030年度燃料電池ロードマップ目標のプロトン伝導性をナノファイバーフレームワーク含有複合電解質膜で実現した。
*複合電解質膜はTrade-offの関係にあるプロトン伝導性とガスバリア性の相関を打破し、単独膜に比べガスバリア性を3倍以上向上させることに成功した。それにより膜内のラジカル発生を抑制し、電解質複合膜の化学的安定性を向上させた。さらに10 μm 膜厚の複合電解質超薄膜において、50,000時間に資する可能性がある機械的安定性も概ね達成した。
*新規複合電解質膜の成膜方法を開発し、8 μm 膜厚程度の複合電解質超薄膜を作製した。
4.研究の意義と波及効果
水素利用の鍵となる燃料電池において、我が国では世界に先駆けて家庭用燃料電池(エネファーム)やFCVを商用化してきた。現時点では特許数も世界一であるなど、我が国が長い歴史の中で蓄積した燃料電池技術の競争力は、諸外国に比べて高い。本事業では、航続距離・稼働時間の長さや搭載性・重量等の観点から燃料電池適用の期待が大きい大型・商用モビリティ(HDV:Heavy Duty Vehicle)をターゲットとして、2035年頃に達成すべき燃料電池の目標を新たに設定し、この目標を達成するために取り組むべき技術開発課題に取り組むものである。大型商用車等(電車、農機、建機、船舶も含まれる)の製品ニーズへの適合化を図りコスト低減を目指すには、より一層の高性能化、高耐久化、低コスト化が求められ、従来の研究スピードを大幅に向上させる必要がある。
5.関係HP、用語説明
関係HP
採択課題:https://www.nedo.go.jp/koubo/SE3_100001_00107.html
水素用拡大に向けた共通基盤強化のための研究開発事業:https://www.nedo.go.jp/activities/ZZJP_100336.html
川上研究室:https://kawakami-labn.fpark.tmu.ac.jp/
用語説明
※1 水素利用拡大に向けた共通基盤強化のための研究開発事業
大型商用車(HDV)の製品ニーズへの適合および水素製造コストの低減に向けては、より一層の高性能化、高耐久化、低コスト化が求められ、従来の研究スピードを大幅に向上させる必要があることから創設されました。当該事業は、水素の本格的な普及拡大および我が国の産業競争力強化を目的に、DX技術を最大限活用しながら、燃料電池・水電解分野の研究に貢献する共通基盤を構築するとともに革新的な要素技術開発を連動させる技術開発を実施するものです。
※2 プロトン伝導性
水素イオン(H⁺、プロトン)が物質中をどれだけ効率よく移動できるかを示す性質です。燃料電池中では、電解質膜がこのプロトンを電極間で運ぶ役割を担っており、プロトン伝導性が高いほど、電池の発電効率が向上します。
※3 ガスバリア性機能
酸素や水素などのガスが膜を通り抜けにくくする性質です。燃料電池の安全性や耐久性に関わる指標として用いられます。
※4 ナノファイバーフレームワーク(NfF)
ナノメートルサイズの繊維構造体で、膜の強度や機能性を高めるために用いられています。本研究においてもNfFを採用しています。
※5 複合電解質膜
複数の材料を組み合わせて作られた電解質膜です。単一材料よりも性能や耐久性が向上する性質があります。
※6 非フッ素系高分子材料
フッ素は、①分解されにくく環境中に残留しやすい、②有害なフッ素ガスが発生する可能性があり製造時に特殊な取扱が必要、③製造コストが高い、④強度やガスバリア性に課題がある、といった問題から、非フッ素系の高分子系材料の開発を行います。
※7 クエンチ剤
材料の物理的・化学的性質を制御するための添加剤。電解質膜では稼働時に膜の分解を促すラジカルが発生するため、それを消去するクエンチ剤を加え膜の耐久性を向上させます
※8 マテリアルズ・インフォマティクス(MI)解析
機械学習やAI、ビッグデータ解析などの情報科学による技術を活用し、最適材料やその組成・構造・製造条件を探索・設計する手法です。材料開発において用いられます。
※9 プロセス・インフォマティクス(PI)解析
製造プロセスの最適化を目的としたデータ解析手法です。成膜条件の最適化などに用いられます。
※10 次世代MIRAI
トヨタ自動車が2020年に発売した次世代型の燃料電池自動車(FCV)です。