電子デバイスなどの高性能化のために、熱流を自在に操るサーマルマネージメント技術が世界中で開発されています。例えば、熱伝導率[1]を大幅に変化させ、熱の流れやすさを制御できる「熱スイッチング材料」[2]の開発が進められています。
一方、接合部(当該研究ではスズ―鉛ハンダを使用)の熱抵抗の影響が大きく、さらなる熱整流特性改善のためには接合部の熱抵抗の抑制が重要な課題でした。東京都立大学大学院理学研究科物理学専攻の増子優幸大学院生、Poonam Rani特任研究員、水口佳一准教授らの研究チームは、高純度の鉛線を部分的に曲げ、接合部分を持たない熱ダイオードの作製を実現しました。今回の実験では、2倍を超える整流比が観測され、熱ダイオードとして十分に動作することを示しました。
今後、材料や曲げ方の最適化によって、さらに高い整流比が得られ、低温機器等で活躍するサーマルマネージメント技術となることが期待されます。
本研究成果は、12月17日(現地時間)付けでIOPが発行する英文誌Journal of Physics: Materialsに発表されました。本研究の一部は、JST戦略的創造研究推進事業ERATO「内田磁性熱動体プロジェクト」(研究総括:内田健一、課題番号:JPMJER2201)および東京都立大学若手研究者等選抜型研究支援(研究代表:水口佳一)の支援を受けて行われました。
2.ポイント
・高純度のPb線(超伝導体)の一部を曲げることで、接合無しの熱ダイオードを作製。
・超伝導状態は熱伝導率が低く、常伝導状態は熱伝導率が高いことを利用。
・磁場の印加方向によりPb線の熱伝導特性が変化することに着目。
・1 K[6]程度の小さな温度差でも熱整流が可能。
3.研究の背景
様々なデバイスの高性能化・集積化に伴い、熱流を自在に制御するサーマルマネージメント技術の開発が求められています。例えば、熱流のON-OFFを熱伝導率の大きさの変化によって達成する熱スイッチ材料や、熱流方向によって熱の流れやすさを整流する熱ダイオード材料の開発が求められています。
金属が超伝導転移した場合、熱伝導率が大幅に低下するため、熱スイッチ材料となることは知られていました。本研究チームも、高純度Pb線の磁場中熱伝導率測定を精密に行うことで、超伝導状態の低熱伝導率と常伝導状態の高熱伝導率の磁気熱スイッチング比が20倍以上に達することを報告するなど、超伝導体を用いた熱制御技術の開発を進めてきました。
一方、超伝導体を用いた熱ダイオードは2013年にGiazottoらによって理論的に提案されていましたが、超伝導体-常伝導体接合において実験的に明確な熱整流が観測された報告は最近までなく、本研究チームが最近、Pb-Al接合による熱ダイオード作製を報告し注目を集めました(2025年10月21日プレス発表)。一方、接合は熱伝導率の高いSn-Pbハンダで作製したにもかかわらず、接合部の熱抵抗は非常に大きく、超伝導体を用いた熱ダイオード設計の今後の課題の一つでした。
4.研究の詳細
そこで本研究では、上述の高純度Pb線(純度:5N = 99.999%)の一部を曲げることで、接合部を持たない熱ダイオードの作製を試みました。このようにPb線を曲げ、磁場を図1の方向に印加すると、線のほぼ半分が長さ方向に平行な磁場を受け、残りが垂直の磁場を受けることになります。本研究チームは、Pb線の長さ方向(熱流方向)に平行または垂直に磁場を印加した場合、超伝導転移温度以下で大きく異なる熱伝導特性を示すことを見出しています(図2:印加磁場H = 400 Oe[7]での熱伝導率の温度依存性)。
実験では、図3のような測定端子を配置し、4端子法による熱伝導率(κ)測定を順方向で行い、その後逆方向に試料を反転し再度熱伝導率を測定しました。ヒーターで温度差を生じさせ、温度差と熱流量から熱伝導率の温度依存性を測定しました。図4(a)は曲げ率50%試料(50%-bent)において最も熱整流比(TRR)[8] が高かったH = 400 Oeでの測定結果です。順方向と逆方向の熱伝導率差(Δκ)およびTRRの温度依存性を図4(b,c)に示します。他の磁場においても熱整流が観測され、Pb-Al熱ダイオードと同様に、印加磁場によってTRRが最高となる温度が変化することが観測されました。このことは、磁場印加によってPbの超伝導転移温度が変化することで理解できます。さらに、曲げ率を40%と60%に変えた試料(40%-bentと60%-bent:図5)を作製し同様の熱伝導率測定を行ったところ、40%-bent試料ではTRR最大値が2を超える熱整流が観測されました。
現時点では動作温度はPbの超伝導転移温度以下に限られていますが、様々な超伝導体においても同様の曲げダイオードの特性を検証することや、曲げ方の最適化によって、動作温度の上昇や熱整流特性の向上を目指します。また、本ダイオードにおいても、制御に用いる磁場が数百Oeという弱い磁場(一般的なフェライト磁石の1/10程度)であり、応用上のメリットといえます。今後は実際の応用可能性の探索も進めていきます。
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図1. 実際に作製したPb熱ダイオード(50%-bent:曲げ比率が50%)
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図5.(a) TRRの最大値の温度依存性(曲げ率が40%、50%、60%の試料)。
5.研究の意義と波及効果
熱ダイオードはサーマルマネージメントの分野で開発競争が激化している材料であり、今回の研究で接合無しでの熱ダイオード設計指針を示したことは、今後の新材料開発の幅を広げます。Pbの超伝導状態を利用しているため動作温度は極低温に限られていますが、わずかな磁場の印加によって動作し、わずかな温度差でも高効率動作が可能であることは魅力的です。今後、さらなる熱ダイオード開発が進むことで、低温で動作する電子デバイスの高性能化に貢献することが期待されます。
(用語解説)
[1]熱伝導率
物質の熱の伝えやすさを示す物理量で、熱伝導率が高いほど、熱を通しやすい。本研究では試料の一端に熱を与え、試料中の温度勾配を測定する定常法を用いて測定を行った。
[2]熱スイッチング材料
熱伝導率の大きさが外場の印加などによって変化する材料。外場として、磁場や電場が挙げられる。
[3]超伝導(超伝導転移温度、臨界磁場)
低温で生じる量子現象であり、電気抵抗の消失、完全反磁性など特徴的な性質を示す。物質が超伝導状態に転移する温度を超伝導転移温度と呼び、超伝導状態が消失する磁場を臨界磁場と呼ぶ。超伝導状態では、電子がクーパー対(電子対)を形成し、電子キャリアが担っていた熱伝導が大幅に抑制される。
[4]磁気熱スイッチング技術
磁場の印加や磁化の方向によって熱スイッチングを生じさせること。
[5]熱ダイオード
材料に温度差を与えたときに、熱流の方向によって熱の流れやすさが異なり、熱整流効果を生じさせることができる材料のこと。
[6]K(ケルビン)
絶対温度の単位。0℃は約273 Kである。
[7]Oe(エルステッド)
磁場の強さをあらわすCGS電磁単位。
[8] 熱整流比(TRR: Thermal Rectification Ratio)
順方向と逆方向の熱伝導特性の差を比率で表したもの。本研究では、順方向の熱伝導率(κF)と逆方向の熱伝導率(κR)から、TRR = κF/κRの式を用いて算出した。
(論文情報)
タイトル:Thermal rectification in jointless Pb solid wire
著者: Masayuki Mashiko, Poonam Rani, Yuto Watanabe, Yoshikazu Mizuguchi(責任著者)
掲載誌:Journal of Physics: Materials
DOI:10.1088/2515-7639/ae24af