帝京大学 理工学部 総合理工学科 環境バイオテクノロジーコース 古賀 仁一郎教授らの研究グループは、株式会社 明治(代表取締役社長:八尾 文二郎)との共同研究により、発酵したカカオ豆の種皮(以下、カカオハスク)に、化粧品や健康食品に幅広く使われている高価な素材であるセラミドが高濃度(0.14%以上※1)含まれていることを発見しました。カカオハスクはこれまで有効活用されていませんでしたが、サステナブルな素材としての高付加価値化・有効活用(アップサイクル)が期待されます。
本研究成果は2026年1月27日に、学術誌Bioscience, Biotechnology, and Biochemistryに掲載されました。(Bioscience, Biotechnology, and Biochemistry (2026) 90, 257-260; https://doi.org/10.1093/bbb/zbaf180)
【研究成果の背景と概要】
グルコシルセラミドは、グルコース、長鎖塩基、脂肪酸の3つの構造からなる複合脂質であり、グルコシルセラミドからグルコースが遊離した長鎖塩基と脂肪酸からなる物質を遊離セラミドと言います(図1)。また、このグルコシルセラミドと遊離セラミドを総称してセラミドと呼んでいます。皮膚の表皮には遊離セラミド(ヒト型遊離セラミド)が層状に構成されており、加齢によって表皮中の遊離セラミド量が減少することが知られています。
一方、植物にもセラミドが含まれており、化粧品や健康食品素材として幅広く使用されています。植物セラミド中にも、ヒトの肌に含まれる「ヒト型遊離セラミド」と同じ構造の遊離セラミドが少量含まれています。しかしながら、植物におけるセラミド総含有量は、多くても0.02~0.04%と少ないために抽出・精製コストがかかり、化粧品や健康食品素材として使用するには高価になることが知られています。
本研究では、発酵したカカオハスクに、化粧品や健康食品に幅広く使われている高価な素材であるセラミドが高濃度(0.14%以上※1)含まれており、中でもヒト型遊離セラミドが0.047%も含まれていることを発見しました。その総セラミド量はピーナッツ・大豆・コーヒー豆の種皮よりもはるかに多いことからカカオ豆の種皮特有の性質であることが示されました。さらに、カカオハスクはこれまで有効活用されていなかったため、サステナブルな素材として高付加価値化・有効活用(アップサイクル)につながると考えられます。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202602254559-O16-8prva7f7】
図1. グルコシルセラミドおよび遊離セラミドの構造
【研究成果の活用】
カカオハスクはチョコレートの製造には使用されず、その価値を見いだされていませんでした。本研究成果により、カカオハスクが高濃度セラミド資源として、高付加価値化・有効活用されることが期待されます。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202602254559-O9-6gECB9p8】
カカオハスク由来のセラミドを使用したチョコレート「カカオボーテ」
【研究の目的】
植物から抽出されるセラミドは、分離が難しい異性体が含まれていることや、その標準品がないことにより、構成を知るための厳密な定量分析が難しいとされていました。そこで、帝京大学の古賀教授らの研究グループは帝京大学先端機器分析センターの湯本技術職員とともにさまざまな検討を行い、LC-ESI-MS/MS※3を用いた新しい植物セラミドの分析定量方法を世界に先駆けて確立していました※4。一方、チョコレートメーカーとしてその原料であるカカオの栽培支援から製造までを一貫して手掛ける株式会社 明治は、カカオに関するさまざまな素材を保有していました。本研究は、このような両者の強みを生かすことにより、カカオの各部位における遊離セラミド/グルコシルセラミドの定量を通じて、産業的に有用な高含有部位の探索と、その特徴の解明を目的としました。
論文内容
【タイトル】
発酵したカカオ豆の種皮における高いセラミド含有量
High ceramide content in fermented cocoa bean shells (Theobroma cacao L.)
【掲載誌】Bioscience, Biotechnology, and Biochemistry (2026) 90, 257-260
【著者】矢板優実(第一著者)1, 佐藤侑真(第一著者)1,窪田朋義1, 湯本絵美2, 崎山一哉3,
吉田春菜4, 萩原秀和3, 宇都宮洋之3, 酒澤智子1, 古賀仁一郎1(責任著者)
1. 帝京大学 理工学部 総合理工学科 環境バイオテクノロジーコース
2. 帝京大学 先端機器分析センター
3.(株)明治 グローバルカカオ事業本部
4.(株)明治 研究本部
【方法】
カカオはドミニカ共和国産のものを用い、発酵前に「ポッド外皮」と「パルプ」、発酵後に「ニブ」「ハスク」「胚芽」に分けて採取しました。コーヒー豆、ピーナッツは市販の製品として購入し、大豆は種苗メーカーから購入しました。パルプは無処理で、パルプ以外は粉砕乾燥処理後、エタノール抽出し、LC‑ESI‑MS/MSで各種遊離セラミド/グルコシルセラミドを定量しました。遊離セラミド総量は、各種遊離セラミド量を合計したもの、グルコシルセラミド総量は、各種グルコシルセラミド量を合計したものを示しました。
【結果と考察】
①LC-ESI-MS/MSで検出された遊離セラミド、グルコシルセラミドは36種類でしたが、その中でも標準品もしくはその光学異性体がある成分のみ、定量分析をしました。
②カカオハスクには、セラミド成分の中でも、遊離セラミド量が多く含まれていました(図2)。特にその中でも、ヒトの皮膚にも存在する遊離セラミドと同じ構造である「ヒト型遊離セラミド(t18:0-h24:0:図1)」が466.6 μg/gと高濃度で含まれていました。この結果は、カカオハスクに含まれているセラミドが、天然由来の遊離セラミドとして、化粧品に配合できる可能性を示しています。
③カカオ豆の種皮(カカオハスク)の総セラミド量を、世界で生産量の高い食用の豆であるピーナッツ、大豆、コーヒー豆の種皮と比較をしました。ピーナッツ、大豆、コーヒー豆の種皮と比べてもカカオ豆の種皮(カカオハスク)の総セラミド量(遊離セラミド+グルコシルセラミド総量)が最も多く、中でも遊離セラミドの総量が極めて多いことが示されました(図3)。この結果から、カカオハスクにおいてセラミド量、特に遊離セラミド量が多いのは、カカオ豆の種皮特有の性質であることが明らかになりました。カカオ豆は、赤道直下の国々で生産されるため、繁殖の早い病原菌からカカオ豆を守るためのバリアとして働いている可能性が示唆されます。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202602254559-O14-0PcV80GN】
図2. カカオの各部位に含まれるグルコシルセラミドおよび遊離セラミドの総含有量※5
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202602254559-O15-sI1ff9sM】
図3. カカオ豆の種皮、ピーナッツ種皮、大豆の種皮、コーヒー豆の種皮に含まれる
グルコシルセラミド および遊離セラミドの総含有量※5
【用語解説】
※1分析においてカカオハスク中に検出された一部のセラミド成分は、標準物質が入手できないことから総含有量に含めていないため、実際の総含有量は0.14%を上回ると考えられます。
※2 美容系チョコレートとは美を意識する方に向けたチョコレート
※3 LC‑ESI‑MS/MS:液体クロマトグラフィー(LC)で分離後、エレクトロスプレーイオン化(ESI)を介してタンデム質量分析(MS/MS)で検出する分析手法。
※4 Yumoto E. et al. (2021) Biosci. Biotech. Biochem. 85, 205-210
※5図2, 3に関する用語説明
・ニブ:種皮を取り除いたカカオ豆の中身(胚乳)。チョコレートの原料となる部分。
・ハスク:発酵・焙煎後に除去されるカカオ豆を包む薄い種皮。
・胚芽:カカオ豆の芽になる部分。
・パルプ:カカオの実(ポッド)の中で豆を包む白い果肉。発酵の過程で糖分が微生物により分解され、チョコレートの風味形成に関わる。
・ポッド外皮:収穫後に豆とパルプを取り出した後に残る、カカオの固い果実の外皮。
・グルコシルセラミド:グルコース、長鎖塩基、脂肪酸の3つの構造からなる複合脂質であり、植物では酵素(グルコセレブロシダーゼ)によって遊離セラミドに変換される。(Koga J. et al. (2021) J. Biol. Chem. 85, 205-210)
・遊離セラミド:グルコシルセラミドからグルコースが遊離した長鎖塩基と脂肪酸からなる物質。皮膚の角層の主要脂質。植物にもヒトの皮膚と同じ構造のセラミド「ヒト型遊離セラミド」(図1)が含まれている。