声優アーティストの悠木碧が待望のオリジナルニューアルバムをリリースした。『ボイスサンプル』と名付けられたそれはバラエティ豊かな内容で、声づくりや表現、歌詞楽曲すべてにわたり、「悠木碧らしさ」とは何かを示してくる内容だ。
この内容にした意図とこだわりの表現、そして芝居の組み立て方から声優アーティストとしての意義まで、たっぷりと語ってもらった。

「共通点がない」アルバムを作った理由とは?
――バラエティさのあるアルバムになりましたが、これは悠木さんからのご提案ですか?

悠木 碧 はい。様々なキャラクターの芝居をするというのは声優特有の仕事だと思っていて、それを楽曲を通じて表現することで声優が歌う意味を出していけたらなと、以前から思っていました。このアルバム以前にリリースしたシングル曲の「永遠ラビリンス」と「帰る場所があるということ」を、アルバムに収録する考えは私も持っていたのですが、これらはそれぞれ作品主題歌なので、共通点がありません。そこで、それがアルバムとしてのキーになるように、「共通点がない」ことをアルバムとしての共通点にしようと思いました。今までアルバムを作らせていただく中で、一貫性のあるストーリー性を持たせたり関連性をつけたりしていたのですが、このアルバムでは逆に共通点はいっさいありません。曲の主人公も全員違うし、聴いて脳内に流れてくる映像も、それぞれ別の絵柄の世界が流れたらいいなと思って提案したところ、「すごくいいですね」と言っていただいて、実現したという形です。

――制作期間は長くかかりましたか?

悠木 アイディア自体はずっと考えていたので悩むことはなかったのですが、コンペで150曲くらいいただいたので、それらをじっくりとていねいに聴いて「こういうキャラクター性にしてみようかな」と考えて選ぶことに時間をかけました。要は“逆配役”ですね。曲の側を、私がよく任せてもらうキャラクターのラインに乗っけていくという作業は非常に面白かったです。

――先ほど「よく任せていただけるラインの配役」とありましたが、それはご自身ではどのように自覚をされていますか?

悠木 基本的には小さくて強いキャラが多いですね(笑)。強さといっても、その子たちごとに「強い」の方向性が異なります。
器が広くて強いタイプもいれば、能動的という意味で強い子もいます。技術的に強いとか、しぶといという意味での強さを持ったキャラクターもいます。その子がいちばん強い所を最初に見つけ、そこを重点的に見えるようにしてあげると強い子になる感じはします。一見、おどおどして弱そうに見えるキャラクターでも、最終的にフルパワーを発揮して強くなるというパターンも多いので、何が彼女の最強なのかを考えてあげることが重要。逆にその子の弱い面も考え比較していくと、輪郭やその子が大事にしているものが見えてくるという形で取り組むことが多いです。

――キャラクターって多層的なものだから、中に何があるかを想定することも組み立ての上では重要なんですね。

悠木 例えば、他の人物が言った言葉に対する反応といったことでも、キャラクターづくりの十分なヒントになり得るんです。言われた事を「なるほど」と一回受け止める強さの形もあるし、逆に論理で包んで戦うパターンもあるかもしれない。その割合がどんなふうになっているかを紐解いていくという作業もあります。ただ今回は、私が曲も一から選ばせていただいているなかで、強さの種類についても自分で付けていくという、いつもの仕事とはちょっと違う面白さがありました。

――「強さ」が分かりやすく現れている曲だと「Counterattack of a wimp」がそうですね。

悠木 私のラインのなかには「元気で明るく戦う強い子」も多く、さらにライブを想定した際にお客さんがノリやすい曲ということで選ばせていただきました。
この曲では歌詞も私が書いていて、元々は普通の子だった彼女の広い心の部分と、だからこそ強くなれる部分を書いてあげられたらと思いました。あっけらかんと他人を守れる正義の味方のキャラクターを演じる際、私が重視しているのは、彼女の持つプライドの置き所です。彼女たちって「あんぽんたんだなぁ」と言われても「えへへ、ごめん」と言えるんです。他人よりも優れていたいと思うのではなく、「全員が笑っていて、そのために頑張ること」、みんなでハッピーになることにプライドを持つ子。それって、めちゃくちゃ「強い」ことだと思うし、そういう曲にしたいなと思いました。

――ほかにも作詞された楽曲がありますね。「バナナチョモランマの乱」は、また毛色が違うコメディソングで驚きました。

悠木 コメディ系も演じさせていただくので、それを想起して書いた曲ですが、これがいちばん難しかったですね。自分で書いていて何が面白いのかわからなくなってくるんですよ(笑)。でも笑わそうと思って書くとスベるから、「ポリプロピレン」とか「ガングリオン」とか、「言いたくなる言葉」をランダムに並べる形にしました。その唐突さがコメディ向けかなと。あとコメディとしては、いろんな表情を付けられることや、”間”というものが重要なので、それを出しやすい言葉にできたらいいかなと。


――曲のタイトルに「無修正版」と書いてあるのはどういう意図でしょうか?

悠木 これはいろんな声音や歌い方をした曲なのですが、実は収録の際に切らずに1本つるっと歌っているんです。その意味での「無修正版」です。声優的なギミックではこれがいちばん大変な曲でした。被せや人間の機能的に厳しいところは重ねていますが、主メロの部分は切らずに行っていて、ナレーションもその中で同時に行っています。しかもその場で適当に考えていたので、我ながらもう二度とできないなと思いました(笑)。4テイクくらい録ったのですが、前のテイクがどうだったか、もう覚えていないんですよ(笑)。でも、これだけワケ分からない曲なんだから、せっかくなら前のテイクでやっていないことをやりたいじゃないですか。覚えていないからこそ1本でいきたいという形で楽しかったです。

役者人生の中で、「出して良かった」と思える一枚に
――リード曲「Logicania distance」も作詞されていますね。

悠木 これは小説を読んでいるみたいに聴いてほしい曲にしたいと思いました。最初に曲を聞いたときに、小説読んでるときに見えるビジョンに近いなと思ったんです。そこで歌詞自体もストーリー性があるようにしました。
とはいえ、起承転結をつけるのではなく、俯瞰でどの視点からでも見てるようにしています。歌詞も小説感を出すために、漢字を多めに書き言葉のように見えたらと思って書きました。

――楽曲自体も新しい感じですね。

悠木 不思議なメロディの運びで、気持ち良さもありつつ世界の壮大な感じが想像できる感じもあります。小説家って、100を1に落とし込むお仕事だと思うんです。そして読み手は想像を働かせ、その1を100に広げていきます。その文字が情景に戻っていく瞬間の広がりにすごく壮大さを感じるんです。この曲のサビに入るところにそれがあって、空気感も含めとても好きな曲です。編曲も良かったし、手が入れば入るほどよくなるなとその時思ってすごく好きでした。

――続いて、「ふわふわらびっと」は声作りからしてかわいさに振り切った感じの楽曲です。

悠木 かわいいふわふわのマスコット系のキャラクターを想定できたらと思い歌詞を書かせていただきました。これは「Logicania distance」とは逆に、幼いもの・愛しいもの・丸いものの印象にしたかったので漢字を使わずにひらがなとカタカナを多めの配分にしています。
他の人に伝わるかどうか分かりませんが、歌い方も「ひらがな感」のある形にしたかったんです。

――それは言葉にするとどういう感覚でしょうか?

悠木 やっと言葉を覚えた感じ、拙い感じができたらなと。そこで録ったものを聴いて、自分自身で「かわいい」って思えたら成功。これ、なかなか難しいんですよ。「はいこれ、あざといでーす」と冷静になったダメ(笑)。完全に自分から乖離して、全部忘れて「かわいい」で満たされなければ。でも何度も歌っていると頭が「ふわふわらびっと」になるので、だんだんかわいい気がしてくる感はありました(笑)。個人的にはかわいい生き物に仕上がったんじゃないかなと思っています。

――丸くて小さくて、イノセントな「かわいさ」というのは、ともすれば定型化しがちですが、悠木さんとしてのかわいさアイデンティティをこの曲ではどのように表現しましたか?

悠木 整いすぎると愛おしくなくなると思うんです。私が子役だった頃、求められていたのは上手い芝居ではなく、「子役の芝居」だったんですよ。それはなぜかというと、子役の拙さが大人にとって愛おしいから。それは当時、自分自身としても感じていて、それがジレンマでもありました。
だから「ふわふわらびっと」においては”上手に”歌ってはいけないんです。上手く発音できない音があったり、例えば「ミルクあじ」という歌詞だったら「あ」から「じ」への滑らかさが甘いほうが拙い感じになります。「ふわふわ」の「わ」も「あ」に近い感じすると、「かわいい」感じになるんです。

――そういう芝居はまだ追求していきたいですか?

悠木 そうですね。ありがたいことに、そうした役柄もまだいただけているので。大人になってしまうと完全な子供には戻れませんが、ただ、そこにこそ自分の伸びしろがあると思うんです。経験を積んでいるぶん、子供のときにできた芝居が大人になってできなくなるということはありませんから、あの安定感のない声帯感をもっと追求することで、子役に近づけるという余地が自分にはあるなと思いました。

――かわいさ方向の曲ですと、アルバムの1曲目の「ランブリン ハンブリン」があります。

悠木 透明感があって誰にでも好かれる女の子をテーマにした楽曲です。これを1曲目に持ってきた理由は、この曲とこの主人公を嫌いな人はいないだろうなと思って。前向きで頑張り屋さんで、人の幸せを邪魔しない子で、みんなが愛おしいなと思ってくれるような少女。『ボイスサンプル』としては「ちゃんとヒロイン役もできるんですよ?」と入れておきたかったんです(笑)。根強く「悠木のヒロインボイスが好き」とおっしゃってくれるお客さんはいるので、そこにきちんと応えたいなと思ったのがひとつ。もうひとつは、このアルバムを作ろうと思った最初の大きな理由とも重なるのですが、私はいろんな役柄を演じてきたがゆえに、「●●役の時の悠木碧は好きだけど、××役の悠木碧は嫌い」っていう人が結構いるんですよ。

――ええー!?

悠木 そういう方がアルバムを買ってみて「●●役を期待したけど、××っぽい声しかなかった」と思われても寂しいし、そこで様々なタイプを入れて、「あなたはどの悠木 碧が好き?」という意味合いも外さずに入れてあげたいなと思いました。お客さんがどの曲が好きなのかは気になります。それに、今まで様々な役を演じさせてもらいましたが、私自身ももう1回チャレンジして、今どれがどのぐらいできるのかを確かめてみたかったというのもあります。芝居するという意味では一緒なのですが、自分から役を作っていくという作業は、人が作ったものにアテることとはまったく違っていて、思っていたよりもずっと楽しかったです。

――声優アーティスト活動を始めて5年なりますが、両方の活動の相乗効果についてどのような実感を得ていますか?

悠木 私はあくまで演者であり声優であるので、歌手を本業にしている人よりも上手に歌うこともできないし、アイドルのようにかわいくて頑張ることで人を元気にするわけでもない。では声優という仕事が何にも特化していないのかというとそんなことはなくて。その意味で、自分の仕事を自分自身がいかに気に入っているかを見返すタイミングにもなりました。たとえば今回の「Logicania distance」はレンジとして相当低いところを出しているのですが、自分としても「ここまで出るのか」という気付きになりました。これは歌でなければなかなかチャレンジできないことでしたし、実際にレンジが広がりました。自分の中の幅を広げていただいたという意味でも、間違いなく私の中で役者人生の中で、「出して良かった」と思える1枚になってると思います。

Interview & Text By 日詰明嘉



●リリース情報
悠木碧 NEW ALBUM
『ボイスサンプル』
6月12日発売

【CD+Blu-ray】

品番:COZX-1549~50
価格:¥4000+税

【CD only】

品番:COCX-40812
価格:¥3000+税

<CD>
1. ランブリン ハンブリン
作詞:hisakuni 作曲・編曲:横関公太
2.Counterattack of a wimp
作詞:悠木碧 作曲・編曲:金崎真士
3.Fairy in the hurdy-gurdy
作詞:hisakuni 作曲:小野貴光 編曲:玉木千尋
4. くれなゐ月見酒
作詞:高瀬愛虹 作曲:角本麻衣 編曲:鈴木裕明
5. 永遠ラビリンス(TVアニメ『僕の彼女がマジメ過ぎるしょびっちな件』OPテーマ)
作詞・作曲: 大橋莉子 編曲:Tak Miyazawa
6. 死線上の華
作詞:hotaru 作曲・編曲:横関公太
7.Carve a Life
作詞:高瀬愛虹 作曲・編曲:佐藤清喜
8.バナナチョモランマの乱(無修正版)
作詞:悠木碧 作曲:山田智和 編曲:佐藤清喜
9.Logicania distance
作詞:悠木碧 作曲・編曲:川田瑠夏
10. ふわふわらびっと
作詞:悠木碧 作曲・編曲:KOUGA
11. 帰る場所があるということ(TVアニメ『ピアノの森』EDテーマ)
作詞・作曲・編曲:hisakuni

<Blu-ray>
・Logicania distance Music Video
・Logicania distance Music Video Making

●ライブ情報
悠木碧 1st Orchestra Concert「レナトス」
10月22日(火・祝)

昼の部:14時開場 15時開演
夜の部:18時開場 19時開演
会場:東京芸術劇場
チケット:全席指定 8500円(税込)
※6月12日発売のアルバム「ボイスサンプル」に先行チケット申し込みシリアル封入。

9月14日一般発売予定

関連リンク
悠木碧 日本コロムビアオフィシャルサイト
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