作品で描かれる“もどかしさ”を表現した「虹が架かるまでの話」
――今回の新曲「虹が架かるまでの話」は、TVアニメ『先輩がうざい後輩の話』のEDテーマです。楽曲制作はどのように進めたのでしょうか?
堀江由衣 まずはディレクターさんのご意見と私の意見、それとアニメの監督さんがこの作品でどんなエンディングを作りたいのかをヒアリングしたうえで、デモ曲を集めていただきました。監督さんは、ミディアムテンポで、ちょっとノスタルジックな雰囲気もありつつ、前向きになれる明るいイメージの楽曲がいいというお話で。そこから自分が感じる作品のイメージや好みも踏まえて、最終的に2曲ぐらいに絞ったうち、皆さんに聴いていただいて全員の意見が一致したのがこの楽曲になります。
――堀江さんとしては、この楽曲で作品のどんな部分を表現しようと思いましたか?
堀江 作品自体の雰囲気としては、いわゆる日常の中で起こる出来事や心の機微をコミカルに描くことで、我々の目にわかりやすく事件として映る面白さがあるので、その素朴なドキドキ感を楽曲の中に入れられたらと思いました。私がアニメの楽曲を担当させていただくときは、その作品にリンクしていたら素敵だなと思っているので、今回も作品の全体的な雰囲気やキャラクターの関係性をできる限りリンクさせて、エンディングまで観終わったあとに「ああ、そういうことだったんだ」って納得できるような楽曲を意識しながら作らせていただきました。
――たしかに歌詞に目を向けると、『先輩がうざい後輩の話』の劇中で描かれるキャラクターたちの微妙に揺れる心情が上手く落とし込まれています。
堀江 もどかしい歌詞ですよね。作品で描かれる関係性も、周りの人から見たら「いや、もう好きじゃん!」というのがわかるけど、本人たちは気持ちを隠しきれているつもりだったり、自分の気持ちを認めようとしなかったりで、なかなか関係が進まないじゃないですか。なので、この楽曲の歌詞ではあえて直接的な言葉を使わないようにしていて、あくまでも「そう見える」「そう聞こえる」というもどかしさを重視しています。
――なるほど。そのお話を聞くと「虹が架かるまでの話」という曲名も、「虹が架かる」という結論に焦点を当てるのではなく、そこに至るまでの過程、いわば付かず離れずの曖昧な関係性を象徴しているように感じます。
堀江 まさにそうですね。「の話」という部分も、この作品の素朴な雰囲気、我々の日常と近い距離感のお話であることと上手くリンクできればと思って付けたもので。というのも、しっくりくるタイトルがなかなか決まらなかったんです。例えば「虹」だと、綺麗になりすぎる印象ですし、「〇〇の虹」にするとファンタジー感が強くなるなと思って。「虹」という言葉を使わない方向性を含め、作詞家の方に色んなタイトル案を出していただいたなかで、ちょっと文章っぽいタイトルにしたかったこともあって、「の話」を付ければこの作品の独特な雰囲気に近づけるかな?と思って、提案させていただきました。
――そこも作品とリンクするための工夫だったわけですね。プラスしてこの楽曲の歌詞は、日常の大切さやありがたみが描かれているようにも感じました。例えば、Dメロの“当たり前の帰り道、当たり前の連絡も突然なくなるかもしれない”というフレーズは、昨今の状況とも重ねられますし。
堀江 たしかにこのDメロの部分は、歌詞のほかの部分と温度感が結構違うんですよね。できるだけ直接的には書かないもどかしい気持ち、ほんわかした距離感を表現しているなかで、ここだけ妙に具体的と言いますか、ちょっとピリッとした感じなので、私も少し気になったんですが、その分、次の“ねぇ、気付いて大事な人は誰”という一文が立つなと思って。
『先輩がうざい後輩の話』の楽しみどころ、“ふたり”の関係性が繋ぐ魅力
――堀江さんは『先輩がうざい後輩の話』に桜井優人役の声優としても参加されているわけですが、改めてこの作品の印象や魅力についてお聞かせいただけますか?
堀江 原作のマンガは以前少し読んだことがあったのですが、出演が決まって改めてしっかりと読ませていただいたら、武田(晴海)先輩と(五十嵐)双葉ちゃん、風間(蒼太)くんと(桜井)桃子、主に二組の会社の同僚による淡い人間関係が描かれていて。私が演じる優人くんと憧れの人の(黒部)夏美さんの関係も含めて、キャラクターの一人一人が魅力的で、みんなすごくピュアなんですよね。武田先輩と風間くんは全然違うタイプですけど、どっちもかっこいいなと思うし、女の子たちもみんなかわいいところがあって。身近な友だちのような“いい人感”があるというか、いわゆる“女神様”的ないい人ではなく、人間らしい感情を抱えたいい人の集まりなので、見ていて純粋に応援したくなるし、優しい気持ちになれる作品だと思いました。
――たしかに会社の同僚という設定を含め、現実の世界との距離を感じさせない作風ですね。
堀江 でも、実際にあるかと言うとちょっとわからないですよね。私は会社勤めをしたことがないので余計に「会社って本当にこんな感じなんですか!?」と思ってしまいました(笑)。双葉ちゃんみたいな子も、現実にはいそうでいないんですけど、でも、彼女みたいに自分にコンプレックスを抱えていたり、相手に対して「いや、好きじゃないし!」って強がってしまう人はいると思うんですよね。だから、この作品に触れて自分に重ねる人もいるだろうし、友達や知り合いに重ねる人もいるだろうなと思って。
――そこは各キャラクターの心情や関係性が丁寧に描かれているからこそなのかなと。
堀江 私が演じさせていただいている優人くんであれば、部活や友だちとの関係性で悩みがあって、夏美さんという年上の女性に相談するんですけど、そういう悩みって自分が学生時代に抱えていたものに通じる部分がありますし、さらに言うと、今でも種類は違えど同じような悩みがあったりもして。
――堀江さんが演じる優人は高校生の少年ですが、少年役を担当するのは珍しいですよね。過去にも『リトルバスターズ!』の直枝理樹役などはありましたけど。
堀江 そうですね。女の子のふりをしている男の子とかはたまにありますけど(笑)。理樹くんも女の子っぽい顔立ちをいじられたり、あの作品に登場する男の子のなかでは一番かわいらしい子ではあったんですが、当時は毎回、結構ドキドキしながら男の子として演じていました。なので今回も「頑張らなくちゃ!」という気持ちでアフレコに行ったんですけど、実際にやってみたら「いや、もっと可愛くしてください」という指示をいただいたんです。私は「これ以上やると本当に女の子みたいになっちゃいますけど……」と思ったんですけど、「優人くんは気弱で、自分に自信がないところがあるキャラクターなので、女の子みたいに聞こえても大丈夫です。優人くんはこの作品のマドンナなんです」と言われまして。
――マドンナですか(笑)。
堀江 この作品に登場するキャラクターは基本みんな大人ですし、女性キャラも、自立していたり、気が強かったり、変わり者だったりするので(笑)。
――優人はまだ大人ではない、未成熟な存在だからこそ、夏美に対して強い憧れを抱くんでしょうね。
堀江 そうですね。音響監督さんにも「優人くんくらいの年頃の少年というのは、年上のお姉さんに対して絶対憧れがあって、すぐ好きになっちゃうから」って熱く語られました(笑)。たしかに十代の男の子にとっては、クラスメイトよりも年上のかっこいいお姉さんは魅力的に映るんだろうなと思いましたし、しかも夏美さんは優人くんが悩んでいるときにアドバイスしてくれたり、背中を押してくれる人でもあるので。それに身近なお姉ちゃんの桃子とはタイプが全然違う、“かっこいい”と“綺麗”を足したような人じゃないですか。きっと「うちのお姉ちゃんとは全然違う綺麗なお姉さんがいる」という印象なのかなと思いながら演じました。
――作中では、武田先輩と後輩の双葉、桃子と風間の関係性も描かれています。堀江さん的には、どのペアの関係性にキュンとなりますか?
堀江 うーん……どのペアもいいですけど、私は“年齢差”が好きなので、うちのチーム(優人と夏美)がいいかな(笑)。自分が学生の頃にそういうマンガを読んでいても、年上の人に憧れた記憶がありますし、今回は優人くんをやらせていただいているので、余計にそう感じるんだと思います。
――「虹が架かるまでの話」の歌詞には“ふたり”のもどかしい関係性が投影されていますが、レコーディングの際は作品の誰かをイメージして歌われたのでしょうか?
堀江 どちらかと言うと武田先輩と双葉ちゃんのイメージが強かったんですが、この作品には色んな“ふたり”が登場しますし、作品の楽曲としてだけでなく、この曲だけを聴いた人の中でも完結するものにしたかったので、色々当てはまるといいなと思いながら歌いました。
――たしかに歌に優しさが溢れていて、“ふたり”の存在に没入するというよりも、見守っているような雰囲気を感じました。
堀江 ありがとうございます。完成した音源を聴いたら、アレンジやミックスもあって、元々録った歌よりもキラッとしている感じに聴こえて、美しい仕上がりになったと思います。
――サウンド的にも、全体的に柔らかさを感じさせつつ、透明感のあるシンセや打ち込みのビートがキラキラした雰囲気を加味していますよね。
堀江 基本的には前向きな楽曲に聴こえるし、かといってガチャガチャしているわけでもなくて。それとサビのキーがいつもよりちょっと高めなところも、キラッと聴こえる理由だと思います。
――この楽曲を作曲・編曲した中野領太さんは、堀江さんのアルバム『文学少女の歌集』(2019年)にも「光の海へ」という楽曲を提供されていましたが、そのテイストにも通じる煌びやかさと言いますか。
堀江 実は中野さんが作られた楽曲だとは知らなくて、レコーディング現場でお会いして「ご無沙汰しています」と言われたときに初めて気づきました(笑)。デモを選ぶ段階では、先入観をもたないように、どなたが作ったのかを見ないようにしているので。でも、きっと私はこういう雰囲気が好きなんだと思います。
「もしこんな世界に入れるなら」――堀江由衣が作品を通してやりたいこと
――ちょっと角度を変えた質問をさせてください。『先輩がうざい後輩の話』は、相手に自分の素直な気持ちを伝えられないもどかしさがキーになっていると思うのですが、堀江さんは自分の気持ちや考えを他人に素直に伝えられるタイプですか?
堀江 あんまり言わないタイプかもしれないですね。
――それは自分の気持ちを相手に伝えたい欲求があまりないということですか?
堀江 だと思います。まあ文句だけは言いますけど(笑)。私は世の中に対して訴えたいこととかもあまりないので、それこそアルバム制作で作詞をするときに、困ることも多いんです。基本的には「元気で行こうよ!」というような前向きなことを書きたいので、自分が作詞した曲を見ると、「元気で行こうよ!」っていうことをポジティブに歌っている曲ばかりなんですよね(笑)。なので、毎回テーマを考えるのは難しいですね。
――でも、堀江さんは楽曲や作品ごとに世界観をしっかりと構築されている印象があります。
堀江 「この世界の中にいる人になりたい」ということを考えるのは好きなんですよ。前作のアルバム(『文学少女の歌集』)であれば“郊外に住んでいる文学好きの女性”みたいな。あの世界観に行きたい、なりたい、見せたい、見たい、という気持ちはあるんです。今回のビジュアルも、もちろん作品や楽曲のイメージに合うものを考えたうえで、「こういう世界観にいる人でやりたい」というのがあって。
――今回も日本の郊外感がある風景のなかに佇む堀江さんの姿が素敵で、ノスタルジーを感じさせるところを含め、『文学少女の歌集』の世界観に通じるように思いました。
堀江 私の今のブームがそういう感じで、今回は“みんなの実家のそば”みたいなイメージです(笑)。きっと余程の都会生まれじゃない限り、実家や親戚の家の近くにこういう場所があると思うんですよ。昔から「もしこの世界にいたら」というのがずっと好きですね。
――先日には11枚目のアルバムの制作が発表になりましたが、例えば次のアルバムではどんな世界観にチャレンジしてみたいですか?
堀江 私には、何かを思って何かをするということがあまりなくて、都度都度やれることを全力でお客さんに楽しんでいただく、というのがチーム全体のテーマなんです。だからアルバムに関しても、自分のやりたいことをやりつつ、その中でもバランスをとって、今までやったことのない楽曲、私の過去の作品が好きな人が気に入ってくれそうな楽曲、今の要素がある曲だったり、逆にない曲だったり、できるだけいい曲をたくさん作りたいと思っていて……でも、今はまだ内緒です(笑)。
INTERVIEW & TEXT BY 北野 創(リスアニ!)
●配信情報
10月16日(土)配信開始
堀江由衣 デジタルシングル
TVアニメ『先輩がうざい後輩の話』EDテーマ
「虹が架かるまでの話」
作詞:金丸佳史/作曲:中野領太 編曲:中野領太
配信サイトはこちら
●作品情報
TVアニメ『先輩がうざい後輩の話』
放送中
TOKYO MX、BS11 毎週土曜25:00~
とちぎテレビ 毎週火曜23:00~
北海道テレビ 毎週木曜25:50~
アニマックス 10月16日(土)より 毎週土曜22:30~
テレビユー福島10月16日(土)より 毎週土曜25:28~
配信
ABEMA 毎週土曜25:00~
※地上波同時・単独最速配信
※その他サービスも順次配信予定
【スタッフ】
原作:しろまんた(一迅社「comic POOL」連載)
監督:伊藤良太
シリーズ構成:成田良美
キャラクターデザイン:阿部慈光
総作画監督:室田雄平、吉川真帆、中川洋未、武藤 幹
プロップデザイン:中島絵里
美術監督:鈴木俊輔
色彩設計:伊藤裕香
撮影監督:桒野貴文
編集:木村佳史子(MADBOX)
音響監督:高寺たけし
音楽:堤 博明
アニメーション制作:動画工房
【キャスト】
五十嵐双葉:楠木ともり
武田晴海:武内駿輔
桜井桃子:早見沙織
風間蒼太:土田玲央
黒部夏美:青山玲菜
桜井優人:堀江由衣
月城モナ:古賀 葵
関連リンク
堀江由衣アーティスト公式サイト
https://horie-yui.com/
TVアニメ『先輩がうざい後輩の話』公式サイト
https://senpaiga-uzai-anime.com