デビューするか否か……伊東の悩みと導き出された答え
――アーティストデビューのお話が出た際にはどのようなお気持ちでしたか?
伊東健人 そうですね。
――それを踏み出すことになったのはどんなきっかけや要因が?
伊東 例えば僕の仕事はキャラクターやコンテンツを背負って歌うことがほとんどで、「伊東健人」の名前で、個人で歌を表現するということをすぐには想像できなかったんです。どんな音楽をやりたいかと言われたときに、明確なものが見えていたわけではなくて、自分が答えることができるのかなと……。明確なイメージがないままアーティスト活動を始めるというのは、アーティストとして活動されている方や音楽を作られている方たちがいるなかでは失礼な話だなと思ったんですよね。声をかけてもらったから歌を出してみました、というものにしたくはなかったですね。
――デビューすることになったということは、そこで芽生えた不安を解消できたからだったのではないかと思うのですが……。
伊東 「やる」となったなら自分はどういうことがしたいのかを改めて検証したんです。そこでまとまった考えを元に「こういうことがやりたいです」と僕から伝え、それをやらせてもらえるのかどうか。もう1つお伝えをさせていただいたのは「世間のニーズだけを気にして自分に嘘をついたものにはしたくない」という気持ち。聴いてくれる人や今までお世話になった業界を置いていくものにはしたくないぞと。実はこの時点で真反対のことを言っていると思うんです。
――それが「置いていかない」にも繋がりますね。
伊東 例えばタイアップが決まったとしたら、作品の世界観を理解したうえでこちらも曲を作りたいんですよね。自分が曲を作るかどうかも今はまだわからないですが、作品に寄り添って歌いたいと思っているので。そんな活動になっていったらいいなと思いますし、細かいところでもめちゃくちゃわがままを言います、ということもお伝えさせていただいて。1つ1つ、検証と相談を重ねていった結果、「音楽活動をやります」とお返事をしました。
――なんだったらタイアップについてはコンペに出してもいいです、くらいの気概ですね。
伊東 そうですね。自分のやりたい音楽さえやれればいいです、という気持ちではないんですよね。そんなところを求めた活動ではなくて。
――作品とのコラボレーションも、活動の線上にあるものとして捉えていらっしゃるんですね。
伊東 声優を10年くらいやらせてもらっていますが、最終的にはアニメーションへの恩返しになっていかなければいけないなと思うので。
――声優の皆さんとお話をしていると、活動10年くらいで一旦、「これからどう活動していこうか」といったことを考えられているような気がします。
伊東 悩んでいるわけではないですが、色々なことをやらせてもらっていますし、それこそ10年前の自分は想像もしていないくらいに歌っているし、歌っているだけじゃなかったりもして。バンドをやる、知らなかったラップミュージックに触れる、踊る……想像もしてこなかったことをたくさんやらせてもらっていますが、10年くらい経ってもまだまだ初めてのこともたくさんあって。そのなかの1つとして決意した音楽活動に関しても初めて経験がたくさんあって、今すごく楽しいんです。まだまだ体験していないことに興味があるんですね。普段、声優という仕事は0から何かを生み出す仕事ではないですし、その機会はそれほど多くないですから。例えばそれができる場所というのがこの音楽活動だとも思うんです。
伊東健人の音楽とクリエイターとしての意識
――その伊東さんの音楽観を伺います。かつては「歌」を仕事にしていくことになるとは想像もしていなかったほど声優として歌っているとのことでしたが、声優を目指されたときにはこれほど歌う仕事だと思っていましたか?
伊東 全然思っていなかったです。そもそも今のような声優の業務形態をわからないまま養成所に入ったので。声優さんがこんなにたくさん人前で歌うなんてわかっていなかったですし、そもそも歌うの?くらいで。気づいたときには後戻りできないところに……わかっていたら声優を目指していなかったかもしれないです(笑)。
――大学時代にはボカロP(21世紀P)として活動されていた伊東さんですが、そういった音楽活動をされるきっかけはなんだったのでしょうか。
伊東 あれはもう、遊びです。みんな持ち上げてくれるのですが、遊び以外の何モノでもないです。友達に誘われて、一緒にやってみようかとなったというか。当時、ボーカロイドについて教えてくれた人がいてそれもあって。
――そういった形で音楽をクリエイトする素地もあって、声優になったことでキャラクターソングを歌う機会もたくさんあったと思います。声優として出会った様々なジャンルの楽曲や多彩なクリエイターさんたちからご自身も刺激を受けて来られたのでは?
伊東 刺激しかないですね。アニソンというのはざっくりとしたジャンル分けですけど、その中に色んな音楽があるんですよね。仕事をしているだけで音楽の幅が広がっていくんです。それはとても幸せなことだなと思うし、キャラクターとしての表現の幅も必然的に広がる。歌がセリフ表現に還元されることもあるし、セリフの新しい言い方が歌に還元されることもある。それこそ新しい表現の引き出しがどんどん生まれるんですよね。その機会をたくさんいただいているので、そういった積み重ねは間違いなくあると思います。
――幅が広がる、というお話ですが、ご自身が聴く音楽にも影響はありますか?
伊東 普段聴く楽曲の幅が増えました。僕はアニソン歴はそれほど長くないんです。せいぜい10年ちょっとくらいで。初めて行ったアニソン系のライブも2011年の“Animelo Summer Live”(以下、アニサマ)だし、子供の頃からめちゃめちゃ聴いていたわけではないんです。もちろん影山ヒロノブさんなどの有名な曲は聴いていましたが、「これがアニソンだ」という自覚を持って飛び込んで聴いていたわけではないのですが、触れてみると面白いなって思いますね。
――アニソンの魅力に気づいたきっかけはなんでしたか?
伊東 2011年の“アニサマ”、または「マクロス7」を観たときです。「マクロス7」は90年代中盤のアニメですが、リアルタイムでは観ていなくて。20歳を過ぎてからレンタルショップで借りて観たんですけど、“アニサマ”のトリがJAM Projectさんだったんですけど、ペンライトを振るようなライブはそのときが初めてで。ライブの一体感や、音楽の共有の仕方が異なることがアニソンの魅力の1つなのかなと思いました。あとはアニソンって世界観みたいなものが曲のルーツではなかったりもするんですよね。使われ方でも強烈な印象を残して、曲の魅力が何倍にも膨らむ。そういうこともあるのがアニソンだと思います。
――「プロジェクトセカイ カラフルステージ! feat. 初音ミク」に楽曲を提供したときは、そういったアニソンの魅力を知った上での制作だったんですね。
伊東 そうです。結構、最近の話でもありますが。ただやっぱり制作しながら、アニソンの魅力についての意識はありました。曲を作る人がいて、聴く人がいて。その二者だけでは関係性が完結しないような曲を、と思って作っていたので、そこから色んな人に伝達していって、「プロジェクトセカイ」では初音ミクをはじめとしたボーカロイドたち、キャラクターたち、あとはゲームのオリジナルのキャラクターたちといったアイコンを視点にして世界を見せていくことは自分も意識したことだし、アニソンの素敵なところに繋がるかなと思いながら制作をしました。
――そういった形でキャラソンを意識したり、制作もされたりしていると、クリエイターさんたちとの関わりも楽しそうですし、深まりそうですよね。
伊東 クリエイターさんとの出会いはありますし、以前ボカロPをしていた頃からの縁を感じることもすごくあるので、人生は面白いなと思いますね。ボカロを触っていたのは10年以上前ですけど、その頃に一緒に会って話をしていたような人たちが今ではメジャーな舞台で活躍していますしね。アニソン業界を引っぱっている方も多いですし、たまに会って話すとすごく楽しいです。曲だけじゃなく、あの頃にニコ動に絵を描いて投稿していた人なんかもマンガ家になっていたりもしますし、音楽だけじゃなくほかの分野で活躍されている方も多くて、いつも刺激をもらっています。もし僕も音楽活動をすることになったら一緒にやりましょう!と思っていた方たちもたくさんいますね。そういう意味でもやりたいことだらけです。
音楽活動のスタートの背中を押した仲間たちの存在
――キャラソンを歌う際に伊東さんが意識されているのはどんなことですか?
伊東 キャラクターとして歌う際に意識するのは、マイク前でお芝居をすることとなんら変わらないです。パワーバランス的に言うと「歌う」というよりも「お芝居」のことを考えていることが多いです。そのキャラクターが歌うときには、どう歌っているかを考えることですし、そのお芝居をすることだと思うので。この人だったらどう歌うか。キャラクターの気持ちになることです。だから「自分」をどれだけ封じることができるか……と言いつつ、結局は自分が出ちゃう。
――使う楽器は一緒ですからね。
伊東 そうなんです。出ちゃうってわかっているからこそ、できる限り自分を0にすることです。
――SideM勢からデビューする人がすごく多いですよね。寺島拓篤さん、仲村宗悟さん、内田雄馬さんはもちろん土岐隼一さん、山下大輝さん、寺島惇太さん、高塚智仁さん、堀江 瞬さん、千葉翔也さん、永塚拓馬さん。そういった方たちの様子はどのように見ていらしたんですか?
伊東 仲村宗悟なんかはデビューする何年も前から「音楽活動がやりたい」と話はしてくれていたので、形になったのを見て「良かったね」と思っていましたし、アーティストデビューをすることによってアーティストの色合いがよりわかりやすくなるだろうなと感じていたんです。「この人はどういう人なんだろう」「どういう色が似合うんだろう」「どういうことが好きなんだろう」といったものは活動の中で見えてくる機会も増えてきて、人物像がはっきりしてくる、というイメ-ジを持っていたので、それは自分のアーティストデビューに踏み切った理由の1つにも繋がるのかなと思います。ただ「歌いたいです」というよりも、もうちょっと違う理由というか。自分というものをはっきりさせたい。見る人にとってもはっきりするんじゃないか。特に今の声優の仕事ってどこを見ていいのかがわからなくなることもあるんですよね。伊東健人なら伊東健人として、キャラクターだけじゃなく、芝居や朗読劇もあり、ブレやすくなってきているものを、自分として輪郭をくっきりさせることができるんじゃないかなって思ったことは、アーティストデビューを決意した大きな要因にもなっています。周りのみんなの活躍は、そういったことに気づかせてもらえたと思います。
――そこで一歩踏み出すための、輪郭をはっきりさせるための「伊東健人」の歌。どういうものを目指したのでしょうか。
伊東 今回はソロアーティストとしての1曲目なので、表現したいことは足し算でも引き算でも考えていきました。これをやりたい、あれもやりたい。それと同時に、これは違うというのも考えながら。自分のパブリックイメージからすると、曲を出すとなったら青春爽やかナンバーではないなと思いました。かといって背伸びをする段階でもないというところで、「等身大」というキーワードが出て。「等身大の伊東健人」とは?を考えましたね。取捨選択の繰り返しを経て出来上がったのが、川谷絵音さんに作詞・作曲・編曲のすべてをお願いした「真夜中のラブ」だったんです。どうして川谷絵音さんなのかと言うと、実は同じ年なんですね。間違いなく今の音楽シーンを引っぱっている存在の1人だと思うのですが、同世代だということもお願いする理由の1つになりました。
等身大の伊東健人が語り部となって紡ぐ「真夜中のラブ」
――「真夜中のラブ」制作時の印象的なやりとりを教えてください。
伊東 どういう世界観にしていくかを考えたときに、応援歌は違うし、自分が主役になる曲でもない、聴いてくれている人が主役になる歌が望ましい、という話をスタッフさんたちとしました。まずは自分の理想やイメージを全部伝えて、「ここは実現可能である」「ここは少し難しい」という対話を重ねて、落としどころを探りながら作っていくことが一番建設的で、結果、スピードも出るんじゃないかとやらせてもらいました。MVもそういったイメージを映像化しました。本当はMVにも出たくなかったんですよね。ただ1曲目ですし自分が出るべきだということはわかっているので、出演はしましたよ(笑)。
――川谷さんにお願いしたのも、「やりたいこと」だったんですね。
伊東 それはもう、僕が決めていました。お願いする1人目は川谷さん以外考えていなかったです。川谷さんにお願いしようと思った要素はいくつかあるのですが、僕はシンプルに川谷さんの作る曲が大好きなんです。伊東健人として表現したいと思ったときに、伊東健人のイメージってなんだろう?と辿っていって。時間帯としては夜だろうと思いましたし、そのイメージにも川谷さんの楽曲が合うなと思ったんです。もちろんダメ元でのお願いだったのですが、まさか快諾してくださるなんて!と思いました。まだこれからデビューします、ビジュアルも決まっていないですし音楽的にどんな世界観かの背景もわかっていないなかで書いてくれるわけがないだろうなというのはもちろんあったので、ダメ元でのお願いでしたから。
――そんな「真夜中のラブ」が届いた際にはどのような感想がありましたか?
伊東 リクエスト通りなところはもちろんその通りになっているし、さらにそれを越えて、自分も予想していなかったアプローチがあったりもして、非常にいい曲だなと思いました。
――レコーディングには川谷さんがいらっしゃったとのことですが、ディレクションはいかがでしたか?
伊東 普段とは全然違う、非常に刺激的な時間でした。当然と言えば当然ですが、レコーディングも、普通よりも時間をずっと設けてもらいましたし、自分もそのつもりでいきましたし、自分のやりたい歌い方や表現方法を尊重してくれました。僕自身がやりたい表現方法があるけれど、もちろん経験値などもあって理想に届かない場面もあるんですよね。歌でも芝居でも。すぐに届いてしまうのなら苦労はないですが、そのトライ&エラーの作業も一緒に突き詰めてくれたんです。だから川谷さんのディレクションで一番多かった言葉は「惜しい!」だったんです(笑)。後半の、突き詰めのクライマックスでは「惜しい!」しか言われてなかったですね。「ここもうちょっと詰めたくて」って、川谷さんの言葉ですが、もちろん僕も同じことを思っているんですよね。そこは一緒に突き詰めてくれて、本当にありがとうございます、という感覚です。普段のレコーディングより何歩か奥まで進んでくれた気がします。
――「『真夜中のラブ』はここを歌っていると気持ちがいいんだよなぁ」という部分を教えてください。
伊東 ラスサビですかね。僕のイメージでは曲の頭からおしりまで太陽は出ていないと思っていたんですけど、自分が歌って、バンドの音が入ってとなったときに、このラスサビまでいって初めて、太陽は昇りかけているな?というビジョンが流れてきたんです。それがすごくいいなぁ、と思って。デモ段階よりはちょっと、時計の針が進んだ気がします、ということもお伝えしたのですが、それが音の使い方からも最後のサビで思ったより明るくパワーがあっていいのかもしれないなと思いました。自分が想定していたよりも、スパーンと抜けるような声で歌えたような気がして。いいテイクが録れたと思います。だからこそ“忘れるよ 物憂げに窓の外を見ながらさ”のあたりが、自分では歌っていて一番気持ちのいいポイントです。
――実際に完成されたこの「真夜中のラブ」にはどんな伊東さんが宿っていると感じますか?
伊東 この曲は説明するときにすごく難しいんですよ。この歌詞に共感できるというのは違うし、共感してくださいというのも違う。こういう世界もあるよねというドラマ、アニメ、ゲームのようなファンタジーでいいと思っているんです。その中で僕は語り部で、主人公は聴いているあなた、という聴き方をしてくれるのが僕の理想です。最初のほうにお話をした「等身大の伊東健人」は、この曲の“語り部”である部分ですよね。年齢も今年30そこそこになるんですけど、この歌詞を背伸びもせず、若作りもせずに歌えるのは今の年齢なんだろうなと思うんです。きっと10代の自分では絶対にわからないと思うし、50くらいの自分からしたら子供っぽい歌詞になっていると思う。だからこの歌詞を表現するのは今の年齢の自分でなくてはならなかったんだな、と将来的に自分が思うでしょうね。
――「50のときも歌っている」という想定がされているんですね。
伊東 どうですかねぇ(笑)。でもそれくらいに繊細な歌詞だと思いますし、それもまた魅力だなと思います。
――これでアーティストとしての第一歩を踏み出される伊東さんですが、この先の活動の野望や目標をお聞かせください。
伊東 本来の自分の仕事にどう還元していけるかということ。そしてこの活動で得たことを、どう自分の活動の中で、0から1の工程で活かしていけるか。それを試せる場が音楽活動になるとも思うんです。この活動を「家みたいな場所」と表現させていただいているのですが、遊びを持ち込んで試せる場所や、自分が悩んだときに立ち返る場所でもあったり、「伊東健人」がどういう人物なのかがくっきりとした輪郭で見える場所だったり。そういう場所を音楽活動を通して作っていきたいですね。
――では最後に読者へメッセージをお願いします。
伊東 心待ちにしてくださっていた、待っていてくださっていた皆さんにまずは「ありがとうございます」と感謝をお伝えしたいです。ここから出会ってくださる皆さん。「どうぞよろしくお願いします」。音楽活動に向ける自分の想いは今回のインタビューでお話をさせていただきましたので、皆さんにとっても僕の音楽活動が「家」のようになれたらいいなと思っています。ほら。家って雑でいいじゃないですか。帰りたくなったら帰ってくればいいし、出掛けていってもいい。それくらい雑に寄りかかれる場所にしていけたらいいなと思っています。アーティストデビューをしたからと何かが変わるわけではないですし、だからってなにかを削るつもりも毛頭ないですし。これまで100だった活動が120になっただけなので、今までとなんら変わることなく応援してください。よろしくお願いします!
INTERVIEW & TEXT BY えびさわさなち
●リリース情報
「真夜中のラブ」
作詞・作曲・編曲:川谷絵音
各種音楽配信サービスにて好評配信中!
配信先一覧はこちら
●イベント情報
Kent Ito 真夜中のラブ Release Event “Waves #1”
10月22日(土)
[昼公演] 開場13:30 / 開演14:30 終演16:00 (予定)
[夜公演] 開場17:30 / 開演18:30 終演20:00 (予定)
会場:品川インターシティホール
価格:¥7,500 (税込) /(ドリンク代別) ※全席指定
お問い合わせ先:SOGO TOKYO 03-3405-9999
▽オフィシャルサイト抽選先行受付
※お1人様1公演につき4枚まで
受付期間:9月21日(水)12:00~9月28日(水)23:59
結果発表:9月30日(金)18:00~予定
支払期限:10月4日(火)
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