アニソンを手がけるアーティストは数多くいるが、なかでもnano.RIPEの存在は非常に感謝に満ちている。nano.RIPEが生み出すバンドサウンド、そのシンプルなロック精神は作品を開かれた世界へと導いてくれる。
そんなnano.RIPEの魅力の1つは、ボーカル&ギターのきみコが歌詞に描き出す、抒情的で詩的な世界。nano.RIPEが4年ぶりにアルバムをリリースするにあたり、アルバム収録13曲についてゆっくりと話を聞き、我々を独特な世界へと誘う歌詞にふけってみる。

今のnano.RIPEならバンドサウンドをもっとかっこ良く
――オリジナルアルバムは4年ぶりではありますが、曲作りは続けられていました。この4年の間にベストや配信限定ミニアルバムのリリースもありましたが、今回のアルバムは何かコンセプトを掲げましたか?

きみコ オリジナルアルバムをずっと出したかったし、曲も書いていたので、アルバムが決まってから急いで、ということはなかったですね。書き溜めていた曲のどれを入れるか、というところから始めて、巻き戻ってストックの中から今出したい曲も探しました。だから、コンセプトの元に曲を作っていくということはなかったです。「良い曲」を上から選んでいった感じがありますね。ただ、楽曲というよりもアレンジ面で、新録の8曲はなるべくバンドサウンドにしたいと思っていました。

――新曲はリード曲から作り始めたんですか?

きみコ いえ、最後でした。最初は「クエスト」をリード曲に、という話もあったんです。でも、「クエスト」はいわゆる ”シンプルなバンドサウンド” ではないので、このアルバムのリードにするのは違うかもしれないな、と。



――もっとバンドっぽい曲を?

きみコ はい。
それにこれまでは、アルバムのリードトラックでも暗めだったりバラードだったり、ライブの定番曲になるような突き抜けたポップはあんまりなかったんですよね。でも今回はあえてそういう曲をリードにしようという話になって、(ササキ)ジュンが書き下ろしました。

――わかりやすいリード曲を作ってこなかった理由はあるんですか?

きみコ 理由は特にないですね。あくまで出てきた曲の中からリード曲を選ぶという感じだったんです。リード曲、という考えで作ってはこなかったんですよね。

――今回、バンドサウンドをアルバムのカラーとして打ち出したいと思ったのはなぜですか?

きみコ メンバーが(ササキ)ジュンと2人になって5年くらいが経つんですけど、2人になった当初はせっかくだから自由にやってみようということで、色々なアレンジャーさんとやったり弦を入れたり鍵盤を入れたりしていて。それはそれで後悔はしてないし、良いこともたくさんあったんですけど、あたしが最初に衝撃を受けたバンドがTHE BLUE HEARTSであることや、nano.RIPEを結成したときにシンプルなバンドサウンドに憧れたことを思い出し、今のnano.RIPEだったら昔よりもさらにかっこ良くなるんじゃないかと思ったんですね。そこで勝負したい、という気持ちでした。

――たしかにバンドというスタイルがきみコさんの意識のスタンダードにある気がします。サポートメンバーも1メンバーとしているというか、行動を共にしますよね。ライブに限らず、YouTubeとかでも。

きみコ そうですね。
サポートをお願いする際も、メンバーのつもりでやってくれる方、というのが大前提ではいます。ツアーの中でライブのスタイルやセットリストをどんどん変えていっても対応してくれるような。だからお互いに、ほぼメンバーという気持ちではいますね。

――バンドサウンドを重視したというリード曲「トリックスター」ですが、きみコさんとしては歌詞にどのような想いを込めましたか?

きみコ さっきも少しお話したように、ライブではアルバムのリードトラックがそんなに定番曲になっていなくて。だから、「絶対外せない」「みんなで歌って踊って楽しめる」楽曲にしたいというところでジュンが書いてきたんですけど、あまり明るすぎても希望がありすぎてもあたしにはそぐわないんですよ。コロナ禍は、みんなに会えることがどれほど幸せなことかと改めて考える時間になったので、その気持ちを素直に言おうと思い、ライブの景色を浮かべながら書いた歌詞でもあります。サビの、“続きを知りたくないような暗い夜は”という部分は、ライブに来てくれるみんながいつだって幸せで前向きな気持ちでくるわけではないし、もちろんあたしも浮き沈みがあって、だからこそ非日常であるライブ空間を守りたい、あたしにとってもバンドにとってもめちゃくちゃ大切なところだ、という気持ちを歌詞に込めました。

――ライブに来たあと、また憂鬱な日常に戻る人もいるでしょうし。だからこそ楽しい時間に。

きみコ そうですね。夢みたいな時間を作りたくて。ぼくらもそういう時間をみんなに与えてもらってるので。


――きみコさんの歌詞はネガティブな面を歌っていても強い気持ちが表れていますよね。気合いを感じるというか。

きみコ 自分に喝を入れていますよね(笑)。ずっと、自分の一番のライバルは昨日の自分、だと思って生きてきたので。スポーツをやっていたときは特にですけど。なので、根底に染みついているんだと思います。

――“かっ飛ばして”はリトルリーグでの野球や高校でのソフトボール部の経験があるからこそ出てきた歌詞に感じました。

きみコ 実は最初に浮かんだのは「ぶっ飛ばして」で。耳に残るような、簡単でわかりやすくて、でもちょっとカラッとしている言葉はないかとメロディを聴きながら考えていたら出てきました。でも、全部が「ぶっ飛ばして」だとちょっと怖いな、と思って(笑)。

――「ソアー」は野球の経験が活かされた曲です。以前の「ローリエ」「リリリバイバー」に続く高校野球ソングで、「高校野球ダイジェスト 白球ナイン」「第101回全国高等学校野球選手権埼玉大会中継」のテーマソングだった「ローリエ」に続く、高校野球中継番組のダブルタイアップソング(「第104回全国高等学校野球選手権埼玉大会中継」、「MRO北陸放送ラジオ高校野球中継」)でもあります。
これまでの2曲と違うところはありますか?


きみコ 特に変化はなく、高校球児の言葉を今回も代弁するという気持ちで書きました。それと、高校野球というととにかく、白球を追いかけて泥まみれ汗まみれになって……というところを切り取りがちなんですけど、その裏側を描きたかったというところも同じです。野球が嫌いになりそうになった時期も絶対あると思うんですよ。あたしもなりましたし。で、あたしの歌詞はだいたいそういう言葉が2A(2番のAメロ)に出てくるんですよね。「ローリエ」もそうでしたし、今回も2Aで心が折れそうになるところを表現しています。



――きみコさんはリトルリーグ出身で知られますが、野球を始めたのはお兄さんがやっていたからとか?

きみコ 直接の理由は父かな。父がリトルリーグの監督で、兄がキャプテンで。

――そんな野球エリートな環境だったんですね。

きみコ そう、超英才教育なんです(笑)。父は多分、あたしがおてんばだったし、運動神経も結構良かったので、これなら野球をやるかもしれないと思ったんでしょうね。ある日突然「きみコも野球やるか?」と言ってきて。
あたしはとにかくお兄ちゃんが好きだったので、「やる!」と言ったことから始まりました。それが小学2年生のときで、一応6年生まで在籍はしていたんですけど、4年生からミニバスも始めちゃって。で、5年生からはミニバスに振り切って、野球はたまに行くくらいでした。

――どうしてミニバスに切り替えたんですか?

きみコ バスケも楽しくなったというのはあるんですけど、小学校2年生で始めたときはあたしもプロ野球選手になるつもりで頑張ってたんですね。でも、4年生くらいでプロ野球選手には女性がいないことに気づき、「きみコはなれないんだよ」と言われたのも、多分きっかけだったと思います。

――「目指した頂」が最初から高かったんですね。

きみコ そうですね(笑)。やるからにはという感じで。

――スイッチヒッターだったとも聞きました。

きみコ それは高校のソフトボール部のときです。ソフトボールって左打者が有利じゃないですか?

――スラップ(=走り打ち)がテクニックとして有効ですね。

きみコ なので、入部したら練習させられたんです。
だから、付け焼き刃でそんなに打てるわけではないんですけど。

――そういった背景を持っていることが歌詞にも表れていますね。野球を知っている感というか。

きみコ 高校野球の歌となるとやっぱり、青春を綺麗に切り取った曲が多い気がするんですけど、「あたしはそっちには行かないぞ」という気持ちではいますね。

――続けて全曲の歌詞をお伺いしていきたいのですが。次は2曲目、『のんのんびより のんすとっぷ』のOP主題歌だった「つぎはぎもよう」の歌詞について。

きみコ これで『のんのんびより』シリーズの曲を作るのは4曲目になるんですけど、一番苦しみましたね。監督からは「すごく心苦しいんですけど、同じような曲を」と毎回言われていて(笑)。やっぱり『のんのんびより』って「変わらない」美学がある作品なので、4回目ということでかなり悩みました。でも最終的には、これまでに書いた3曲のテイストを使ってもいいのでは?という気持ちになれて、そこからはスラスラと書けました。(第1期OPテーマの)「なないろびより」のサビで「季節」をキーワードにしていることに寄せて、この曲でもサビの頭で「明日」を何度も登場させるとか。

――冒頭の“いつもとおんなじ道の上 ちょっとずつでも違う空”にも、不変と変化が表れていますね。

きみコ はい。最初に書き始めたのはこの歌詞からでしたね。

――きみコさんが感じる『のんのんびより』の魅力ってなんですか?

きみコ すごく不思議な作品だとは思います。アニメを観るというよりも、実家に帰るときの楽しみのような、ホッとしたくて観るような感覚がありますね。ドキドキワクワクとかではないですし、本当にほかにはない魅力を持った作品だとすごく思います。

ライブがない生活に慣れてしまった自分への驚き
――「ネコに日だまり」では歌詞だけではなく、猫飼いでもあるきみコさんが曲も手がけました。

きみコ これはストックの中から出した曲の1つですね。気に入っているのになかなか出すタイミングがなかったんですけど、いつか絶対、とは思っていたので、今回アルバムを出すと決まってすぐに入れたいという話をジュンにしました。で、改めてジュンがアレンジし直して、歌詞も少し書き直しました。といっても、当時だったらそのままリリースしていたかもしれない、くらいに作り込んでいたので、それをブラッシュアップした感じですね。

――当時というのはいつ頃ですか?

きみコ 6、7年前かな。メンバーが4人いたときの曲です。(2016年12月25日にベースのアベノブユキとドラムの青山友樹が脱退)

――リリースが決まっていない曲をほぼほぼ完成させるというのは、nano.RIPEでは普通のことなんですか?

きみコ 当時はどの曲もしっかり仕上げてから次の曲に向かっていましたね。今とはアレンジの仕方も違っていて、スタジオに入ってみんなで「せーの」でやっていましたし。今はジュンがパソコンでアレンジしていますけど。

――歌詞はご自身の飼い猫をイメージしながら?

きみコ いや、そういうことでもないんですよ。どうしてこんな視点で書き始めたのかは……ちょっと覚えていないですね。恋愛ソングだと思うんですけど、何かこういう健気な気持ちが自分の中にあったのか、そういう作品を見て思いついたのかのどちらかだと思います。

――nano.RIPEはこれまでもストックからサルベージすることが多いイメージがあります。

きみコ そうですね。今回はあたしがセレクトして、ジュンに「どうかな?」と聞くスタイルが多かったんですけど、昔に書いた曲って冷静に聴けるんですよね。当時の想いといったものを一旦取っ払って、1リスナーとして客観的に聴くことができるので。そこで、「なんで入れてないんだろう?」という想いから選ぶ曲も結構ありますね。

――5曲目の「トロット」の歌詞についても。

きみコ これは、リリースの予定も全然ないときにジュンが書いてきた曲で、それがすごく良かったので「エンブレム」(TVアニメ『食戟のソーマ神の皿』EDテーマ/2019年)のカップリング曲にしたんですけど、歌詞は自分のことをとにかく書きました。

――自分のことを?

きみコ この辺りからライブで肩肘を張らなくなったというか、みんなのためにライブをしていると言えるようになったんですね。ずーっとあたしはあたしのために歌っているだけ、とステージでも言っていたんですけど、でも、あたしのためだけではなくみんなのため、と言ってもいいと思えてきて。そういった心境の変化がすごく出ていますね。“きみ”というのは会いに来てくれるみんなのことです。“深い闇も見上げれば光”“深い闇も去りゆけば光”というのは、1人でもがいて苦しんで、みんながなぜか敵に見える時期越えた今振り返ると……という気持ちを書いています。ずっと勝手に1人で戦っているみたいなところがあったんですね。

――勝手に周りを敵に仕立てるような、焦燥感にも似た感覚に囚われていた理由というのは?

きみコ うーん、なんだったんだろう?今思うと不思議ではあるんですけど、もしかすると野球の経験も結構繋がっているのかな。女だからダメだった、という悔しさみたいなものを感じさせないようにしよう、「自分がしっかりしなきゃ」と必要以上に思っていたんじゃないかと思います。誰もそんなふうには見ていないのに。

――解き放たれたきっかけはあったんですか?

きみコ やっぱりジュンと2人っきりになったことですね、2人になったのに2人きりな感じがあまりしなくて。ファンクラブの方をより身近に感じるとか、「こんなにたくさんの味方がいたんだ」と気づくタイミングでもありました。それまでのメンバーチェンジもそうですけど、一緒だった時間がなかったことにはならないし、辞めていったメンバーもnano.RIPEというバンドのバンドの命を繋いでくれたとすごく思えるようになった。そういう心境の頃だった気がします。

――「トロット」という単語はそことどう結び付いているんですか?

きみコ それは全然関係なくて。(2019年8-9月期)「みんなのうた」で外山光男さんが作ってくださった「ヨルガオ」のアニメーションが本当に好きで、その後すぐに外山さんのDVDを全部買い集めたんです。その中に(「イメージフォーラムフェスティバル2006」入選、「バンクーバー国際映画祭」招待上映作品の)「trot」という作品があって、それを見てから「トロット」という言葉がずっと離れなくて、あたしの心を柔らかくしてくれた妖精みたいな存在に思えたんです。そこから作りました、

――最初にリード曲候補だった「クエスト」に関しても教えてください。

きみコ これはジュンが曲を書いてきたんですが、めちゃくちゃ良い曲だなと思って。

――またですね(笑)。

きみコ そうなんですよ(笑)。2年前くらいの曲かな。スタッフも当時、これは本当に良いと言っていたのでもっと早くにリリースするタイミングがあるかと思っていたんですけど、ないままここまできちゃったんですね。でもそれが良かったと思っています。歌詞に関しては、コロナ禍直前だったのでそんなに影響を受けていないはずなんですけど、なんとなくその感じが見えますね。でも、バンドの歩いてきた道のりと、これから歩いていく道のりを込めた歌詞です。

――「声鳴文」については?

きみコ イントロの「オー」なんかがまさにそうですけど、これもライブのときにみんなで歌いたいというイメージでジュンが曲を作りました。「トロット」のときにお話したように、あたしもライブでみんなの顔を見ながら「きみのため」という想いをしっかり伝えよう、という気持ちで書きました。なので結構強めの言葉も入っていますね。



――昨年2021年にリリースされた、4曲入りの配信ミニアルバム『小さな祈りの書』にも収録されましたが、そちらから「声鳴文」と「オーブ」の2曲が選ばれた理由はなんですか?

きみコ より想いが強かった、というところですね。「ソアー」があるので、2曲も野球の曲を入れると……ということで「リリリバイバー」はナシにして。「花に雨」も単純にどちらかといえば「オーブ」を入れたかったという理由です。

――どちらもコロナ禍での想いが入った曲なので、ということですね。その意味では、「ペカド」はnano.RIPEの曲としてはほかとは違う、個性が強い曲だと思います。歌詞も、きみコさんらしからぬ情念に満ちていますし。

きみコ これを入れるかどうかはすごく悩んだんですよ。そもそも恋愛ソングをあまり書かないし、書いても「ネコに日だまり」みたいに絵本のような世界観にしてしまうのに、こんなに生々しい歌詞なっているので。しかもこの曲は初めて“あなた”という言葉を使っているんですね。

――今までは「きみ」だったところに。

きみコ だから悩んだんですけど、ただただ曲が良かったので。



――ジュンさんとしてはどういう世界をイメージして作曲されたのか、どういう歌詞をイメージされていたのか、感じるところはありますか?

きみコ どうなんでしょうね。どういう気持ちで作った曲か、ということは全然話さないので。あたしが書いた歌詞についても何も言ってこないですし。でも、驚いたとは思います。

――曲をもらってから歌詞を書き始めるとき、頭の中にあった内容を歌詞にすることはありますか?

きみコ 曲をもらった段階でもどういう曲にしようかはあまり考えてないですね。「さあ、歌詞を書こう」と思ってメロディを聴いていると、ワンフレーズが出てきて物語が始まる、ということが多いです。それはだいたいAメロの頭なんですけど、ただ、いつも言葉を探していたり、良いフレーズみたいなものを頭の中で作ったりそれを書き留めたりはしているので、引っ張ってきてはいるとは思います。でも、歌詞では基本同じことを言っているので。色々な引き出しがあるというよりは、1つの引き出しから出してきたものの表現を変えているだけ、みたいなところはありますね。

――「ペカド」の歌詞でもっとも自身が出ているところはありますか?

きみコ それはDメロ1行目の“この世界のことわりじゃ正しさなんて測れないから”ですね。今は、ジェンダーの問題や色々と考えるキッカケが多く、正しいと思っていたことが全然違うこともあるし、世の中の常識が自分に当てはまらないこともあるとは思っています。

――たしかにここに視点を合わせるときみコさんの歌詞になりますね。

きみコ 良かった(笑)。いまだに不安なんですよ。みんな、どういうふうに聴くんだろうと思って。

――でもドラマの主題歌のようですね。シーンが浮かぶというか。

きみコ いけないドラマの主題歌みたいな(笑)。でもそうですね、ここまで限定的な歌詞もなかなか書かないので。

自分の中でもみんなの中でも大事な場所であることを再確認
――では、「ロス」の歌詞についても教えてください。

きみコ 去年の5月にうちの猫が1匹亡くなりまして。その子のことを書きました、

――イコちゃんですね。タイトルからそうかと思ったんですが、こちらも書く前から決めていた歌詞ではなく?

きみコ はい、最初はそんなつもりなかったです。なんとなく出てきたAメロの歌詞を見たら、「あれ?これはあの子のことが入っているのかな?」と自分で思って。そこからどんどんとそっちに向かっていきましたね。



――歌詞に出てくる「白」が何のことかと気になりました。

きみコ 何だと思います?この箇所はあたしの死生観に繋がっていて、あたしは死んだら「無」だと思っているんですね。だから手を合わせたりとかお墓参りしたりとかをしないんです。だけど、この「白」に関してはすごく大事な生きていた証であり、あの子の一部ではありますね。

――歌詞でも明言はしていないので、ここでも書かないほうがいいですね。次の「ブローチ」の歌詞についても教えてください。

きみコ これは「ネコに日だまり」よりも前かもしれないです。4人で録ったプリプロ音源がずっとあって、やっぱり事あるごとにカップリング曲やアルバム収録曲の候補に挙がっていたんですけど、なかなかタイミングがなく。今回は、ジュンの「絶対入れたい」という強い想いから決まって、(ジュンが)時間をかけてアレンジし直して完成した曲ですね。

――ジュンさんはどういった理由で収録を熱望されたんでしょうか?

きみコ そんなに深く話してはいないんですけど、今のジュンには書けない曲だとあたしも思うし、ジュンも多分そう思っているんですよね。メロだけではなく歌詞に関しても、「今新たにこういう曲を書こうとしても多分こうはならないな」っていうのがすごくある曲。あの頃の自分たちをしっかりと閉じ込めている、そういう想いがありますね。



――今とは違うお二人を閉じ込めた「宝箱」みたいな。

きみコ そう、タイムカプセル的な。

――きみコさんはチョコレート好きでも知られていますが、歌詞に出てくるチョコレート缶について具体的なイメージがあったんですか?メーカーとかブランドとか。

きみコ 「ネコに日だまり」同様に昔の曲なので、どういう気持ちで、というのは詳しく覚えていないんですけど、でも多分、映画の「アメリ」で。

――あぁ!

きみコ あれから着想を得て書いたんじゃないかな。壁に空いた穴からチョコレート缶を見つけて、っていう。

――洗面所で。幅木部分に空いた穴の中に缶が入っていましたね。

きみコ あの表現がすごく好きで。だから、それをアメリのようにタイムカプセルとして物語を1つ作ったじゃないかと思います。

――「いたいけな春と空」もきみコさんが歌詞と曲の両方を手がけました。

きみコ これを書いたのはすごく最近で、アルバムにこういう感じの曲があるといいと思ったんですよね。「つぎはぎもよう」も雰囲気は近いんですけど、すごくカラッとした曲が1曲欲しくて、それで書き下ろしました。とにかく「あたしらしく」と思って、何も考えずに癖で作るような曲にしようと思いながらメロディを作りました。歌詞は、そんなカラッとした曲に似合う言葉を探していたら、ちょっと生意気な女の子を主人公にして書きたくなったんですね。ま、スピッツの影響もだいぶ入っていると思いますけど(笑)。



――たしかに(笑)。“キラリ”という単語も登場します。きみコさんが曲も書くときの基準や流れというのはあるのでしょうか?アルバムでは何曲と決まっているかとか、逆にきみコさんが書きたくなったら優先的に入れるとか。

きみコ それはなくて。この曲も入れることが決まったのは最後のほうでした。だから、あたしが曲を書いたのは「つぎはぎもよう」と「ネコの日だまり」だけという可能性も全然ありましたね。でも時間があったので、「じゃあ作ってみよ♪」って(笑)。ジュンはこういう曲を作らないのですみ分けとしてもいいかな、っていうのもありますけど。

――そして、きみコさんが入れたかった「オーブ」についても。

きみコ この曲は、先ほどからお話ししているように、今まで「きみのために」「伝えよう」ということをしてこなかったあたしが、初めて誰かのために送る、という視点で書いた曲です。今までも、「あたしはこう思っているよ」という曲を書くことで、共感してもらえる、聴く人に寄り添う、という曲を作ることはあったと思うんですけど。なので思い入れは強いですね。

――そういった気持ちの変化はコロナという要素による部分が大きかったですか?

きみコ そうですね、大きかったです。やっぱりライブができなかったので。当たり前にできていたことができなくなってしまう、そういうことが起こりうる、というところに気づかされましたし、ライブがないとこんなにも自分の気持ちが沈み込むのか、ということも知りました。結成してからずっとライブをやってきていたので、生活の中心にライブがあって、先にあるライブを見越して行動するようなところがあったんですよね。なので、ライブがなくなったら何をしていいのか本当にわからなくなったんですけど、しかも衝撃だったのが、1年くらいライブができない状況が続いたら、そんな生活に自分が少し慣れちゃったことで……ということは元々そんなに大切ではなかったのかな、と不安にもなったんです。



――誰もがその「慣れ」を感じていましたね。

きみコ でも、久しぶりにライブができたとき、本当に泣きそうになるくらい嬉しくて。そこで、やっぱり大事な場所なんだと思えました。それは、ステージから見るみんなの顔にもすごく感じました。そうやって、自分の中でもみんなの中でも再確認できたのもすごく大きかったですね。

――今回のアルバムでも、誰かのために書いている自分は感じ取りましたか?

きみコ そうですね。昔は、受け取る人次第なんだからそんなことまで考えても、というところがあって、同じように自分の気持ちを描いて、それが誰かとリンクしたら嬉しい、という曲ももちろんあります。でも、「オーブ」のように、せっかくならしっかりと届けたいと思う曲も出てきましたし、昔よりは聴いてくれる人の顔をイメージしながら言葉を選んでいるかもしれないです。

――では、どれだけ書いても書く内容はなくならないですね。

きみコ そうですね、あたしはいつも同じ1人の人間なんだから、同じことを言えばいいと思っているので。「前に出した曲とは違うことを言わなきゃ」って思うと、書くこともなくなるだろうと思うんですけど。だから書くこと自体はきっとなくならなくて、どういう切り口で書くかってことなんですよね。

――先ほどの死生観のお話にしろ、月や宇宙からインスパイアを受けるとか、きみコさんは歌詞の種を拾ってくる範囲が広い気もします。

きみコ そうですね。2016年に出した(5thアルバム)『スペースエコ-』では『鉄コン筋クリート』をイメージした曲が3曲(「ものがたり」「イタチ」「在処」)入っているんですよ。あたしが好きなので。あとは、「マイガール」という映画が好きだから「マイガール」の曲を書くとか、「ドラゴンクエスト」が好きで歌詞にするとか、考えていることだけではなく、アニメの作品に出会ってタイアップ曲を書くような気持ちで、勝手に色々な主題歌を書いているような気分ではありますね。

――最後に「ラストチャプター」についても教えてください。『食戟のソーマ 豪ノ皿』のOPテーマで、『食戟のソーマ』は5期、7クール作られましたが、nano.RIPEは全4曲を提供しました。

きみコ それまではEDテーマで、初めてOPテーマのお話をいただけたのがものすごく嬉しかったですね。それから4曲も担当させてもらえたというところで、すごく信頼してくださっているのも嬉しくて。

――松井洋平さんが作詞で2曲に参加したのを除けば、複数回主題歌を担当したアーティスト自体、nano.RIPEだけでした。

きみコ 「その期待に絶対に応えるぞ」という気持ちで歌詞は書き始めました。でも、タイアップ曲といえども、いつも作品のことを書きつつも自分の気持ちを歌いたいとは思っていて。なので『ソーマ』ではいつも、「料理」を「音楽」に置き換えて書いています。今回も完成したとき、(主人公の幸平)創真たちが作る料理と、nano.RIPEが作る音楽、というところですごくリンクできた、という実感はありました。



――アルバム最後の曲が「ラストチャプター」というのは偶然も味方になった曲順だったと思いますが、今回の曲順に関してはどういった流れを意識しましたか?

きみコ 曲順は本当に悩みました。スタッフに「そろそろください」と言われるギリギリまで粘って考えていましたね。でも、「ラストチャプター」で終わることと、「トリックスター」で始まることは決めていました。「ラストチャプター」は弦もたくさん入っていて、今回のアルバムコンセプトからするとどこに入れてもちょっと浮いてしまうんですよね。曲順の途中に入れて聴いてもみたんですけどすごく違和感がありました。ライブの最後にやることが多いし、セットリストとして考えてみてもここに入るのが必然でしたね。アルバムの最初のほうは、バンドサウンドの曲を並べたかったので3曲目くらいまではそういう流れでになっているんですけど、そこから悩みました。「ネコの日だまり」と「トロット」のようなテイストの曲を続けてもいいのか、「声鳴文」みたいな強めの曲のあとは何がいいのか。色々とパズルした結果、今の「これだ」という曲順になりました。

――バンド活動と並行しながら、アニメ作品周辺への楽曲提供も非常に多いですが、アニソンを書くというのは自身にとってどういった感覚がありますか?

きみコ 作品に寄り添わなければ、というところが一番なんですけど、でも、その作品と出会わなければ出てこなかった表現があることがすごく面白くて。あたしの中からこういう言葉が出てくるんだ、というものが生まれてくるのがアニメの主題歌を書く面白さだとは思います。でもやっぱり、作品のための曲だけになるのは嫌なので、作品の曲だけれども嘘偽りのない言葉を選ぶ、というのが毎回の前提としてはありますね。

――最後に、このアルバムを引っ提げて挑む“nano.RIPE TOUR 2022-2023 「こおりのどうくつ」”への想いも教えてください。

きみコ 久しぶりのアルバムライブツアーなので、どんなライブになるのか想像がつかないです。新曲がたくさんあるので練習も頑張らないといけないですし(笑)。でも今回も変わらず、みんなと一緒にライブを作っていきたいと思っています。なので、アルバムを聴き込みながら楽しみに待っててもらって、ぜひ会いに来てもらえたらと思っています。

INTERVIEW & TEXT BY 清水耕司

●リリース情報
7th アルバム
『不眠症のネコと夜』
2022年10月12日(水)発売

品番:LACA-25018
価格:¥3,300(税込)

■mora
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ハイレゾ/配信リンクはこちら

<収録曲>
01.トリックスター
作詞:きみコ / 作曲:佐々木淳 / 編曲:佐々木淳

02.ソアー
(「第104回全国高等学校野球選手権埼玉大会中継」「MRO北陸放送ラジオ高校野球中継」テーマソング)
作詞:きみコ / 作曲:佐々木淳 / 編曲:佐々木淳

03.つぎはぎもよう
(TVアニメ「のんのんびより のんすとっぷ」オープニング主題歌)
作詞:きみコ / 作曲:きみコ / 編曲:佐々木淳

04.ネコに日だまり
作詞:きみコ / 作曲:きみコ / 編曲:佐々木淳

05.トロット
作詞:きみコ / 作曲:佐々木淳 / 編曲:出羽良彰

06.クエスト
作詞:きみコ / 作曲:佐々木淳 / 編曲:佐々木淳

07.声鳴文
作詞:きみコ / 作曲:佐々木淳 / 編曲:佐々木淳

08.ペカド
作詞:きみコ / 作曲:佐々木淳 / 編曲:佐々木淳

09.ロス
作詞:きみコ / 作曲:佐々木淳 / 編曲:佐々木淳

10.ブローチ
作詞:きみコ / 作曲:佐々木淳 / 編曲:佐々木淳

11.いたいけな春と空
作詞:きみコ / 作曲:きみコ / 編曲:佐々木淳

12.オーブ
作詞:きみコ / 作曲:佐々木淳 / 編曲:佐々木淳

13.ラストチャプター
(TV アニメ「食戟のソーマ 豪ノ皿」オープニング主題歌
作詞:きみコ / 作曲:佐々木淳 / 編曲:山下洋介

●ライブ情報
nano.RIPE TOUR 2022-2023 「こおりのどうくつ」

【宮城公演】
■2022年11月5日(土)仙台enn 3rd
OPEN 17:00 / START 17:30

【大阪公演】
■2022年11月19日(土)梅田バナナホール
OPEN 17:00 / START 17:30

【愛知公演】
■2022年11月20日(日)名古屋ell.FITS ALL
OPEN 17:00 / START 17:30

【石川公演】
■2022年12月3日(土)金沢AZ
OPEN 17:00 / START 17:30
■2022年12月4日(日)金沢AZ
OPEN 16:30 / START 17:00

【東京公演】
■2023年1月14日(土)渋谷CLUB QUATTRO
OPEN 17:00 / START 17:45

チケット:
前売 各5,000円
当日 各5,500円(税込・1ドリンク料金別・整理番号有・全自由)
プレイガイド:一般発売 2022年8月27日(土)10:00~

詳細はこちら

■nano.RIPE ACOUSTIC TOUR「にんぎょのいわば」
・2022年10月2日(日)かぼちゃ亭
・2022年10月8日(土)川口SHOCK-ON
・2022年10月9日(日)柏Studio WUU
・2022年10月15日(土)静岡UHU
・2022年10月16日(日)紫明会館

チケット:前売 各4,200円 / 当日 各4,700円(税込・1ドリンク料金別・自由席)
イープラスにて販売中

関連リンク
nano.RIPE
公式サイト
http://nanoripe.com/

公式Twitter
https://twitter.com/nanoripe_info
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